メルカリ現象はいかに生まれたのか ——奥平和行著『メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間』(2018年、日経BP)

「働く」を考えるベストセラー  第14回

2019/02/06
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著者:長瀬海
 

メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間

奥平 和行 (著)
出版社:日経BP社
出版年月日:2018/11/22

メルカリはパンドラの箱を開けてしまったのか ——。
メルカリに限らず、昨今の利便性のあるアプリケーションはいつの間にやら現れて、いつの間にやら私たちの生活に根付いています。それに追随する形で、似たようなサービスがわらわらと出てくるのです。例えば、チケオク。C to Cのあり方ががらりと変わった現在、音楽や芸能、スポーツといったイベントチケットを簡単に売り買いできることで話題になりました。しかし、それがやがてアナーキーな状態を生み出し、法に触れはじめ、サービスは停止しました。

こういったC to Cの現在の代表的なサービスの一つがメルカリであることは、多くの人が知っていることでしょう。メルカリのアプリを開けると希少価値の高いアンティークグッズから日常雑貨まで「これこれ! これが欲しかったのよ!」という商品が並んでいます。そればかりか、例えば、自身の髪の毛を売る女性が現れたり、3月後半になると有名大学の卒業証書が市場に出回るようになる。メルカリもまたアナーキーな状態に徐々になりつつあり、しばしば話題を呼んでいます。

社会現象にもなったメルカリの誕生から、挫折、そして現在の成功までを追いかけた一冊が、奥平和行著『メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間』(2018年、日経BP)です。
 
本書はメルカリの創業者・山田進太郎氏と富島寛氏がどのように出会い、メルカリの構想を練り、そして、スタートアップし、困難を乗り越えたかを丹念に追いかけたノンフィクションの形をとっています。2008年、山田氏は追い込まれていました。「いくらプロダクトをつくってもヒットしない。しかも、しばらく前にウノウ(山田氏が初めて起業した会社の名前)のエンジニア獲得を目的とした買収話が持ち込まれ、自信を失いかけていた心がさらに揺らぐことになった」のです。
 
山田氏は2001年に早稲田大学を卒業すると、楽天への入社の話を蹴り、創造性のあふれるスタートアップを目指して、ウノウという企業を立ち上げました。そこでは今のinstagramのようなサービスを開発してはリリースしていましたが、全くヒットしないのです。これといった成果も出ないまま、社員は増えていく。焦りが生まれます。しかし、決して、山田氏は諦めることをしませんでした。
 
先に本書を通読した感想をここに記せば、メルカリが成功したのは、山田氏のフットワークの軽さとネバーギブアップの精神がその要因にあると言えるでしょう。普通だったら、心が折れる。普通だったら、起業家精神を持ちながら世界一周旅行なんてしない。けれども、山田進太郎という男はその「普通」の彼岸に立つ人物だったのです。
 
その山田氏も初めての起業にはさすがに苦労をしました。なにせヒットが生まれないのですから。苦心、7年。やっと生み出したのが、「出世作」となる「まちつく!」というゲームでした。このゲームをきっかけに山田氏は一流の起業家として名乗りをあげたのです。
 
しかし、山田氏が目指すところは一介のゲーム会社ではありませんでした。学生時代、山田氏は楽天でインターンとして「ヤフオク!」の前身となるシステム開発に携わっていました。そこで、C to Cの未来を見たのです。本書は、「まちつく!」で成長したウノウが、外資系企業に買収され、それをきっかけに山田氏が次々と同じビジョンを見る仲間を探す物語を描きます。それはまるでロールプレイングゲームのようです。アメリカでベンチャー企業に勤め大きな成功を収めていた石塚亮。多くのスタートアップ企業の法務を手伝い、ライブドア事件ではライブドア側の主任弁護士を務めたこともある猪木俊宏。そして、やがて、メルカリの共同創業者となる、2007年には動画検索サービス「Fooooo」を立ち上げたプログラマーの富島寛。こうして、山田氏は数々の出会いを経て、それをビジネスにつなげ、2013年にメルカリの前身となるコウゾウを起業することに成功したのです。
 
コウゾウはやはり、C to Cの新たな可能性を探る会社でした。しかし、課題は山積み。まだ、日の目を見ていない新鋭の企業は、当然ながら、エンジニアが不足している。この頃には、同じ野心を抱く仲間のエンジニアを8名ほど確保していたのですが、みな「本業」を持っていました。そのため、コウゾウにかかりきりになるわけにはいかない。そこで、山田氏と富島氏は奇策を練ったわけです。
 
——だったら、みんなが休みの時に働き、みんなが働いてるときに休めばいい。そうすれば、平日は本業をもっていても土曜日はフル稼働できる。平日に積み残した業務を土曜日に一気に片付けることができるのだ。
 
そこで、コウゾウは月曜休み、土曜日出勤というワークスケジューリングをしたわけです。こうして軌道に乗り出したコウゾウですが、やはり不安定な環境が影響し、大切なタイミングでエンジニアが辞めることになってしまったのでした。引き止めることもできない二人は、新たなエンジニアを探そうということで、再び、仲間集めの〈冒険〉に出るのです。自分たちの足で仲間を探す。単純なことですが、この能動的な姿が一人の起業家をスタープレイヤーへと育てたのです。
 
正直言うと、本書を読んだ私には山田氏も富島氏も決してカリスマ性を持った起業家には見えません。しかし、それでも、泥臭い根性で会社を立ち上げ、何があっても負けないプライドが彼らをスターにしたのでしょう。
 
彼らは仲間を集め、幾つかの名前の候補の中から、次代を担うであろうサービス名、そして企業名を「メルカリ」に決定すると、サービスのリリースを急ぎます。というのも、フリマアプリに関しては、メルカリより先に目をつけていた会社があったからです。現在も「フリル」というサービスで知られるファブリック社です。ライバル企業との駆け引きを綴った97ページからは、つい、手に汗を握ってしまいます。彼らがとったある大胆な施策にも驚きを隠せません。
 
そして、見事、メルカリは逆転するわけです。さらに、メルカリは日本だけにとどまらず、海外でも知られるサービスとなるわけです。けれど、先へと進む彼らの前には大きな壁が幾つも立ちはだかります。混乱と動転のなか、メルカリは何とかしてグローバルカンパニーの頂に登りつめるわけです。
 
現在、C to Cの王者として輝くメルカリ。しかし、まだまだ、課題は残っています。2018年6月期の最終損益は赤字でした。同年8月9日、グローバルカンパニーとなったメルカリの会長の山田進太郎氏は新規上場してから初となる決算発表を行いました。そこで山田氏はかつてジェフ・ベゾスが行った流儀に習い、株主にあてた手紙を書きました。そこで彼はこう言います。「『新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る』というミッションの達成に向け、世界挑戦を続けている」と。仲間をかき集めるところから始まった山田氏の〈冒険〉は始まったばかりです。本書はその序章にすぎないのでしょう。


photo by Rawpixel Ltd

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長瀬海(ながせ・かい)

1985年千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。ケーブルテレビ系の通信・放送会社勤務を経て、ライター・インタビュアー・書評家へ転身。音楽、文学が専門。現代日本文学、海外文学、エンタメ、SFなどジャンル問わず書評します。