2018/02/16 公開

仕事に悩んだら人の話を聞いてみる

「働く」を考えるベストセラー  第4回

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著者:長瀬海
 

 訊く。言葉を訊く。〈働く〉上で、悩み事が頭から離れないのなら、一人で抱え込んでいても仕方ありません。とにかく誰かの言葉に耳を傾けることが、一つの解決策だったりするのです。耳をすませて、ほら、聞いてみてください。あなたが落ち込んだ窪みから脱出する鍵がそこにはあるかもしれません。

 大人力を発揮させたら右に出るものはいない。『大人力検定』などの著書で有名な石原壮一郎の『悩める君に贈る ガツンとくる言葉』(2017年、バジリコ株式会社)は、古今東西の偉人の、〈働く〉上でのヒントとなる言葉を集めた本です。アントニオ猪木からニーチェ、明石家さんまからガンジー、はたまたスヌーピーまで。40人と1匹の格言は、思わず頰を叩かれるほどハッとするようなものから、背中をそっと押してくれるものとバラエティに富んでいます。

 例えば、ビル・ゲイツの次の言葉。
 《世間は、君の自尊心を気にかけてはくれない。世間は、君が自尊心を満たす前に、君が何かを成し遂げることを期待している。》
 著者の石原壮一郎は、このビル・ゲイツのメッセージを、「就活に失敗して不本意な会社で働くことになった」新社会人に送ります。「あなたがどういう会社に入ろうが、誰も気にしちゃいません。気にするとしたら、会社に入ってからのあなたがどう成長して、どう活躍するかという点です。」(123ページ)その時に、《自尊心》なんてただの邪心にすぎない。《自尊心》を持つなんて、20年くらい早いでしょう。大事なのは「会社の価値」ではなくて、あなたがそこでどう振る舞えるか。プライドは〈働く〉上で、足かせになるのです。世間に認めてもらうなら、足かせを外して、自由にのびのびと仕事をすること。気づけば、ビッグネームの会社に入った友達が重圧に押しつぶされてる時に、あなたはあなたにしかできない大きな仕事を任されているかもしれません。ビル・ゲイツの言葉は、《自尊心》にかんじがらめになったじぶんを解き放つ術を教えてくれるのです。

 ちなみに私のお気に入りの言葉は、これ。《ウンコ投げ競争の優勝者は、手がいちばん汚れていない人間だ》byスティーヴン・キング。石原壮一郎氏は、罵詈雑言が飛び交うネット上の醜い議論こそ、「ウンコ投げ競争」だと言います。
 「ネット上のたいていの論争や騒動は『ウンコ投げ競争』です。リアル世界でも、意地悪されて仕返しをしたり、悪口を言われて言い返したりなど、つい『ウンコ投げ競争』に参加したくなるケースは少なくありません。頭に血が上ったときは『ウンコ投げ競争』の光景を想像すると、無駄な反論や邪悪な感情を投げ返したい欲求を抑えることができるでしょう。」(30ページ)
 見えますね、そう言われると。SNSで飛び交う汚い言葉のかずかずが「ウンコ」に。そんな言葉を目にしてしまうと、あるいは、「クソリプ」なんて言って汚い言葉をひっかけられると、思わず投げ返したくなるもの。でも、そこはぐっとこらえて、自分の手を汚すのを控えましょう。綺麗な言葉をリツイートでもして、「ウンコ」を投げつけてきたやつより優位に立って仕舞えば良いのです。

 さて、古今東西の偉人の言葉は、重みがあります。それは、彼らが成し遂げた歴史的な偉業じたいに重みがあるからです。しかし、歴史に名を残さなくても、市井の人が口にした言葉に励まされることだってあります。北尾トロの『長く働いてきた人の言葉』は、「普通の人」の、「普通の言葉」。理髪店の店主、個人タクシーの運転手、喫茶店オーナー。彼らが働く上で、ぽろっとこぼした何気ない言葉、けれども、「普通の人」だからこそ共鳴できる実感に根ざした言葉。北尾トロは、そうした言葉に耳をすませて、丁寧に綴っていきます。言葉の一つひとつが、自然体でできている。だからこそ、励まされる、不思議な力に満ちた言葉なのです。

 例えば、人を育てるということについて。
「ぼくの考え方は、仲間として働くことですから。掃除は率先してやるとか、バイトが嫌がることを俺がやると。正直言って、従業員で困ったことはほとんどないです。(中略)覚悟して、育ててやろうという気持ちじゃないと雇っちゃダメですね。」(コンビニオーナー “24年”、一柳義満さんの言葉、本書、203ページ)
 何気ない言葉から滲み出てくる、オーナーさんの人柄。従業員は、仲間。育ててあげるというつもりで、雇うこと。それを忘れてしまっては、ただの恐怖政治の独裁者。でも、はたから見たらただの裸の王様。人の上に立つということは、腰をかがんで、目線を合わせて、話しかけること。長く働く上で大事なことは、そうした姿勢を崩さないことなのでしょう。
あるいは、人と付き合うということについて。
「うちは古いから、だいぶ亡くなりましたよ。お客さんも。たいていね、最後のおつきあいは、ちゃんとやります。動けなくなって、寝たきりになっても、しっかり刈りに行ってあげます。(中略)出仕事(出張)って大変なんですよ。その家に縁側があったら、その縁側で椅子に座ってもらい、いろんなお話しながら刈らせていただいたりとか、寝たままとか。あと、出仕事は髭剃りはないのですが、『おかあちゃん、髭剃ってほしいな』って言うから、『いいよ』って、相手は寝たまま膝枕で髭を剃る。そのおじいちゃんはそれが最後(の散髪)でしたね。」(新高円寺の理髪店店主、天宮文代さんの言葉、本書、250ページ)

 人と付き合うことは、決して中途半端にしてはいけない。相手の人生と、しっかり向き合うつもりで関係をつくっていかなければいけない。また、見返りを求めてもダメ。ギブアンドテイクな、ビジネスライクな、関係だけでは、長く働くことは不可能なんです。高円寺でご主人の亡き後も理髪店を続けてきた店主さんの言葉は、そのことを教えてくれる、まさに至言です。
 古今東西の偉人。市井の人々。どちらの言葉に耳を傾けるかは、あなたの自由です。大切なのは、悩んだら、訊くこと。言葉を訊いて、じぶんの中で解釈をすること。それが、明日も働くための、大事な一歩になるでしょう。


今回紹介した本

悩める君に贈るガツンとくる言葉 (大人養成講座)

石原壮一郎 (著)
出版社:バジリコ
出版年:2017年

ishiharasouichirou

長く働いてきた人の言葉

北尾トロ (著)出版社:飛鳥新社
出版年:2013年

kitaotoro
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長瀬海(ながせ・かい)
1985年千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。ケーブルテレビ系の通信・放送会社勤務を経て、ライター・インタビュアー・書評家へ転身。音楽、文学が専門。現代日本文学、海外文学、エンタメ、SFなどジャンル問わず書評します。
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