不確実な時代に生き残る「賭け」に出るために ——パティ・マッコード著『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』(櫻井祐子訳、光文社)

「働く」を考えるベストセラー  第13回

2019/01/09
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著者:長瀬海
 

NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

パティ・マッコード (著)
櫻井祐子(訳)
出版社:光文社
出版年月日:2018/8/17

サブスクリプションサービス(定額課金システム)が社会を席巻し始めたのは、ここ2、3年くらいの話でしょうか。この新しいビジネスモデルは、これからのグローバルなライフスタンダードを変化させようとしています。
 
音楽ではSpotifyが登場し、CDといった形あるものが脅威にさらされています。海外でも、高級ブランドキャデラックが定額で乗り放題のようなサービスが出てきたり、あるいは、アメリカの映画館などはもう、月額制で見放題という時代になってきました。そしてそんなサブスクリプションサービスの中でも最も成功している事例がNetflixでしょう。

Netflixは1997年に誕生しました。当時はオンラインDVDサービスを世界で初めて開始した会社として知られていました。それから10年が経ち、ビデオ・オン・デマンドシステムによるサービスを開始、そして現在に至る……といったことはWikipediaでも読めばわかること。今回は、Netflixがどのような人事戦略をとり、ビジネスマインドを社員に植え付けているのかを明らかにしたパティ・マッコード著『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』(櫻井祐子訳、光文社)を取り上げ、その実情に迫ってみたいと思います。

Netflixは恐ろしい速度で成長してきました。既存の映像コンテンツビジネスを破壊するほどの力を持ったサービスを次々に打ち出してきました。最近ではオリジナル作品を作り、アメリカではケーブルテレビのオルタナメディアとして大活躍しています。著者はそんなNetflixの草創期から経営陣の一人として14年間を過ごしてきました。CEOのリード・ヘイスティングス及びマーク・ランドルフとともに、Netflixをゼロから築き上げてきたのです。そして現在、世界のスタートアップ企業をコンサルティングする仕事に従事しています。彼はよく聞かれるそうです。「どうすればネットフリックスの魔法を身につけられるんですか?」と。

とはいっても、本書にはマジカルな術が綴られているわけではありません。ここで紹介されているのは、「ネットフリックスで開発した新しい人材開発の方法」なのです。それはどのようなものでしょうか。
 
著者はまず最初に断ります。本書は、従業員の忠誠心を高め、会社に無理やりつなぎ止め、昇進という人参をぶら下げて走り回らせ、やる気と満足度を上げるためのよくあるような制度を紹介するものではない、と。Netflixはそんなおざなりのやり方で成長してきたわけではない、と。そんなものは「すべてまちがっている」と。

そうではなく、もっと単純かつラディカルなことなんだ。そう著者は言います。「ビジネスリーダーの役割は、すばらしい仕事を期限内にやり遂げる、優れたチームを作ることである」。これだけ。しかし、これだけの指針に基づいて、Netflixはオールドファッションな仕事のやり方を、全て廃してきました。そして文化の形成に取り組んでいったのです。
 
例えば、優れた人材をいかに採用するか、という問題に関して。会社が誰もが驚くようなペースで成長し、事業環境が見えない速度で変化するとき、自前の強力な人材パイプラインを持つことは可及的速やかに行われなければならない。そこで、通常なら、優秀な人事を雇って、いわゆるジョブ型の採用を行い、専門的な、既にどこかのスタートアップ企業でキャリアを積んだ人間を探すのでしょう。しかし、それでは時間がかかる。そこでNetflixはどうしたか。まず、従来型の人材採用方式を破棄して、自前のヘッドハンティング能力を構築することにしたのです。「他社で人事を担当していた人材を採用する代わりに、ヘッドハンティング会社から人材を引き抜いて、社内に採用機能を構築した」わけです。この能力があるからこそ、「2人解雇しても大丈夫、すぐに新しい人材を採用できるから」という人材ストラテジーの見通しを立てることが安心してできるようになったと言います。

そうして雇った社員全てには自社が取り組んでいる事業、抱えている問題を全て理解してもらうと言います。

新しいビジネスモデルと最重要課題をしっかり理解すること。定額制は「数」のゲームであり、莫大な先行投資をしたあとでしか収益を回収できない。これがいかに大きな賭けかということを肝に銘じた。初期顧客を獲得するために、多額の費用をかける必要がある。そうして得た新規顧客からの収益をもって初めて、次の拡大のコストを賄うことができる。未来の利益のために先行投資をする――これがネットフリックスのモデルだ。(本書49ページ)

シンプルに書くとこうなりますが、Netflixの周辺は細部が目まぐるしく変化していきます。変化に追いつくために、まずは、上記の基本モデルを全社員が共有し、新たなサービスが登場したさいには全力で成功させなければならないわけです。ある種の「賭け」だということも、理解してもらう必要があるわけです。すなわち、全社員は全ての力を注いで「賭け」に勝たなければいけない、と。
 
「賭け」に勝つ風土を作るにはどうしたら良いか。それはコミュニケーションのある空間を作ることです。と、書いてしまうと、なんだまた社員同士のコミュニケーションの話か、聞き飽きたよ、という読者もいるかもしれません。しかし、Netflixが実践しているコミュニケーションは一風変わっています。それを「コミュニケーションのハートビート」(ネットワークに接続された機器が、正常に稼働していることを確認するために定期的に送信する信号)を確立することだ、と著者は言います。具体的には「新入社員大学」というものです。
 
「新入社員大学」とは四半期ごとの一日がかりのイベントで、最重要問題や企業の動向について、じっくりと時間をかけて新入社員にプレゼンテーションを行う、そして、社員は「新入社員大学」で、膨大な量の情報を吸収することになるわけです。もちろん、大学ですから、聞いているだけでは何も得られません。自発的に質問し、答えを探り当てることが期待されるわけです。この「新入社員大学」によって、経営陣の下した決定に対して、あらゆるレベルの社員が遠慮なく説明を求めることが許されました。社員がスピーディーに情報や知識を得る機会が生まれただけでなく、社内全体に好奇心の文化が生まれたわけです。それがNetflixの働き方を変えました。一言で言えば、全てが能動的になったのです。
 
こうして、Netflixは企業の理念・現状・行先・抱える課題を全て共有する社員を育てることになります。そうしたなかで、忘れてはならないことがある、と著者は言います。それは「会社は家族ではなくチーム」だということです。もっと言えば、一流のアスリートが集まった「スポーツチーム」だというわけです。
 
Netflixは厳しい。成果をあげる社員をどんどん起用し、そうじゃない社員は、チームから外す(解雇)。しかし、それだけの厳しさをわざと自らに強いるのも、かつてスタートアップ草創期には、アットホームな空間で楽しく仕事をしていた時期があり、ふとした瞬間にそこへ戻りたくなるからだといいます。つまり、ノスタルジアを排除するために、Netflixは「会社は家族ではなくチームだ」というテーゼを至上命題とするのです。
 
本書第8章には解雇の方法まで出てきます。(しかし、それは円満な解雇の方法です)。そこまでの厳しさを自らに強いることが、群雄割拠の今のIT社会において、トップに立つための条件となるでしょう。そして、その厳しさのなかで旧習を壊し、新しさを生み出していくのでしょう。
 
著者のパティ・マッコードは言います。「慣習を捨て去るのは痛快だった。」


photo by John Haslam

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長瀬海(ながせ・かい)

1985年千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。ケーブルテレビ系の通信・放送会社勤務を経て、ライター・インタビュアー・書評家へ転身。音楽、文学が専門。現代日本文学、海外文学、エンタメ、SFなどジャンル問わず書評します。