社畜のススメ—楽しく働き、満足のいくキャリアを築くために

「働く」を考えるベストセラー  第5回

2018/05/02
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著者:長瀬海
 

社畜。なんて悲しい響きなんでしょう。哀切漂う日本語ベスト3には入る言葉なのではないでしょうか。けれども、大学を卒業し、夢と希望を持って会社に入るや否や、勇敢な志士も社畜へと様変わりしてしまうのが、現代社会。
 そんな社畜のみなさんに読んでいただきたいのが、常見陽平著『社畜上等!』(晶文社、2018年)です。一見すると、挑発的かつ人を舐めたようなタイトル。「ガンジーも助走つけて殴るレベル」ならぬ、「社畜もネクタイ外して踊り狂うレベル」です。しかし、ページを繰ってわかるのは、本書は決して労働礼賛を目的に書かれた本ではないということ。むしろ、社畜であることを一度肯定し、だからこそ、楽しめる人生を見つけようという、ポジティヴな働き方改革のための本だということです。

人は社畜に生まれるのではありません。社畜になるのです。それならば、立派な社畜、楽しい社畜、使い潰されない社畜になるという手だってあるじゃないですか。社畜なりに楽しく生きる方法を身に着けようというのがこの本の発想です。『私は社畜じゃない!』と抵抗しつつ、結局会社に使い潰されるよりもだいぶマシではないですか。(本書、12ページ)

会社のいいなりになるのはカッコ悪い。俺には俺のやりたいことがあるんだ、上司なんかに使われてたまるか。意気込みは良いのですが、会社という組織の一員になる以上、一人であがいても何かが変わるわけではないのが真実です。であるならば、会社の「いいなり」になりながら、「やりたいこと」をやってしまえばいいのではないか、というのが本書に通底する、自己改革の作法のあり方なわけです。

 たとえば、著者は初代タイガーマスクとして活躍した佐山サトルの例を挙げます。おいおい、佐山サトルは会社員でもないし、社畜でもないじゃないか、と思わず突っ込みを入れたくなるでしょう。しかし、ここには社畜の本質があるというのが著者の説なわけです。

 佐山サトルは日本国内で格闘技選手として名を馳せた後、海外で人気プロレスラーとして活躍をします。佐山選手が渡英をしてからしばらくすると、一本の電話が入るのです。この電話が佐山選手の人生を劇的に変えました。電話先の相手は新日本プロレス。佐山選手にとっては、かつての親会社です。用件は梶原一騎の人気漫画『タイガーマスク』をモチーフとした覆面レスラーとして、佐山選手に役を演じてほしい、との依頼でした。いわば、これまで慣れ親しんでいた現場を離れろと、会社から急な異動を命じられたわけです。会社では理不尽な異動が多々起きますが、プロレスラーの世界も一緒なのでしょう。佐山選手は逡巡しますが、しぶしぶ引き受けます。しかし、新天地で彼は思わぬ才能を発揮し、栄光をつかみました。会社のムチャぶりが佐山選手の人生を変えたのです。

 率直に言えば、佐山選手はタイガーマスクという仕事を、会社の圧力によって「やらされた」わけです。ですが、著者曰く、こうして「仕事を『やらされる』という行為が個人のキャリアの幅を広げてくれる可能性がある」のであって、それこそが「会社の醍醐味」なのです。社畜のみなさんだって、やりたい仕事を望んでやっているわけではないでしょう。本当は商品開発をしたいのに、なんで営業なんかしなきゃいけないんだって思ってるのでしょう。しかし、仕事の本質とは「やらされる」もの。それは、ある意味では、キャリアの幅が広がっていく絶好のチャンスなのです。

 他にも社畜を楽しむ数多のメソッドが、本書には記されています。一つ例を挙げるなら、「エア転職」という行為。実際に転職する・しないは置いておいて、とりあえず転職活動らしきものをしてみる、というのです。「エア転職」のための手段は三つです。一つ目は、転職サイトに登録すること。二つ目は、人材紹介会社に登録すること。三つ目は、しばらく連絡を取っていない友人・知人と会って、情報交換をすることです。

 この「エア転職」で見えてくるものは一体なんでしょうか。それは、自分の市場価値。それからキャリアを見つめ直す機会を得ること。また、自分が置かれている環境の相対化。つまり、「エア転職」とは自分を俯瞰する視点を手に入れるという画期的な行為なのです。だから著者は言います。

実はここで可視化されるのは、今の仕事や職場のリアルな姿とその良さではないでしょうか。業界・企業の先行きには不透明感があったとしても、より不安な転職をするよりも、今の業界・企業をなんとかしようというマインドで働いた方がずっと得かもしれません。別に転職をしなくても異動だけで問題は解決するかもしれません。もちろん、これだと思う求人があるなら転職するのもよいのですが。(本書、67ページ)

思えば初めての就活の際に、自己分析だなんていって自分を見つめ直す時間を大切にしました。その時の気持ちに立ち返って、もう一度、自分の労働環境がいかなるものか、自分に与えられている評価は正当か、不当か、考えてみるのも一手でしょう。社畜だって、居場所はある。まっとうな評価を与えられている。この先のキャリアだって用意されている。だとすれば、逃げ出す必要などあるのでしょうか。とはいえ、「エア転職」のしすぎで上司から、あいつ辞めるつもりじゃないか……と目をつけられるのだけは避けましょう。

 こうした具合に、著者は社畜が会社を楽しむメソッドを次々と提案していきます。学歴コンプレックス、出世コンプレックス、勤務先コンプレックスを克服する方法。「頑張りすぎないこと」で創造性を高める方法。社内企業で会社を利用するという考え方。届く声で批判すること。

 では、このようにして、著者の提示する理想的な社畜としてのロールモデルとは一体なんでしょうか。それは、社畜という布切れをあえて身にまとうことで、手に入れる新たな自由のこと。外から見れば社畜、だけど内には革新的な意欲が潜んでいる。だから、会社を油断させて、変革の騎士になれるのです。社畜にはそれだけの可能性が宿っている。本書が言いたいのはそのようなことなのではないでしょうか。

 結局のところ、社畜だって……楽しく生きてるんだぜ!!


今回紹介した本

社畜上等!: 会社で楽しく生きるには

常見 陽平 (著)
出版社:晶文社
出版年:2018年

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photo by Sonny Abesamis

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長瀬海(ながせ・かい)

1985年千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。ケーブルテレビ系の通信・放送会社勤務を経て、ライター・インタビュアー・書評家へ転身。音楽、文学が専門。現代日本文学、海外文学、エンタメ、SFなどジャンル問わず書評します。

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