2018/01/11 公開

【後編】日本の男性に足りないのは、「ヘン力(りょく)」と「俯瞰力」だ

失敗ヒーロー!

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華々しい成功の裏には、必ず失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回のヒーローは、代表作『テルマエ・ロマエ』が累計900万部を越える大ヒットとなった漫画家のヤマザキマリさん。後編では、『テルマエ・ロマエ』誕生のエピソード、その気になる背景の話に加え、イタリア在住だからこそ見える日本についてお話を伺っていきます。漫画家ヤマザキマリ流の仕事や人との向き合い方は一体どのようなものなのでしょうか。

笑いの力があるかないかで人生変わる

――ギャグ漫画を描いているヤマザキさんですが、ギャグを言えるというのは、俯瞰の目があるからですよね。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)
1967年東京都出。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。

 
ヤマザキ: もともと子供の頃から人を笑わせるのが好きだったんですよ。というのは母子家庭で淋しい環境にいたせいもあって、自分も笑っている人の中にいると嬉しいし。わっと盛り上がって打ち解ける瞬間を私が欲して、ギャグ漫画を描いているんだと思うし、笑うことの威力を確信しているんです。笑いってすごくて、それまで敷居が高いところでも、笑いがあるだけでがっと間口が広がっていく。
ガチンコの文学でも政治でも、表現にコメディ的なセンスがあるかどうかで人への説得力も変わってくると思います。でもそれには知的な訓練がいるし、失敗を含む様々な経験したり他の人の本をたっぷり読んだりしないと発芽しないものだと思っています。

――デビューが遅めだったからこそ、蓄積が生きる部分があるんですね。
 
ヤマザキ: 発芽するのは若いときじゃなくていい。デビューにあたり漫画もたくさん読みましたが、それは構成力を身につけるためのものであって、ストーリーや展開というものを生み出すのに漫画から学んだものではないと思っています。いい漫画を描くためにはいい本や音楽や芸術に触れるべきだと思っているし、それはすべての分野の人に言えますよね。何かを表現したいとき、それなりの作品というものというのは、それにふさわしいタイミングで自然と表にでてくるようになっていると思います。

――若い方の文学賞受賞が社会現象化するなど、ある時期以降若さがもてはやされる風潮がずっと続いていたような気がします。
 
ヤマザキ: ふと、あったとすら思っていなかった扉がぱかっと開くときがあるんです。ほかのところで積んだ経験値が、ここで発揮させてくださいっていうタイミング。私の漫画はそうやってできていますし、実際に『テルマエ・ロマエ』も40になってから描いてる。若いときに芽が出るとは限らないですよね。
最近すばらしいと思ったのが『冬の犬』(中野恵津子訳、新潮社、2004年)という本。アリステア・マクラウドというカナダの作家の書いた本です。マクラウドは炭坑夫や樵(きこり)を経て博士号を取り、大学で地道に英文学を教えつつ31年間で16編だけという寡作で、60代になってやっと本が売れた。こんな素晴らしい作品が残せるのだったら、60でも70でもいいと思うし、文学者になる前に炭坑夫や樵をしていたというのも素晴らしい。人生何事も無駄にはできないな、と。人とコミュニケーションをとることも大事だけど、私はこういう奇特な人達と接することのできる本がないと生きていけないです。

『テルマエ・ロマエ』の違う読み方

――安部公房や、ガルシア・マルケスのファンでいらっしゃいますよね。

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ヤマザキ: かつてガルシア・マルケスの日本語翻訳をしている方と対談を行ったのですが、『テルマエ・ロマエ』はガルシア・マルケスの世界にどこか似てるところがあると思われたと言っていて、嬉しかった。もしかしたら『テルマエ・ロマエ』も、ガルシア・マルケスのようなマジックリアリズムを知っている方であれば、他の人とは違う読み方をしているのかもしれないと。
『テルマエ・ロマエ』がヒットしたとき、“日本褒め漫画”と言われることもあったんです。豊かな経済状況下で隙間産業が発達し、そんな環境の中で別に無くたっていいようないろんなものが生まれたのを取り上げたことに対して。

――シャンプーハットとか(笑)。
 
ヤマザキ: そう(笑)、ハドリアヌスの時代を選んだのは、平和という意味ではあの時代が一番マッチすると思ったから。例えば怒涛のネロの時代では、シャンプーハットを便利だとか面白い、なんて思える心のゆとりは人々には芽生えません。ハドリアヌスの時代であれば平和だから、ローマ人もそういうおバカな商品にも便利だと感動できる余裕があるかなとか、そういう事を考えていました。古代ローマにもそういうおおらかな時代があったよ、ということが私的にはあの漫画での大きなメッセージであって、決して日本の隙間産業を賞讃するのを目的として描いたわけではなかったんです。そういうと「なんだ、またヤマザキはそういうモチベーションを下げる発言をしている」とか言われてアンチに扱われてしまうけど。

