出版ビジネスを変える革命児か、荒くれ者か ——箕輪厚介『死ぬこと以外かすり傷』

「働く」を考えるベストセラー  第10回

2018/10/10
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著者:長瀬海
 

死ぬこと以外かすり傷

箕輪 厚介 (著)
出版社:マガジンハウス
出版年月日:2018/8/28

shinukotoigaikasurikizu

日本の出版界に怪物現る。秒速で1億稼ぐ「ネオヒルズ族」の与沢翼に魅せられて、当時、双葉社という出版社の広告営業部(編集部ではない!)に在籍していたこの男は速攻で会いに行った。そして、口からでまかせを並べ、「3000万いただけたら、イケてる雑誌を作りますよ」と言ってしまう。驚くことに与沢翼も即決。意気揚々と会社に戻ると「そんな危険な金、どうするんだ!」と逆に怒られる。しかし、与沢翼の信者となっていた彼は、与沢の魅力を社長にプレゼンし、勝手にしろ、という半ば諦め気味のOKをもらう。

さて、編集未経験者の彼は、いきなり雑誌の編集長となったわけだが、右も左もわからない。「表紙は誰に撮影してもらおう。レスリー・キー(注:レディー・ガガなどを撮影する超大物写真家)しかいねえな」とかふざけたことを本気で考える。もちろん、あえなく玉砕、と思いきや、謎の快諾を得る。そんなこんなで与沢翼をフューチャーした雑誌『ネオヒルズ・ジャパン』を刊行。

が、しかし、刊行日当日、予想だにしない修羅場が彼を襲う。「与沢が専属運転手への暴行容疑で書類送検」というニュースが流れたのである。『ネオヒルズ・ジャパン』廃刊へ、雑誌も回収。誰もがそう思った。しかし、この男は諦めなかった。社長に、「これはプロモーションなんです」とハッタリをかまして、難を逃れる。そのような経緯もあり、『ネオヒルズ・ジャパン』は無事に刊行。3万部の大ヒット。今ではネットでプレミア価格が付き、取引されている。
 
このドタバタ劇の主役こそ、本書『死ぬこと以外かすり傷』の著者、箕輪厚介です。その後、縁があって、出版界の異端児・見城徹が率いる幻冬舎へ移籍。そんな彼の信念は次のようなもの。

与えられた仕事を段取り通りにこなす。そうすれば失敗しても大きな傷は負わないだろう。しかし、そんな予定調和からは何も生まれない。無理と言われたら突破する。ダメだと言われたら強行する。僕は半ば意識的に予定調和を破壊する。ありえない日程で出版まで駆け抜ける。イベントをドタキャンする。泥酔状態で偉い人との会食に行く。社会不適合者だと後ろ指をさされても、これでいいのだ。いや、こうでもしないと、周りも自分も弛緩してしまう。いつ刺されるかわからないから危機感が生まれ、どこに宝が埋もれているかわからないから血が沸くのだ。ギリギリの綱渡り。どっちに転ぶか危うい状態でなんとか落ちずに走り続けろ。(本書、36頁)

つまり、とにかく高いテンションで、不可能を無理矢理にでも可能にする、どれだけの犠牲を払ってでも、NoをYesにする、そのためには予定調和は壊さなければならない、ということなのです。

箕輪は幻冬舎に移った後、『News Picks Book』というビジネス書専門のレーベルを立ち上げます。ここでも、箕輪は予定調和を打ち壊します。通常、一冊の本ができるには最低でも6ヶ月はかかる。調査、執筆、販促といった出版のフローを普通の速度でこなしたら、それだけの時間がかかるのは当たり前です。しかし、『News Picks Book』は違う。なんと、一冊を3ヶ月で、つまり通常の半分の速度で刊行してしまうのです。それは、編集長の箕輪が「正しい」情報だけにこだわるのではなく、「何が、今、面白いか」を瞬時に判断し、それを「時代のたたき台」にする、要するに、その瞬間瞬間のムーブメントを透視し、その波に誰よりも早く乗っかろうとしているからです。

民衆は「正しい情報」よりも「楽しい情報」を求めている。これは江戸の瓦版のころからの真理だ。おもしろおかしく、刺激的な言葉を吐く講談師や噺家は、民衆から喝采を浴びる。「正しい情報」をありのままに伝えたところで、人々は幸せにはならない。そして「正義」ほど曖昧で、一方的で、暴走しやすいものはない。(本書、49頁)

私はここに、箕輪のエッセンスの全てが詰まっていると思います。この言葉をどう受け取るかは読者次第だと思いますが、既存の、衰退化、弱体化しつつある出版界に殴り込むにはこれくらいの気概が必要なのでしょう。これまで、「『正しい情報』をありのままに伝えたところで、人々は幸せにはならない」とためらいもなく言えた出版人がいたでしょうか。箕輪が、次々と出版界の秩序を壊し、新しいルールを作り上げているのは、ここに秘密があるのではないでしょうか。
 この感覚のもと、箕輪厚介は次々とヒット作を生み出します。例えば、堀江貴文の『多動力』、あるいは、佐藤航陽の『お金2.0』など。どれも、出版ビジネス「冬の時代」にあって、爆発的なベストセラーとなった本です。

箕輪はこれからの時代、物を選ぶ基準は「物語」になるといいます。特に、本などのコンテンツは機能や値段では選ばない、その裏の編集過程を見て、読者は買うか買わないかを判断するようになるというのです。だから、映画や音楽のように誰がプロデュースしたかで、つまり、編集者名で書店も本を並べるようになるかもしれない、そう箕輪は確信しているのです。
 
箕輪はとにかく速い。それは仕事が速いとか、頭の回転が速いとかではなく(それもあるのかもしれませんが)、反射神経が良いのです。箕輪は次のように、おそらく自分に向かって、言っています。「時間は有限だ。人はすぐ死ぬ。だから『今やれ』」。この速度。常に時間と戦っている箕輪は、下積み? へっ、そんなのやってられるか、と旧式の慣習を鼻で笑います。

普遍的なことというのは現場で死に物狂いで試行錯誤していれば自然と身についている。学ぶものではない。特に今のような変化の速い時代では上の世代の成功体験は役に立たないどころか、視界をにごらせる時代錯誤の不純物になる。(本書、102頁)

一見すると、挑戦的な発言に思える(いや、挑戦しているのでしょう、上の世代に)この言葉は、箕輪の多動力の核としてあります。おそらく、本書を読んで、反感を抱く年配の人もいるかもしれません。それだけの挑発的な言葉がちりばめられた本書は、出版ビジネスの新たな時代の幕開けを予見しているのです。箕輪厚介。彼が、時代の革命児となるのか、あるいは、ただの荒くれ者となるのか、実に見ものです。もし、彼が今後も新たな施策で出版界を変えていったらその時は——とても希望に満ちた未来が待っているでしょう。


photo by Ginny

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長瀬海(ながせ・かい)

1985年千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。ケーブルテレビ系の通信・放送会社勤務を経て、ライター・インタビュアー・書評家へ転身。音楽、文学が専門。現代日本文学、海外文学、エンタメ、SFなどジャンル問わず書評します。