そもそも「働き方改革」とは? 働く個人が幸せになれない「働き方改革」に意味はない

本当の「働き方改革」の話をしよう その4

2018/01/16
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著者:日野瑛太郎
 

この連載では、これまで「働き方改革」にまつわる諸問題をいくつか取り上げてきましたが、今回はもう少し根本的な問いを立ててみたいと思います。それは、そもそも「働き方改革」とはいったい何を指す取り組みなのだろうか?という問いです。「働き方改革」という言葉はよく耳にするようになりましたが、具体的に「働き方改革って何?」と問われると、答えに戸惑ってしまう人が少なくないのではないでしょうか。

もっともらしく聞こえるが実際は定義や意味が曖昧でとらえどころのない言葉のことをバズワードと言いますが、この「働き方改革」という言葉もバズワード化してきているように感じられます。バズワード化した概念は、一時は必要以上にもてはやされ盛んに論じられますが、旬が過ぎるとあっという間に過去のものとなり忘れ去られる危険性があります。数年後に「ああ、働き方改革ってなんか流行ってたね」と過去形で語られることは十分にありうることです。そのような悲しい未来にしないためにも、「働き方改革」の意味するところを明らかにするのは重要です。

そこで今回は「働き方改革」の意味するところを可能な限り探ってみたいと思います。もっとも、法律用語のように「働き方改革」に厳密な定義を与えることを目的にしているわけではありません。あくまで「働き方改革」の文脈で議論されている内容や「働き方改革」の目指すものをある程度明確にするのが目的です。もちろん、僕の考える「働き方改革」に異論がある人もいると思いますし、それはそれでいいと思います。一番大切なのは「働き方改革」とは何か?と自分なりにしっかり考えてみることで、そのためのひとつのヒントとして読んでいただけたら嬉しいです。

政府が言う「働き方改革」とは?

まずは本家本元と言ってもいいはずの、日本政府の「働き方改革」についての見解を見てみましょう。首相官邸のホームページを見てみると、「働き方改革の実現」という特集ページが存在するのがわかります。このページを読めば、日本政府の考える「働き方改革」が何なのかわかりそうです。

しかし、実際に読み始めてみると文字の量も多く、項目も多岐に渡っているので、残念ながら一目瞭然とは言えません。掲載されているのは会議の写真ばかりで、すぐにわかるのは「会議ばかりやっている」ということぐらいです。それでも特集ページ内の図を頑張って読んでいくと、政府が「働き方改革」の必要性を感じた問題意識のようなものは見えてきます。

経済低迷の打開策としての「働き方改革」

そもそも、なぜ日本政府は「働き方改革」を行わなければならないと考えたのでしょうか。上述の特集ページを読んでいると、日本経済の現状に対する言及がなされていることに気が付きます。そこでは「4年間のアベノミクスは、大きな成果を生み出した」としつつも(この主張の是非については議論があるでしょう)、「個人消費や設備投資といった民需は…足踏みがみられる」として、まだ日本経済の再生が不十分であることが述べられています。その上で「経済成長の隘路の根本は、人口問題という構造的な問題に加え、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、核心的技術への投資不足」にあるとして、イノベーションの促進や付加価値生産性向上の必要性が叫ばれています。

色々と小難しい文章を引用したりもしましたが、ざっくり言えば、「これまでの日本人の働き方では労働生産性は上がらないし、イノベーションも起こせない。ましてやこれから日本の労働人口はどんどん減少していく。この状況を脱して日本経済を再生するには、働き方を抜本的に変えていかなければならない」ということです。そのための具体策として、長時間労働の是正(労働生産性の向上)や、非正規労働者の処遇改善(同一労働同一賃金)、日本の単線型キャリアパスを変えていくこと、などが挙げられています。

つまり、日本政府の考える「働き方改革」というのは、経済低迷の打開策という位置づけなのです。

トップダウンからだけの「働き方改革」は間違っている

日本政府の主張はある程度理解できます。従来の「日本的経営」ではもう昔のようにはうまくいかないことはかつての大企業が凋落し、あるいは成長に苦しんでいることからもわかりますし、これから来るであろう人口減少社会に備えなければならないのも当然です。そのために、イノベーションによる非連続的な成長を期待せざるをえない状況もよくわかります。

しかし、「働き方改革」をそういった経済再生の手段としてだけ捉えてしまうことに、僕はだいぶ違和感があります。それよりも、もっと労働者の個人的なモチベーションから出発して、個人が今よりもずっと楽しく自由に生きるために働き方を「改革」していくと考えたほうが、考え方としては健全なのではないでしょうか。僕が重視したいと考えているのは、いわばボトムアップの発想による「働き方改革」です。

日本政府の特集ページを読むとよくわかりますが、政府主導の働き方改革の発想は基本的にはトップダウンです。もちろん、政府の担う役割を考えればトップダウンであるのは当然ですし、トップダウンなやり方がふさわしい領域もあるのでこれはこれで必要なのですが、時にはそのやり方がよくない結果を産むこともあります。

たとえば「プレミアムフライデー」という取り組みはあまり評判がよくありません。これは、毎月最後の金曜日を「早く仕事を切り上げる日」と決めて午後三時に退社を促すものですが、必ずしも誰もが月末金曜日に早く帰りたいと思っているわけではないという事実を完全に無視しています。個人が自由意志で「月末金曜日ぐらいは早く帰ってもいいだろう」と決めて街に出て遊ぶというのであれば「働き方改革」という感じがしますが、政府が一方的に(つまり、トップダウンで)月末金曜日は早く帰って街で消費してください!と言うのは「余計なお世話だ」という気がします。

個人がもっと自由になるための「働き方改革」を

思うに、かつての日本人の働き方は会社が主で個人が従という形のものでした。会社の命令があれば毎日残業し、時には休日に出勤もし、転勤の命令が下れば文句も言わずにそれに従う――このような働き方がかつての日本では「あたりまえ」でした。この「あたりまえ」を破壊し、個人が主で会社が従、つまり、個人の幸せのために会社を利用する、というあるべき姿に変えていくのが僕の考えている「働き方改革」です。そのためには当然、長時間労働は是正すべきですし、キャリアパスも単線型ではいけません。具体的な施策部分では政府の掲げる働き方改革と被るものの、発想の原点には違いがあります。

誰でも「こんなふうに働けたら最高だなぁ」と思う働き方があるはずです。「働き方改革」とはシンプルにそれを目指すものだと捉えたほうが、単純にやっていて楽しいのではないでしょうか。基本的に、楽しくないことは続きませんし、成功もしません。どうせなら、楽しく「働き方改革」を続けて、最後はしっかり成功させたいものです。そのためにどんな「働き方改革」をすればいいのか、ぜひみなさんも考えてみてください。

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日野 瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)などがある。
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