山田ズーニー アイデンティティの喪失は、表現することで救われる【後編】

失敗ヒーロー!

2019/07/10
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロ!』。前編に引き続き、文章インストラクターであり、作家である山田ズーニーさんが登場。ズーニーさんが独立後にぶつかった社会との壁、「自己表現」が私たちに与える力について詳しく伺っていきます。

想いに忠実に選択すれば、後悔はしない

――「38歳まで流されるように生きてきてしまった」というのが、今回のテーマでもある「失敗」だったという前編でのお話がとても印象的でした。

山田ズーニー(やまだ・ずーにー)
岡山県出身。ベネッセコーポレーションに入社し、小論文編集長として高校生の考える力・書く力に16年尽力し、その後独立。現在はフリーランスとして大学・企業などで、書く力・表現力・考える力・プレゼンテーション力の教育を展開。著書に『伝わる・揺さぶる!文章を書く』『あなたの話はなぜ「通じない」のか』他多数。ほぼ日刊イトイ新聞にて『おとなの小論文教室。』を連載中。

山田ズーニー(以下、ズーニー):順風満帆で部下も増え、会社からの評価も得て社会的立場をも確立し、やりがいのある仕事をしていた。そんな時に、あっという間に仕事を失い、38歳まで流されるように生きてきたことを後悔しました。しかし、今振り返ると決断を迫られたなかで自問自答して出した結論は、最大の成功でもありましたね。

――同じようにキャリアで悩む方たちが、進路を選択する上で考えるべきこととは何でしょうか?

ズーニー:「あなたは自分の進路や職業を、自分で考えて決めてきましたか?」と、まずは聞きたいですね。私はそれをしてこなかった。だから38歳の時に、ある日突然、自分のすべてと言っても過言ではないやりがいのある仕事を失いました。

小学校入学から企業へ就職するまでは、まるで箱を乗り換えるように取捨選択をしてきた。実際は自分の頭で全然考えていなかったんです。先入観、慣習、決められたレール・・・。そういったことで進路を決めてきたんですよね。偏差値や自宅からの距離といった基準で学校を選び、実は無自覚に与えられた選択肢から進路を決めてきたんです。

――自分で考えて選択をしているようで、実はさまざまなしがらみや思い込みによって進路を選択している可能性があるということですね。

ズーニー:自分の“想い”が置き去りになっているんですね。私は今までたくさんの方々の進路選択を見てきましたが、人は無自覚なまま自分の好きな道に進むことができるかといったら、そうではありません。人は自分の好きなことややりたいことほど、「その道に進んで失敗したらどうしよう」「やってみたら才能がなくて不合格になったらどうしよう」「そもそも自分の好きな道に進むのは面倒だ」「自分の心と向き合うのは怖い」などと思いがちです。

結局自分自身の想いについて考えることをせず、親や周りの人間の先入観、慣習で自分の進路を決めてしまっている。私自身がそうでしたし、そのことに気づいて本当にびっくりしました。

――希望しない人事異動というのも、自分自身の選択ではないですよね。

ズーニー:そうですね。会社に入って15年以上、小論文の仕事に携わって13年、私のすべてともいえる仕事でした。いくら異動とはいえ、それを失うのは苦しかったですが、気持ちを奮い立たせて、新部署の部長にも挨拶にいきました。「これまでの編集者としての経験を生かして頑張ります」と伝えると、「その経験は必要ない」と言われたんです。これまでの経験をすべて捨ててゼロになって新しい部署でスタートできるか、それが条件だと。

会社はマニュアル化を進めていました。ベテラン編集者個人の力量に頼るのではなく、新人でも、人が入れ替わっても、常に一定のものづくりができるシステムを作りたいと。それは組織が大きくなっていく時には当たり前のことなんですね。私は、就職ではなく就社を選んでいたと、そのときやっと気づかされました。就職とは、手に職・脳に職をつけて社会にでること。就社は会社という船に乗るということ。自分の持ち場を選ぶことができず、船底からスタートし、やがてコックピットへ上がっていき、組織にとって役に立つ人間になっていく。組織が成長していくには、役職が変わっていくのが当たり前で、変わらないのが逆におかしいんです。

――会社を辞めた後悔はありませんでしたか?

ズーニー:文章表現を通してたくさんの人の進路選択を見てきましたが、これだけは言える、「自分の想いに忠実な選択をした時、人は後悔しない」。私も、会社を辞めたことについては、一度も後悔していません。いろんな人に相談し泣きながら悩みましたが、自分の想いがはっきりし、この想いに忠実に生きようと決めた朝はそれまでと見える景色も変わっていました。空が高くて気持ちが良く、生き生きと感じられ、恐いくらい自由でした。

世間的に有利な選択かどうかより、自分の想いに忠実な選択ができたことのほうが私には大切だった。もしタイムマシンで戻れるとしたら、あの時勇気を出して会社を辞めることを決断した自分に「ありがとう」と伝えたいです。

アイデンティティは書くことで見つけられる

――キャリアに悩む方や人間関係に悩んでいる方の「引きこもり」も、社会問題となっていますね。

ズーニー:就活がうまくいかずに引きこもりになってしまう人や、退職をきっかけに社会から孤立してしまう中高年の存在は、私もそうなっていたかもしれないので本当に切実な問題ですね。会社にいた時は、会社を通じて社会とつながっていましたが、会社を辞めると社会とのつながりをも失ってしまいました。まさにそれは、アイデンティティの危機でしたね。

――アイデンティティの危機とは、具体的にどういったことでしょうか?

ズーニー:日本では、アイデンティティの危機というよりも、自分の居場所を喪失したというほうが、ピンとくるかもしれません。自分の唯一の居場所を失うと人は自分らしくいられなくなり、自分が何者かもグラグラとわからなくなっていきます。私の場合は追われるというよりは自分の意思で選択しましたが、リストラや定年退職は、アイデンティティの喪失につながりやすいですよね。人によってはパニックになるかもしれません。

――私たちはアイデンティティクライシス、すなわち「自己喪失」という状況からどうしたら抜け出すことができるのでしょうか。

ズーニー:そういう時こそ、自分の想いを表現してほしいですね。私の場合は、一週間に一回「書く」ということをしていました。小論文の仕事を通して表現することを学んできましたから、自分の頭で考えることの基礎はできていました。一週間に一回のコラムでは、一生懸命自分の経験から得たもの、今の想い、再び教育の仕事をしたいという意志を綴っていきました。そうすることで誰かの助けにつながり、自分の技術や能力、それまで関わってきた人たちの存在を思い出して、自信を取り戻していけるんです。

書くことによって過去を整理できましたし、インターネットに公開することで、過去の自分の経験がまさに今悩みを抱えている方に役立つことがあると実感でき、教育の編集者としてのノウハウを生かすことができました。そうするうちに本の出版のオファーをいただきました。

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