「呪い」から自由になるために ――上西充子『呪いの言葉の解き方』

「働く」を考えるベストセラー  第22回

2019/10/09
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著者:長瀬海
 

呪いの言葉の解きかた

上西充子 (著)
出版社:晶文社
出版年月日:2019年5月

3年前、ドラマも大ヒットし、漫画もとても売れ、大きな賞も受賞した『逃げるは恥だが役にたつ』(原作者は海野つなみ)のなかで、主人公の伯母で独身を貫いてきた女性が、親子ほど年の離れた男性に恋心を打ち明けられるシーンがあります。続くシーンでは、その男性に想いを寄せる若い女性が、主人公の伯母(百合)に対して、次のような言葉を放ちます。「やっぱり若さというのは価値の一つだと思うんです」。これはアラフィフの女性に向かって、ある種のマウンティングをしようとしたものです。百合は、こう、切り返します。「今あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。自分に呪いをかけないで」。ここには、呪いの言葉と、それへの力強い応答の言葉があります。その応答の言葉は、呪いの言葉なんかに縛られはしない、むしろ、その抑圧的な言葉の構造こそを可視化させる。そうすることで呪いの言葉を解く、ということを百合は試みたのです。

労働問題を研究している上西充子氏は2018年、何かをTwitter上で主張すると、それに対して、定型文めいた批判的リプライが来ることに気づきました。例えば、デモをするというと、 「デモで世の中は変わらない」と言われたり、女性運動を応援する言葉を発すると「女性は権利ばかり主張するようになった」と言われたり。そうした抑圧的な言葉は、呪いの言葉として、社会で作用します。そういった呪いの言葉に縛られないように、上西氏はTwitter上で「#呪いの言葉の解き方」というハッシュタグを作り、それに対する応答の仕方をみんなで考えようと促したのです。

『呪いの言葉の解き方』(2019年、晶文社)は、上西充子氏が上記のような運動を通じて目にした、社会に蔓延する呪いの言葉と、それに対して我々はどのように立ち向かえば良いかを、実践的に綴った本です。著者は冒頭に挙げた『逃げ恥』の一場面を切り取り、「この百合のように、呪いの言葉を投げかけてくる相手に、切り返していくこと。それができるようになれば、私たちは、より自由に、より柔軟に、状況を把握し、恐れや怯えや圧力から、心理的に距離を置いたうえで、状況への対処方法を考えられるようになるのではないか」(25ページ)と述べます。

著者が本書の前半で取り上げるのは、労働にまつわる呪いの言葉。パワハラや長時間労働、ハラスメントだと実証はできなくても明らかな無理な要求、そうしたことに対して、ちょっとでも不満を態度で表すと、上司や周囲の人は「嫌なら辞めればいい」と言う。この「嫌なら辞めればいい」というのは、とても抑圧的な言葉です。理不尽な仕事・環境に身を置かねばならない労働者に対して、不満や文句を言う方に問題があるのだ、みんな我慢して働いているのだからという思考に誘導していくわけです。あたかも、職場に存在する違和を指摘する者を「文句」を言う人間と位置づけ、問題の本質を隠蔽していく。呪いの言葉は、そのように、何が問題となっているかを高圧的な態度でもって、隠してしまう作用を持っています。
 
著者は、そのような呪いの言葉が発せられたら、まずは搦めとられないことが大切だと言います。そして搦めとられないためには「相手の土俵に乗せられない」必要があるのです。では、具体的にはどうしたら良いでしょうか。著者は、それは、「なぜ、あなたは『呪いの言葉』を私に投げるのか」と問うことであり、「あなたは私を逃げ出せないように、縛りつけておきたいのですね」と問い返すことだと言います。
 
上司は、会社に楯突こうなんて100年早えんだよ、という態度をとる。それに対して、どうしても、雇用者である会社員は、仕方ないな、と歯を食いしばる。まさに「歯を食いしばる」というのが、日本の会社員の、悲しくも愚かな、あり方を象徴しています。そうではなく、呪いの言葉の構造を暴き出す、そこから自由なポジションを獲得し、モノを言う。そのことを考える余地はまだまだ残っているのではないでしょうか。
 
あるいは、著者は「だらだら残業」という、また別の呪いの言葉を紹介します。だらだら残業というと、ずるい、とか、ダメな会社員の典型、というイメージを持つでしょう。だけれども、この言葉が強い者から弱い者へと投げられるとき、それは呪いの言葉となります。クライアントからの無茶苦茶な要求と会社の理不尽な指示に板挟みになってしまうあまりに、頭を抱え込んで、仕事が終わらない。そうした人を、理解のない人は、あの人だらだら残業してるんじゃない? と思ってしまう。ひいては、残業代支給という制度があるから残業する人が絶えないんだ、という考えに陥ってしまう。現在、社会全体がそのような考え方を取るようになっています。その結果、政府は「働き方改革関連法」を採用する際に「高度プロフェッショナル制度」を作り出そうとしたわけです。著者は、はっきりと、紙幅を割いて、「高度プロフェッショナル制度」がいかに社会を窒息させるかを説明し、批判します。残業をめぐる著者の闘い方を知りたい方は是非、本書を読んでください。
 
個人的に、働くとは別の文脈で、本書を読み、新しい視点を得ることができたのは「ジェンダーをめぐる呪いの言葉」の章です。そこでは、母親なんだからしっかりしなさい、という呪いの言葉を、それに押しつぶされて育児放棄をしてしまった数々の女性の事例とともに、紹介しています。母親はお弁当を作らなければならない。母親は夫を、子どもを、支える役割を家庭で担わなければならない。そうした「あるべき母親像」というのが、いつの間にか作られ、それは女性を抑圧していきます。確かに、私の幼少時代を振り返ると、母親という存在に過度の期待をしていたことを思い出します。もっと母親は弱くて良い。凝り固まった母親像なんて演じなくて良い。母親が自由に、自分というものを獲得できる世の中こそが、今、求められているのではないでしょうか。


photo by Ida

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