「やりたいことをやる」ためのオルタナティブな働き方 ――竹田信弥著『めんどくさい本屋 100年先まで続ける道』(本の種出版)

「働く」を考えるベストセラー  第31回

2020/07/02
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著者:長瀬海
 

めんどくさい本屋―100年先まで続ける道

竹田信弥
出版社:本の種出版
出版年月日:2020年4月27日

出版不況という言葉が世間に広く浸透してから、ずいぶんと長い歳月が経とうとしています。この暗い空気は、街から次々と書店を消し去っていきました。ある記事によると、「1990年代の終わりに2万3000店ほどあった書店は、2018年には1万2026店にまで減少した」そうです。(「日本の書店がどんどん潰れていく本当の理由」『東洋経済オンライン』2018年12月9日)もちろん背後には、Amazonなどの新しい流通経路が誕生したことがあるでしょう。

しかしながら、そんな状況のなかでも、独立系書店という、インディペンデントな経営で成り立つ本屋が活気付いているのです。下北沢にある本屋B&B、駒込の東洋文庫そばで店を構えるBOOKS青いカバ、福岡で注目を集めるブックスキューブリック。名前を挙げると切りがないほど、現在、たくさんの独立系書店が元気です。それは、忙しい日々のなかで見失いがちな自分の時間を手に入れたいと願う、あるいは、ネット空間では経験できない未知なる書籍との出会いを求める、そんなひとびとに支持されているからかもしれません。それぞれの店主の色が、本棚にくっきりと現れるのも人気の理由でしょう。赤坂にある、双子のライオン堂という少し変わった書店も、そんな仲間の一つです。

双子のライオン堂の店主、竹田信弥氏が書いた『めんどくさい本屋 100年先まで続ける道』(本の種出版)は、彼が起業をするまでの、そしてこれからの歩む道を綴った一冊。そこには、出版不況だからこその、生き方、働き方が記されています。

本書は、彼の一週間の過ごし方から始まります。コールセンターでの仕事。倉庫整理のアルバイト、清掃作業。あれ? 本屋さんの話じゃないの? そう思うのも当然だと思いますが、ここに彼なりの仕事との向かい方があるのです。

双子のライオン堂を立ち上げたのは、高校二年生の頃だったと言います。当初は、リアル店舗という形ではなく、ネット古書店の形態をとっていました。このように書くと、意識のお高い高校生起業家の姿が浮かぶかもしれませんが、どうやらそうではなかったようです。高校では周囲に馴染めず、とても陰鬱な日々を送っていました。学校にも行けず、引きこもり気味の生活のなかで葛藤を抱えていたと言います。そんなとき、自分の居場所を求めて、大好きな本に関係する、学校とは違う空間を作ることを決意したのです。それは「ここではないどこかへ行きたかった」という気持ちの現れでもありました。

細々とネット古書店を運営していく彼を、ある時流が包みます。Amazonです。大学生の頃に、Amazonが勢いづいたことで、本がネットで売りやすくなった。新古書店で売れそうな本を探しては、販売する。いわゆるセドリを始める彼は、しかし、そこに違和感を感じていきます。

違和感を抱えたまま、やがて、卒業し、就職をします。リーマンショックの影響で、難航した就職活動の末、彼が入社したのは、あるベンチャーでした。やっとのことで職を見つけた彼を待ち受けていたのは、激務に追われる日々。ブラック企業のなかで際限なく増え続ける仕事に押しつぶされそうな彼の精神状態を保ってくれたのが、副業として経営していたネット古書店だったと言うのです。私は、ここに、一つ目の、現代の働き方の可能性を見てとります。

高校時代の鬱屈とした日々を救ってくれたのは彼がネット上につくった自分のためだけの場所でした。就職先で、「仕事の厳しさから逃げることができた」のもネット古書店のおかげでした。学校や職場、足の置き場が一つしかなくなると、人はとても息苦しくなるもの。「ここではないどこかへ」行くことのできる空間を確保しながら働く。大きなものでなくてもいい。それが、現代社会において働く上で、呼吸をしやすくする方法なのではないでしょうか。

最初に入社した会社を退職し、紆余曲折があって、アルバイト生活を送ることになった彼は、仕事で、ある倉庫を持つ人物と出会います。そして、奇縁とはこのようなことを言うのでしょうか、その倉庫を借り受け、リアル店舗を構えることになるのです。ネットの世界の本屋が、実世界に降りてきた瞬間でした。

文京区は白山に初めて店舗を構えてから、愉快な仲間たちと出会い、その後の同店の代名詞となる「読書会」の文化が誕生し、赤坂に移転することとなるエピソードも読み応えがあるのですが、ここでは、著者が本屋にこだわる理由を見ましょう。

リアル店舗を始めるとき、彼のなかで、なぜ本屋をやるのか、自分のこの挑戦のゴールはどこなのか、という疑問が浮かんできます。考えあぐねているとき、友人のこんな言葉を思い出しました。「本屋って、必要? アマゾンとかあるじゃん?」その問いを前に、彼は性急な答えを出すことはしません。むしろ、答えがない。だからこそ、やってみる。やっていくうちに、答えが出るかもしれない。その瞬間、彼は双子のライオン堂のミッションを定めました。「100年後に本屋という場所そのものがなくなっているかもしれない。ならばぼくが100年残す」という風に。「100年残る本と本屋」のために人生を捧げる決意をした彼の姿は、実に勇ましいのです。

「100年残る本と本屋」というコンセプトを、経営上のコンパスとして掲げることを決めた彼が次に打ち出したのは、その理念を貫き通すべく「負けない戦略」を取るという方針でした。「負けない戦略」とは何か。それは、本屋の売り上げに頼らない、ということです。これは決して儲からなくても、誰かのためになればいい、というような慈善的な考えを意味しているわけではありません。本屋の売り上げだけに頼ってしまうと、外的な要因によって、軸がブレる。ブレたら、やりたいことができなくなる。それでは、100年残すことはできない。だったら、アルバイトを掛け持ちして、生活の基盤を作り、その上で、本屋を経営しよう。そう考える彼は、だから、先ほど書いたような、アルバイトと自店の行き来をする生活をしているのです。ここに新しい起業のあり方、オルタナティブなき方の可能性を見出すことができます。

店主の竹田信弥氏が本屋をスタートアップしたのは、「ここではないどこかへ」行くため、自分だけの居場所を作るためでした。それはいつしか、その場所を100年残す、本屋という空間を消滅させないために、というミッションに変わります。そして、そのために、経済的にそこに依存しない。本書は、本屋のスタートアップと経営を通して「オルタナティブな働き方」を描いていると、言っていいと思います。

「双子のライオン堂は、夢を語ってもいい場所、夢を見てもいい場所であってほしい」(本書、210ページ)。みんなにとっての「自分だけの居場所」を100年守り続ける。そのためには「青臭く、ダサくても別にいい」。著者のそんな言葉は、働くことに迷い、心のうちで「ここではないどこか」を求めつづけるひとたちへのささやかなエールなのかもしれません。


photo by Hans-B. Sickler

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