ハラスメント・レスな社会を作りあげるために ――小島慶子編『さよなら! ハラスメント』

「働く」を考えるベストセラー  第25回

2020/01/08
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著者:長瀬海
 

さよなら! ハラスメント――自分と社会を変える11の知恵

小島慶子 (編著)
出版社:晶文社
出版年月日:2019年2月

2019年12月2日、大学生たちが、就活ハラスメントに対して声をあげました。東京都内の6つの大学の学生らでつくる有志団体「セーフ・キャンパス・ユース・ネットワーク」が、記者会見を開き、厚生労働省の審議会が同年11月にまとめたハラスメントの防止指針では就活生へのセクハラ、パワハラ防止に何ら有効性を持たないとして、文部科学省に声明文を出したのです。

就活は、立場の強弱が顕在化する場所です。そこで、これまで、いかに多くのハラスメントが行われてきたか、想像に難くありません。OB訪問という名目で、強制的に飲みに連れていかれる。選考となんの関係があるのか恋人の有無を聞かれる。こうしたセクハラやパワハラを前に、じっと我慢してきたが、もう、黙らない。彼女・彼らは、勇敢に立ち上がったのです。

この出来事を例に、ハラスメントに対して声をあげる必要性について、私はあるところで若い人たちに話しました。すると、ある男性の大学生が、こう言ったのです。「最近は、何でもかんでもハラスメントにされて、働きづらそうです」。それに呼応するかのように、女性の学生が「男性の会社員も大変だなって思います」と発言しました。私は、呆れました。と、同時に、声をあげること(これはとっても大事なことです、しかし)だけでは、日本の社会を根本的に変えることはできないのではないか。ハラスメントの本質を、それが日本の社会とどう密接に結びついているのかを、今一度考えなければいけないのではないか、そう思わされたのです。

小島慶子編『さよなら! ハラスメント』(2019年、晶文社)は、ハラスメントの構造を11人の識者との対話のなかから、えぐり出そうとする一冊です。インタビュアーを務める小島慶子氏は元TBSのアナウンサー。「女子アナ」とは、男性優位社会のなかで女性性を過剰に求められる職業です。小島氏は最初こそ、「その男性社会に媚びる構造で特権を得る仕事だとわかって」いて、それをこなしている自分は聡明だと思っていた。だけれど、その仕組み自体に大きな違和感を、そして怒りを抱くようになったと言います。そうした経験を持つ編者だからこそ持つ、違和感へのまなざしは、現代のハラスメントの実態を、鋭く見つめます。

ハラスメントがなぜ起きるのか。例えば、2018年4月に当時の財務省事務次官だった福田淳一氏が、テレビ朝日の女性記者にセクハラを行なったとして、多くのメディアで取り上げられました。ここから、男性の「優越志向」「所有志向」「権力志向」を(それはあまねく男性のなかに内面化されています)を読み取り、それらが結びついて「近代の男性の呪い」として具体的な事件となって現れたのが福田元事務次官のセクハラ問題だ、と述べるのは社会学者の伊藤公雄氏です。伊藤さんは言います。「(彼らがセクハラのルールを身体化できていなかったのは)男性にかかった呪いみたいなものでしょう。女性より優越した立場じゃないと男じゃない。女性をある種モノのように管理できないと、男じゃない。女性に対して言うこと聞かせるくらいじゃないと一人前の男じゃないみたいなそういう男性のカルチャーですね」(95ページ)。そして、こうした「古いルールが蓄積されていて、それがそのまま出ちゃったというのが、福田元事務次官のケース」だと言うわけです。

ここで考えなければならないのは、こうした古いルールに縛られている社会に生きる男性の加害者性です。男性がこうした加害者性をまず認めるにはどうすれば良いか。伊藤氏は、「マジョリティの世界から距離をとれるかどうかだと思う」と言います。つまり、否が応でも組み込まれてしまうマジョリティの世界から、離れて、マイノリティの視点で物事を見るということです。立場を変える。そのことによって、自分が実はマイノリティを虐げるような構造のなかで生きてきたことを自覚する。それが男性の加害者性を認める一歩なのです。

ただ、男性の加害者性の一点だけに絞っただけでは、ハラスメントが起きる本質的な構造を見つめることにはなりません。評論家の荻上チキ氏は「どのハラスメントでも共通しているのは、権力が私物化されると問題が起きるということです。公的な権力なら、こういったルールでやりましょうという透明性が確保されるんだけど、権力が私物化されている職場や学校だと、その都度の先生や上司の気分によって権力の発揮のされ方、叱られ方が変わってしまう。要は権力が公的に公開されず、個人の感情まで揺るがされてしまう」と述べます。また、ジャーナリスト・白河桃子氏との対話のなかでは、日本の職場は「多様性に乏しく、同質性が高い」ことが指摘されています。ここに、ハラスメントが発生する原因があると考えることができるでしょう。つまり、同調圧力によって社員を一つの色に染め上げる。そこで、作り上げられた強固な上下関係のなかで、上の立場の人間は権力を私物化する。権力という見えない力を手に入れた人間は、弱い立場の人間の感情を、意識的にであれ、無意識的にであれ、振り回し始める。虐げるといってもいいでしょう。こうした、日本社会(それは決して職場だけではありません、学校、サークル、あらゆる空間のことを指します)に固有の構造を理解した上で、ようやく声を出すということがいかに大事なことかがわかってくるのです。

ハラスメントを受けた人間が抱え込むのは、怒りです。怒りには二種類あります。私怨と公怨。セクハラの被害者が怒りを言葉にする。しかし、それはハラスメントという概念がなかった少し前までは私怨として受け止められていたと、本書のなかで小説家の桐野夏生氏は言います。ハラスメントと戦う上で、まず、性差別によって生じる怒りは公怨であると、理解しなければならない。だからこそ、堂々と怒りを社会に向けて発するべきだ。桐野夏生氏は、怒りを公共の空間で、他者と共有することで、社会と戦うことの必要性を説きます。

日本の社会で起きるハラスメントは社会の構造と密接に結びついています。SNSというツールのおかげで、ある程度、その被害者の声が可視化されるようになってきました。一方で、冒頭で紹介した学生のように、自分たちがハラスメントの被害者・加害者になる可能性を考えず、対岸の火事のような発言をする(しかも加害者に寄り添おうとする!)人がいることも事実です。今、社会は過渡期にあります。ハラスメント・レスな社会をつくり上げるために、私たちが働きやすい空間を手にするために、ハラスメントの本質をこの本に収録されている11の対話を通して深く考えてみましょう。


photo by Ben Grey

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