「負ける」が勝ちの人生設計−−プロ奢ラレヤー『嫌なこと、全部やめても生きられる』(扶桑社)

「働く」を考えるベストセラー  第26回

2020/02/05
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著者:長瀬海
 

嫌なこと、全部やめても生きられる

プロ奢ラレヤー(著)
出版社:扶桑社
出版年月日:2019年12月20日

働き方改革ならぬ、生き方改革が模索され始めている時代に、私たちは、今、います。働くことが一つの会社や場所やコミュニティに限定されて生きるということと同義だった時代は古めかしいものとなって、社会が用意したフレームワークから外れた生き方をする人たち。新しい生のあり方を創出することを試みている人々が続々と現れています。例えば、YouTuberやインスタグラマーといった、ここ十年で新しくできたネット上のプラットフォームを利用して、生活の基盤を作る人間が現れ始めました。この連載の第18回では、レンタルなんもしない人について取り上げましたが、彼もまた、社会のロールモデルから外れて、自分なりのライフスタイルを作り上げた人でした。

こうして、働くという行為が揺さぶられ、生き方そのものをもう一度見つめ直す、そんな趨勢を感じます。今回紹介する、定職につかず、奢られ続けて二年間、合計2000人もの人たちのお金で飯を食って生きているプロ奢ラレヤーもまさに時代が生み出した人物です。Twitterに突如として現れた彼は、既存の価値観をぶち壊す生き方を自ら作ったのでした。

彼の著書『嫌なこと、全部やめても生きられる』(扶桑社)は、奢られライフを送ってきたことで彼が見出した生き方の手引き書となっています。

プロ奢ラレヤーは少し前まで住居を持たず、フォロワーの家を転々としていました(現在は、猫を飼いたいがためにようやく自分の賃貸アパートを持ったようです)。そんな彼は、本書で、まずば、所有という概念を捉え直そうとします。人々は、何かを所有しなければいけないという強迫観念に縛られすぎている。だから、「『所有』の感覚が強くなると、同時に失う恐怖が増幅されていく」と。そして、人間がこの資本主義社会において、最も所有したがるものはお金であり、喪失を最も恐れるものもお金である。だけどさ、貯金ってそれほどまでに躍起になってするもんなの? そう彼は、説くのです。

奢られライフを送る彼は、「必要以上の貯金は『非常食用の缶詰』である」と考えます。そりゃあ、あった方が万が一のための備えになるけど、結局みんな使わずに放置しているだけじゃん。だったら、強迫観念に襲われながら貯金をするよりも、使えるときに使った方がマシ。彼は、それをロールプレイングゲームに例えます。「RPGでどんなに辛い局面でも回復系アイテムをケチって使わないヤツがいたと思うんですけど、ゲームクリアしたときに使わなかった救急スプレーとかが持ち物ボックスに余ってるんですよ。だからまあ、いくつ回復アイテムを保持しておくか、ボックスに入れておくかは自由だけど、物語の終盤まで持ち続けないで、苦しいときはガンガン使えば? って思います」(本書、28ページ)。極論のように見えますが、言い得て妙だとも思います。確かに、貯蓄によって安心感は得られるかもしれない。でも、ゲームが終わった後に、あれだけ腐心して貯めたものが残ってしまっているのだったら、その前に使った方がそのゲームをもっと楽しめるんじゃないか。社会的通念を度外視した、所有、あるいはお金に関する彼の価値観は、これからの時代にあるべき一つの選択肢を私たちに見せてくれます。

現に所有という概念は、ひと昔前のものとは様変わりしています。カーシェアリング、シェアハウスといった様々なサービスが出現し、「シェア」の時代になっているのはみんなが実感するところです。だから、プロ奢ラレヤーが「『所有』って便利だと思えないんです。僕みたいな『持つ』ことに価値を感じていない人間にとってはコスパ悪いなーっていう、ただそれだけのことになっている気がします」というとき、大きく首肯する人も多いんじゃないでしょうか。

彼はとにかく、生活のストレスを減らして、生きる満足度を高めることを信条としています。そのため、所有や貯蓄に縛られない生活を送ろうとする。だけど、それでも、人がまともに生活をしようとするならば、お金がかかることは確かです。固定費というのは必ず発生するわけですから。プロ奢ラレヤーはそこで、「人生の満足度を下げずに、生活費を安くする方法があるとしたら、まず一番に家賃を下げたらいい」と言います。うん? そりゃあそうですよね。当たり前のことです。何も新しいことを言っているわけではない。しかし、彼が言いたいのは、会社を中心にしてどこで生活を送るか考えることをやめろ、ということです。「勤め先の近くに住みたいから、どうしても家賃が高くなってしまう」ことに悩んでいる人は、「まず自分が『なんのために働いているのか』に立ち返るべき」だと提言します。そして、家賃や高い物価によって余裕のない生活を送っているのだったら、自分が送りたい生活の場所を決めてから、仕事を見つければいい、そういうわけです。仕事中心のライフスタイルを改め、人生の満足度を高める方途を彼は教えてくれます。

とにかくやりたくないことをやめる。これが人生の満足度、幸福度を最も高めるために手っ取り早い方法なのですが、そうは言っても、誰でもプロ奢ラレヤーのように、全てを断捨離して、勝手気ままな生活を送れるわけではありません。だけど、「いつでもやめることができる」というマインドを持つことは可能なんじゃないか、と彼は言います。プロ奢ラレヤーに奢ってくれた、ある丸の内OLは「上司のハラスメントで鬱になった。薬では治らなかった。どうしたら上司を完全犯罪で殺れるか綿密に考えて、『その気になればいつでも殺れる』と想像するようになってから鬱が治った」と言っていたそうです。殺るか殺らないかは置いておいて、会社をやめること、たとえ、それが負けであっても、その道を確保しておくこと、そのことが、心を不満やストレスでパンパンにして塞ぎ込まないためにも、大事なのではないでしょうか。プロ奢ラレヤーは言います。「そもそも負けたらどう思われるかよりも、負けた先に何があるかってことのほうが大事なんじゃないですか?(中略)ためらわずに負けていったもん勝ちじゃないかなって思います。」(本書、148ページ)これは彼がプロ奢ラレヤーになるに至るまでに見つけた経験則。大学を途中でやめ、就職することもせず、社会にいる人からしたら負け続けているように見える彼が、自分の人生のなかで手にした、一つの答えです。

世界は嫌なことで満ち溢れています。それをどうやって避けて生きていくか。テクノロジーが発達し、超情報化社会となった今、その方法は、無限にあります。奢られるプロとして生きる彼のように、嫌なことをやめて生きてみるのも、そんなに難しくない時代なのです。


photo by netlancer2006

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