〈働かない〉から〈働く〉を考える

「働く」を考えるベストセラー 第3回

2017/12/20
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著者:長瀬海
 

〈働く〉ということを根本から考える必要に迫られている時代が、いつの間にか到来しています。
 ブラック企業のなかに囚われて、逃げ場をなくしてしまう人々。「社畜」という言葉が出てきたのはこの10年ですが、会社という組織に、いつの間にか、飼い慣らされて、身動きがとれなくなってしまうのが会社員というもの。そこでは、いかに〈働く〉か、スマートなワーキングスタイルとは何か、ということばかりが問題にされています。自己啓発本に〈働く〉ことの流儀を説いた書物が多いのは、昨日・今日にはじまったことではありません。でも、〈働く〉ということを真正面ばかりから見つめていても、わからないことだってある。それでは〈働く〉という強迫観念の檻のなかに囚われてしまいかねない。〈働く〉って何なのかを根詰めて考えすぎると、息苦しくなるものですから。そこで、今回は、むしろ真逆の方向から、つまり、〈働かない〉という側面から、〈働く〉って一体なんなのかを考えてみましょう。

 〈働かない〉という行為は、歴史的に考えると、一つの文化をかたち作ってきました。アメリカの批評家トム・ルッツの『働かない――「怠けもの」と呼ばれた人たち』(青土社、小澤英実・篠儀直子訳)は、「怠け者」が文学のなかでどのように映し出されてきたかを調査し、彼らが実はいつの時代もカウンターカルチャーを背景に存在していたことをはっきりと示した「怠け者」の文学史です。18世紀英国の詩人サミュエル・ジョンソンの作品に描かれ、「人は怠けることによって自分の人生を正しく見極められることができる」と唱えたアイドラー。19世紀の貴族的な放蕩者のラウンジャーや20世紀前半の放浪する芸術家ボヘミアン。それから1960年代に物質主義へのアンチテーゼを唱えたビートニク、70年代・80年代の消費社会で反旗を翻したヒッピー。著者は膨大なテクストを読むことでこうした「怠け者」の猛者たちの〈働かない〉という鋼のような反・労働倫理を炙り出します。「ケルアックはワインとジャズ以外の消費財への欲望をほとんど認めなかったし、ヒッピーたちはこれら全てを嫌悪すべしと主張した」という彼らの姿を前に、社会のなかでかくあるべしとされていた労働倫理が音を立てて崩れていくのです。
 この本には〈働かない〉という矜持を持った人々を100年以上の歴史のなかに探ることで、時代ごとの労働観を照射していきます。そして、最後の章で著者は、日本のフリーターを取り上げることで、「カロウシ」(過労死)が国際的な話題となっている日本の労働現状を考察していきます。なぜ、日本の現代社会が働きづらい社会になっているかを教えてくれる一冊です。

 〈働かない〉人間を描いた文学は、日本にも存在しています。というか、日本の近代文学は働かなくなった人間を描くところから始まったのです。二葉亭四迷の『浮雲』の主人公は役所勤めをしながら下宿生活を送る、内海文三。文三の下宿先は彼の親戚の園田家で、女主人・お政とその娘で文三と恋仲にあるお勢が一緒に暮らしている。ある日、文三は急に役所をクビになってしまう。するとお政は文三をやっかいものとして扱い始め、そのことに悔しさと居心地の悪さを覚えた彼は、二階へ引きこもりがちとなる。そう、この作品は日本文学史上初めて、引きこもりを描いた小説なのです。

 職を失った文三は、世間体を気にして外に出られません。そこに、元同僚であり彼とは真逆の性格の本田が、園田家を出入りするようになる。今度はお勢をとられるんじゃないかとソワソワし始める文三。部屋のある二階から耳を澄まして彼らの話しを盗み聴きするのに没頭するあまり、階下に降りられない文三。その結果、ますます働かなくなる文三。文三の労働意欲ははたしていずこへ。こうして文三の孤立が深まると、物語は彼の内面世界を中心に展開するようになります。それを近代的自我というのでしょうが、ここではそれを働かなくなった〈ニートの精神性〉のでも呼んでみたいと思います。近代の幕開けとともに現れた、〈働かない〉男の心の揺れ動きを堪能できて愉しい小説。現代にこそ読まれるべき一冊でもあります。

 〈働かない〉人間をモチーフにした小説の最高傑作といえばやっぱりハーマン・メルヴィルの『書記バートルビー』でしょう。ニューヨークにオフィスを持つ法律家の「私」はある日、事業拡大に伴い、書記を雇うことにしました。そこに応募してきたのが、バートルビーです。だが雇ってすぐ彼に仕事を頼むと、バートルビーはきっぱりと言う。「そうしない方が好ましいのですが」一瞬カッとなった「私」は、しかし、どこか人間らしくない彼を前にそれ以上何も言うことができません。その後も、バートルビーに仕事を頼むが、返ってくる答えはいつも同じ。「そうしない方が好ましいのですが」そのうち、彼は書写を一切やらないことに決めたと告げます。「私」は、事務所から出ていくように命じるのですが、バートルビーは決して応じません。やがて、「私」の方から事務所を移転することに決めたのですが——。この物語には〈働かない〉男の矜持が煌々と輝いているのです。
 イタリアの哲学者、ジョルジュ・アガンベンはこの『書記バートルビー』の話には「潜勢力の定式」が表されていると言います。少し難しい言葉ですが、要約すると、次のようなことを意味します。彼が反復する「そうしない方が好ましいのですが」という言葉は、人間には二つの力があることを教えてくれます。すなわち、「~することができる」力と「~しないことができる」力です。

 このアガンベンの考え方を、〈働く〉という文脈に当てはめてると、例えばこのように言えるかもしれません。人は社会に出て、仕事を始めると前者の力能、つまり、「〜することができる力」だけでやっていこうとする。そしてそのなかで終わることなき承認ゲームを繰り返すのです。けれども、アガンベンの理論を敷衍(ふえん)してバートルビーを読むと、そこには、後者の力、そこから降りる力、が描かれていることに気かされます。つまり、〈働く〉の檻の中から自分を逃す力を、人間は本来的に持っているのだということです。自分自身に逃げることを許す方法を、〈働かない〉ことだってできる自由を人間は持っているのだということを、バートルビーは知っていたのです。
 会社の中で機械的に働いていると、ふとした瞬間に、自分が〈働く〉の檻に閉じ込められていることに気づくことがある。そんな時、こうした作品を読み、「働かない」という労働倫理を身につけることで、逆説的に「働きやすい」社会が生まれるんじゃないかと、私のような「怠け者」はぼんやり思っています。


今回紹介した本

働かない――「怠けもの」と呼ばれた人たち

トム ルッツ (著),‎ Tom Lutz (原著),‎ 小澤 英実 (翻訳),‎ 篠儀 直子 (翻訳)
出版社:青土社
出版年:2006年

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浮雲

二葉亭 四迷 (著)
出版社:岩波文庫
出版年:2004年

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書記バートルビー

メルヴィル (著),‎ 牧野 有通 (翻訳)
出版社:光文社古典新訳文庫
出版年:2015年

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