吉田豪 どん底のフリーター時代に知った、人に心を開くことのおもしろさ【前編】

失敗ヒーロー!

2020/06/16
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回はプロインタビュアーの吉田豪さんが登場。時に取材相手が忘れているエピソードまでも調べ上げる徹底した事前調査で知られ、著名人からインタビュー指名を受けることもある吉田さんですが、かつてはバイトを転々とし、肩身の狭い想いをした時期もあるとか。そこで吉田さんの歩みをヒモ解くと、プロインタビュアーという現在のお仕事からは想像もつかない過去の一面が明らかに。さらには天職の見つけ方にも迫ります!

幼少期から知っていた「僕は主役になれない」

――吉田さんはパンクミュージックに造詣が深く、学生時代にはバンドも組まれていたそうですね。しかしステージで弾けられない自分に気づき、書く道を選ばれたのとのこと。この方向転換に、悔しさはなかったのでしょうか?

吉田 豪(よしだ・ごう)
1970年生まれ、東京都出身。プロ書評家、プロインタビュアー、ライター。中学生の頃にアニメや古本、パンクやアイドルなどにハマり、学生時代から自身の趣味をベースとしたミニコミを制作。東京デザイナー学院を卒業後にアートサプライ社へ入社し、その後、プロレス・格闘技の専門雑誌「紙のプロレス」でプロレス関係の仕事に従事。徹底した事前調査をもとにしたインタビューで知られ、時には本人すら忘れているエピソードまで持参。テレビやラジオでも活躍するほか、芸能界の裏事情に斬り込むYouTubeチャンネル『久田将義と吉田豪の噂のワイドショー』も人気。近著は『吉田豪の巨匠ハンター』。

吉田豪(以下、吉田):いやいや! 方向転換も何も、遊び程度にコピーバンドをやっていたくらいですから、それを悔しがるなんておこがましい話ですよ。確かに、ちょっとした憧れくらいはあったんです。当時は服装も派手で、ゴリゴリのパンクスのつもりだったし。でも、コピーバンドをやり始めた時点で、すぐに気づいちゃったんですよ。「これは致命的に向いていない」ということに。本気になる前どころか始めた瞬間に気づいてしまったんで、自分をバンド挫折組に入れることすら申し訳ないくらい。

ステージで弾けるだけのテンションも体力もないし、単純に照れですよね。恥ずかしくって、弾けようにも弾けられない。自分が陶酔型の人間ではないことに、一瞬にして気づいてしまったんですよ。アーティスト体質の人間って、本物の天才、もしくはステージ上では何者かになりきれるじゃないですか。それが僕には絶対にできない。ミュージシャンに憧れる人間としては、致命的ですよ。反対に僕には、客観性がありすぎるんでしょうね。自分を上空から眺めている第二の自分がいて、何をしている時にも「お前、何やってんだ」と、常にツッコミを入れられているような。

――客観性というのは、ライターやインタビュアーに必須の能力です。その客観性は、どのように育まれたのでしょう?

吉田:育むも何も、生まれつきでしょうね。世の中には「自分が主役」という自覚を持って生きている人間もいるじゃないですか。物心ついた時から、僕にはその感覚が皆無だったんですよ。小学校のクラスにも、思いついたギャグを大声で披露できるヤツと、ボソッとしか言えないヤツがいて、僕は完全に後者。何かギャグを思いついても、かろうじて隣の席のヤツに聞こえるか、聞こえないかくらいの声でつぶやくくらい。「自分は主役になれない」という感覚は、その当時からありましたね。

――幼い頃から「自分は主役になれない」と認識する人は、希有のように思います。多くの人は「今は脇役でも、いつか主役に」という淡い期待を抱いていますよね。

吉田:そういう気持ちが一切ないんですよ。「紙のプロレス」という雑誌の編集部に入った当時も、とあるプロレスラーから「お前ら記者はプロレスラーに憧れて、夢敗れた連中だろう」なんてことを言われて。僕からしたら、意味がわからなかったんですよ。プロレスラーを目指したことなんて、ただの一度もないわけだから、「何を言っているんだろう、この人は」っていう(笑)。端から主役を目指そうという気がないからですかね。何かを目指して転んだっていう経験が、圧倒的に欠如している気はしますね。確実にできることしか目指さないタイプだったので、高校受験も単願推薦。1教科30点取れればいいから一切勉強しなかったし、大学附属の高校なのに進学しなかったのも自分の意志だったし。

完全にデストロイだった十代

――すると吉田さんには、挫折の経験はない?

吉田:挫折という言葉がふさわしいかは別として、フリーターをしていた時期は苦しかったんですよ。もう、どん底みたいな。高校を卒業した1989年の3月から丸一年間。あの時期は一年の3分の1くらいしか働いていなかったと思いますね。高校を卒業したばかりの派手な格好をした金髪の男が昼間からぶらついているわけだから、ご近所さんの視線がめちゃくちゃ冷たくて。思い返すと、いたたまれなくなりますね。そのうち挨拶もしてもらえなくなって、「あれ? 僕のこと見えてる?」みたいな(笑)。

ただ、その時期が今につながった気がしますね。ちょこちょことバイトはしていたんで、その経験が、全てプラスになっているというか。いろいろな職を転々として、相当な数の仕事を経験しましたよ。そこで出会った人たちがネタになるような人たちばかりで。とにかく相手に心を開いてみる、会話をしてみることのおもしろさを知ったのは、確実にこの時期ですね。それ以前はバイト先の大人に対して、常に心を閉ざすタイプの人間だったんで。外界をシャットアウトするために、前髪もめちゃくちゃ長かったですから。

――プロインタビュアーである吉田さんが人に心を閉ざしていたとは、意外ですね。前髪も今とは正反対。

吉田:昔の写真を見返しても、誰だかわかりませんからね(笑)。人と目を合わせないために、目を覆うくらいに前髪を伸ばしていたんですよ。これも恐らく、根っからの客観性が災いしているんでしょうね。どうしても一歩引いて見てしまうから、人が楽しそうにはしゃいでいるのが大嫌いなんですよ。そういう文化が嫌いだから、学校行事の類いは基本的にサボっていて。嫌いが高じて、ついには学園祭の実行委員に立候補しましたからね。実行委員になることで、「学園祭を実行しないこと」を実行しようという(笑)。完全にデストロイな人間。

その感覚は、今でも残っているんですよ。生まれてこの方、ディズニーランドに行ったことがなかったのも、デストロイの名残ですよね。初めてディズニーに行ったのなんて、ほんの半年前の話だから(笑)。飲み会の類もそんなに参加するタイプではないし、打ち上げには参加しても、あくまでも仕事の延長線上というか。新宿という飲み屋街に住んでいながら、ふだんは全く飲みに出掛けませんからね。人がはしゃいでいる間に仕事をするっていう、ウサギとカメのような感覚で、地道にやってきた人間なんで。

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