山田ズーニー 38歳、最大の失敗が今につながる【前編】

失敗ヒーロー!

2019/07/09
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38歳、最大の失敗にいまさら気づく

――高校生との出来事も通じて、このままその会社で編集者を続けていきたいと感じていた・・・。しかし、ズーニーさんは2000年にフリーランスとして独立されましたよね。

ズーニー:フリーランスになりたいと思ってなったわけではなく、38歳で急に会社を辞める事態になったんです。突然の退職で私は、編集長というやりがいのあるポストも、年収や福利厚生などの恵まれた環境も、組織のなかでの恵まれた仲間も、読者の高校生も、あっという間になくなってしまいました。実は、これが今回の取材テーマでもある私の人生最大の「失敗」です。

きっかけは人事異動でした。38歳の時、16年勤めた部署を離れることになりました。小論文編集の仕事との別れが予想以上につらく、「自分が本当は何をやりたいのか」を嫌でも考えざるをえませんでした。そこで、自分がそれまでの人生を流されるままに生きてきたことに気づかされたんです。私の場合、小学校・中・高・大学、それから就職と、自分の想いを確かめることをせず、進路を選んできてしまっていた。流されるなかで会社から与えてもらえていたラッキーな仕事だから、時が来たら会社に取り上げられても仕方がない。流されるままに生きてきたツケを、払うことになったとでも言うべきでしょうか。自分が本当は何をやりたいのか、どう生きていきたいのか。立ち止まって真剣に考えたら、この先自分がこの企業にいることが、本当にやりたいことではないと気づいたんです。

――自分の想いにしっかりと向き合った結果、退社という選択をされたわけですね。

ズーニー:そうですね。38歳までちゃんと自分の想いに向き合ってこなかったことは、私にとって一番の失敗であるといえます。しかし、それまでずっと高校生と一緒に物事を考えたり、高校生の進路選択をサポートする仕事をやってきましたので、進路の考え方というのはわかっていた。追い詰められて選択肢がないながらも、自分の頭でしっかりと考え、自分自身に問うことができ、勇気を出して後悔しない選択ができました。ですので、結果的には会社を辞める選択をしたことで今の自分があります。本当に忘れられない出来事でした。

――やりがいのある仕事を手放して、会社を辞めるというのはすごく勇気が必要ですよね。

ズーニー:はい。会社を辞めるという決断をすることは恐ろしく苦しい体験でしたね。喪失感にずっと暮れていましたし、フリーランスとしての基盤づくりに3年、再び社会と繋がるのに5年はかかりました。一生続けたいと思っていた会社を辞めなくてはいけない、そんな決断に迫られた瞬間が私にとっての最大の壁でしたね。今思うと、そこで勇気を出すことを試されていたのかもしれません。

後編では・・・

現在は文章表現インストラクターとして、さまざまな場で活躍しているズーニーさんですが、それまでの失敗や苦労があったからこそ語ることができる「言葉」がありました。後半では、人生最大の失敗が最大の成功へとつながったズーニーさんのキャリアや人生観について、より深く迫っていきます。

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