レンタルなんもしない人をレンタルしながら書評を書いてみた! ――『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』

「働く」を考えるベストセラー  第18回

2019/06/11
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著者:長瀬海
 

レンタルなんもしない人のなんもしなかった話

レンタルなんもしない人(著)
出版社:晶文社
出版年月日:2019/4/17

今、私の目の前には一人の男性がいます。青い帽子をかぶっていて、見た目は30代半ばくらい。背丈は、うーん、175センチくらいかな、平均よりちょっと上くらい。なんだか風邪をひいているようでマスクをしています。とりあえず、喫茶店に入ったので何が飲みたいか聞いたら、ボソッと「ほっそ**る*ぃー」と。ちょっと聞き取れなかったので、もう一回聞くと、どうやら「ホットのミルクティー」と言ったようです。はい、この人こそ、『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(レンタルなんもしない人著・晶文社)で話題のレンタルなんもしない人なのです。

状況がいまいちわからない人のためにもうちょっと説明します。要するに、レンタルなんもしない人をレンタルしながら、今、私は、『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』の書評を書いているという、メタなことをしているわけです。

「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。一人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ一人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単なうけこたえ以外なんもできかねます。二万人に一人くらいは必要としている人がいるかもしれないので、サービスを始めてみます」という2018年6月3日のツイートから始まった、このサービス。実際に依頼してみると、マジでなんもしねえ!! ずっと携帯をいじっています。まぁ、いいのです。私は、書評を書くのを見届けてもらうために(ついでに言うのならサボらないよう見張ってもらうために)、彼をレンタルしたわけですから。

「仕事で行けなくなったけど空席にするのは申し訳ないから」と、渡辺えりさんが脚本・演出を務める芝居のチケットを譲られて一人で見に行かされる(クッソ羨ましい)。女子大生から「もうひとりのわたしになってほしい」と頼まれ、女子大生の気分で渋谷を闊歩しつつ、指定されたスタバで指定されたブラックコーヒーを飲みながら、指定された本を読む(本書に出てくる謎依頼の一つです)。「結婚式に招かれたがそんな仲良いわけではなく行きたくない。正直に伝えてむやみに相手の感情を刺激するのは避けたいが嘘つくのも嫌。なので人(なんもしない人)との約束があることにさせてほしい。そして当日、朝イチでドタキャンしてくれ」と言われる。(あ、今、目の前のレンタルなんもしない人がバックの中からイヤホンを取り出しました。)

何もしない。ただ、いるだけ。特に話が面白いわけでもないし。かっこいいわけでもない(ごめんなさい)。でも、そんな彼を求めてやまない人がいるわけです。「いるだけの仕事」が、この世に、存在しているのです。そして、本書はなんもしない人間を必要としている人たちの悩み、願望、好奇心が詰まった、壮大なドキュメンタリーなのです。

例えば、こんな依頼もありました。「突然で申し訳ないのですが、今夜これから国分寺駅にて依頼をお願いしたいのですが、可能でしょうか? 先日知らぬ間に私は不倫をしていたようでして、その話を聞いていただき苦しんで長生きしてほしい案件ですねと相槌をうっていただきたいのです。他の案件も話すかもしれませんが、同様に相槌をうっていただければと思います」(本書、111ページ)相槌を打つ。苦しんで長生きしてほしいと言ってもらいたい。つまり、自分の行いを他人に認めてもらいたい。他者からの承認を求めてレンタルなんもしない人を利用するわけです。(ちなみに今、目の前のレンタルなんもしない人は携帯をぽちぽちしてます)

本書を通読した感想としては、要は、こういうことなんじゃないかと思います。人間には、多くの欲望があるけれども、レンタルなんもしない人に託された欲望は、次の三つ。一人でいることが不安であり、誰かと一緒にいたい。空間共有欲です。これは、一人で入りづらい店に一緒に入ってパフェなどを食べるといった、本書に頻出する依頼のひとつですね。

それから、自己の承認をしてほしいという欲求。哲学者のヘーゲルは、人間とは承認をし合いながら大人になっていくのだ、と言いました。未熟な人間は自己の承認を他者に求め、大きくなっていくのです。これは本書でいうのならば、上記の不倫話を聞いて相槌を打ってほしいといったものです。

三つ目が、頑張らないで生きている人を見たいという欲求です。この欲望は非常に現代的だと思います。必死に働いて、働いて、ようやく生きている私たちと真逆の暮らしをしている人。そんな人を求めてしまう。現代人に特有の欲望が、ここに存在しているわけなのです。実際に私も、今、「あぁ、こんな人でも社会で生きてるんだ、怠惰な私だって捨てたもんじゃないな」って、ホットミルクティーを「あちち!」と啜ってるレンタルなんもしない人を見ながら思ってしまっています。

本書のなかでレンタルなんもしない人は綴ります。

人間は特に何もせずに生きていけるのか?(存在そのものに、生きていけるほどの価値はあるのか?)という問いを身をもって検証しようとしてるのが僕の今の活動という感じです。ただ、すでに十分すぎるくらい楽しい思いをしてきたし、誇張ではなくいつ死んでもそれほど悔いは残らない感じがするので、『やっぱりなんかしないと生きれない』という結論が出ようがあまり関係なく満足感がある。(本書、189ページ)

ここにこそ、三つ目の「頑張らないで生きている人を見たい」という欲求の根源的な部分があるわけです。目の前のタスクに追われて自己を省みることができない人は、ぜひ、本書を読んでみてください。頑張らなくたっていいんだ、自分さえ満足できれば、どんな生き方だって肯定されるさ。そのように、レンタルなんもしない人は背中をさすってくれますから。

最後に目の前のレンタルなんもしない人は、すっと席を立ち、「河出書房新社から5月21日に『<レンタルなんもしない人>というサービスをはじめます。:スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』という本が出るので、それもよろしくお願いします」と言って去って行きました。


photo by Kevin Dooley

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