――難しいですね。「伝える」ために、テレビなどにも出られていますよね。

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ヤマザキ: テレビは出たいからというより、伝えたいことが漫画だと間に合わないとか、漫画の読者が限定的だから、なんとなく止むを得ずに出ている感じです。昔はリポーターの仕事もしていたから、自分にとっては漫画以外のもう1つの職業だとも思っていますし。
そもそも私はいつでも「好きな仕事」をしているというより、これならできる、これなら続けていける、自分に合ってると思う仕事をしているんです。テレビとか講演会でしゃべるのは本当は疲れるし大変だけども、私に合ってるんですよね。合ってるし、出来るし、それで人が喜んでくれるということに気がついたらやらないと。

――合っているものを見つけるには、どうしたらいいですか?
 
ヤマザキ: 俯瞰で捉えていくこと。上から見て、あっちの方向が明るいと感じられる審美眼を持つこと。これは自分にはダメだと思うことを仕方なくずっとやる、というのは良くない。状況を改善するにもいったん嫌だと思っていることを止めない限り、その先のすごいところにいけないかもしれない。続けるために払っているストレスが多くなったら、やめていいと思う。世間体や人の視線を気にして我慢をしても、それが自分を守ってくれる保証にはなりませんから。この先ずっと嫌な思いをつのらせることを考えたら、仕事変えることなんてハナクソ程度のことですよ。私の人生最初のアルバイトは高校1年の時のちり紙交換でしたが、あのブルーカラー重労働を3日間もできた自分は今だに誇りです。あの充実感を思うと、チリ紙交換だろうとまだ体力があるうちはこれからだってできると思ってますね。

男はもっとキレていい!

――他に、日本の、特に男性へのアドバイスはありますか?

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ヤマザキ: 日本の男の人はもっとかっこつけるのやめて、みっともないところも見せていいと思う。我慢できなくなったらイタリア男みたいにかっこわるくブチキレていいと思う(笑)。日本では男性達は男である限りこうしたらかっこわるいかな?こうしたほうが男らしいかな、とか常に頭の隅で考えているように見えてしまって、かわいそう。もっとヘンでいいし、みっともなくていいし、これでいい!っていうサンプルをどんどん出していってほしい。そのほうが、実は人としてかっこいいから。無難にしていれば確かに困難は避けられるけど、それはそれで人として身につけておいたほうが絶対得なものをもらえなくなってしまいますから。なんでもやらかしてくれないとかっこよく成熟していかないんじゃないかと。

あとは、やったことないことをひるまずにじゃんじゃんやってみるのもいいと思います。嫌いな人とご飯食べてみるとか。あらたな自分の側面をどんどん開発していく。私は基本的にどんな人でも付き合えるタイプで、根底から大嫌いという人はいません。ただ、この人とは二度と仕事をしないと思っていた本当に苦手な人からある日お茶に誘われたんです。断ろうとして少し考えて、『してみっか、お茶!』と思った。実際その苦手なひとと2時間くらい喋っているうちに新しい感性が芽生えて、自分広辞苑にページが増えました。この人はこのタイプかと思っていたのに違った、となるんですよ。それが面白い。だから、嫌な上司がいるひとは、物は試しで遊んでみるのをお勧めしたい(笑)。観察眼を持って生きていけば、広辞苑に入れませんっていう人はあまりいなくなるし、そうすると自分もどんどん頼もしく頼りがいのある存在になっていってくれる。

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ヤマザキ: それに、『信じていたのに!』みたいな失意がなくなるんですよ。『裏切られた!』みたいなのが一番人をだめにすると思うんです。人なんて、絶対自分が想像したり推測したり思い込んでいるようにはできていないですからね、誰ひとりとして。イタリアだったら、他人に対して勝手に妄想して容易く信じ込んでたあんたがいけない、となります。人に対して余剰な想像や思い込みはとにかく必要なし。ありのままを受け入れるのみ。人は皆かたちは似ているけど中身はバラバラなんだ、と最初からしっかり思って付き合ったほうが、余程楽しいし心地もいいはずなんです。
 海に潜っていると、よく大きな岩の影なんかに全く種類の違う魚たちが一緒くたになっている場面を見かけます。みんな種族がちがうのに、一緒にいるのが当たり前みたいにしているわけですよ。それ見て、魚って何考えているかわからないけど、いいなあ、私も仲間に入れてほしいなあって思ったりしています(笑)。

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