非正規雇用の待遇改善だけでは「同一労働同一賃金」は実現できない | マネたま

非正規雇用の待遇改善だけでは「同一労働同一賃金」は実現できない

本当の「働き方改革」の話をしよう その6

2018/03/20
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著者:日野瑛太郎
 

「働き方改革」の一環として、「同一労働同一賃金」という言葉が注目を集めています。この言葉は「同じ仕事をしていれば、性別の差、人種の差、あるいは雇用形態の差などに関係なく、同じ待遇で報いなければいけない」という原則を意味するもので、「働き方改革」の目玉制度のひとつとして挙げられています。安倍首相は、2018年の施政方針演説でこの制度に言及し「非正規という言葉をこの国から一掃する」と宣言しました。現在、厚生労働省などを中心に2021年をターゲットに法制化の動きが進んでいます。

「同じ仕事をしているのにもらえるお金が違う」というのは、普通に考えれば不当です。そういう意味では、同一労働同一賃金はぜひとも実現しなければなりません。現に、諸外国には同一賃金同一労働の原則を実現するための制度や法律が数多くあります。日本もこれに倣って、不当な格差を解消するべきだと主張することは簡単です。

しかし、実際にはそれほど簡単な話ではありません。話を難しくしているのが、日本独自の雇用システムです。詳しくは後述しますが、日本の雇用システムはメンバーシップ型雇用と呼ばれる形態での雇用が中心になっており、一方、同一労働同一賃金を実現する制度や法律が充実している国の雇用形態の中心を占めるのはジョブ型です。この雇用システムの違いを理解せず同一労働同一賃金というスローガンを掲げても、本当の意味での同一労働同一賃金が実現されることはありません。

現在、日本で同一労働同一賃金という名の下に行われている議論の大半は「非正規雇用の待遇改善」を目指すというものに過ぎず、日本の雇用システムにまで踏み込んだ議論は少数です。しかし、本当の意味での同一労働同一賃金を目指すのであれば、日本の雇用システムについての議論を避けることはできません。そこで今回は、この同一労働同一賃金というテーマを、日本の雇用システムという側面から考察してみたいと思います。

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用

まず日本の雇用システムを議論する上では必ずおさえておかなければならないメンバーシップ型雇用とジョブ型雇用について確認しておきましょう。

メンバーシップ型雇用とは、入社と同時に組織の一員(メンバー)として迎え入れられ、そのメンバーに対して仕事が割り振られるという形式の雇用形態です。基本的に、メンバーは組織によって割り振られる仕事は何でもやらなければならず、時には転勤などの命令にも従います。その代わり、原則として定年まで数十年間の雇用は保証され、賃金も年功によって自然に上昇していくことになります。日本で「正社員」と呼ばれる人たちは主にこの雇用形態だと言えます。

これに対して、ジョブ型雇用とは、特定の仕事(ジョブ)をこなしてくれる人物を組織が募集し、それで仕事が割り振られるという形式の雇用形態です。ジョブ型で雇用された人は、基本的に契約の際に合意した内容以外の仕事は行いません。年功によって賃金が上昇することもありませんが、会社の一方的な都合によって転勤を言い渡されることはありません。日本で「非正規」と呼ばれる人たちの雇用形態の中には結果的にこれに近くなっているものもあります。

いくら終身雇用が崩れつつあると言っても、未だに新卒一括採用が行われ、社員のジョブローテーションなども活発なことから、日本の雇用システムはメンバーシップ型が中心だと言えるでしょう。一方で、欧米などではそもそも雇用される人の大半がジョブ型です。メンバーシップ型で雇用される社員は少数ですから、欧米はジョブ型中心の社会と言ってよいでしょう。

メンバーシップ型雇用ではそもそも「仕事の範囲」自体が明確ではない

同一労働同一賃金は、「同じ仕事をしているなら、同じ待遇で報いなければいけない」という原則です。ここで、重要な問題がひとつ頭に浮かびます。この「同じ仕事」とは何を指すのでしょうか?

メンバーシップ型雇用では、そもそも「仕事の範囲」自体が明確ではありません。会社に言われた仕事であれば、原則としてなんでもやらなければならないのです。普段は経理の仕事をしている人が、会社が行うセミナーの準備に動員されるなんてことは日本の会社ではよくあることですし、「これは私の仕事ではないのでやれません」という言葉は社会人なら禁句だとされています。

では、この状態で果たして「同じ仕事をしている人」を明確にすることは可能なのでしょうか。短い期間であればそのような判断も可能かもしれませんが、人事異動などが定常的に行われることも少なくない日本のメンバーシップ型社員に対して「同一労働」を定義するのはかなり困難であると言わざるをえません。同一労働が定義できない以上、「同一賃金」も適用できないことになります。

同一労働同一賃金はジョブ型社会でこそ実現できるもの

一方で、ジョブ型で雇用された人に対しての待遇格差を是正するのは難しくはありません。ジョブ型は雇用した時点で仕事の範囲を明確に合意することになるので、ある人とある人の仕事の内容が同じなのに待遇が違うという状態は一目瞭然です。そこに性別、人種、雇用形態などによる不当な格差が見られるのであれば、是正せよというのはシンプルな話です。

実は、海外における同一労働同一賃金はジョブ型同士の待遇格差をなくすという議論が中心になっています。それに対して、日本の現状の同一労働同一賃金の議論は、主に正社員と非正規社員の待遇格差をなくすことがメインテーマになっており、それゆえ非正規雇用の待遇改善論に終わってしまっているきらいがあります。

メンバーシップ型で働くことはあたりまえではない

本当の意味での同一労働同一賃金を目指すのであれば、今後も日本がメンバーシップ型雇用中心の社会で行くのかどうかという点にまで踏み込んで議論をしなければなりません。

日本では、多くの人が深く考えずにメンバーシップ型社員こそが正しい社員のあり方だと思い込んでいるのではないでしょうか。メンバーシップ型雇用の中核を占める社員を「正社員」(つまり、正しい社員)と呼んでいるのも、その象徴のひとつのように僕には感じられます。

しかし、本当にメンバーシップ型雇用だけが「正しい」雇用形態なのかと問われると、かなりの疑問が生じます。会社から与えられた仕事であればどんなものでも断らずに行わなければならず、命令ひとつで全国各地に転勤になるような地位が、果たして「正しい」と言えるのでしょうか。会社のメンバーになるということは、ある意味では会社中心の生活を送ることと同義であり、このような雇用形態が雇用システムの根幹であるという現状にも、疑うべき点は多いように思われます。

安倍首相は「非正規という言葉をこの国から一掃する」と宣言しましたが、このようなキャッチーな言葉で思考停止してしまっては、新しい働き方は実現できません。同一賃金同一労働の議論をする前提として、そもそも今のような会社のメンバーとして正社員で働く人が労働者の多数を占めるという社会のあり方が適切か、ぜひ踏み込んで考えてみていただきたいと思います。

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日野 瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)などがある。
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