【後編】「共感と共有のマネジメント術」・渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET)

失敗ヒーロー!

2017/11/30
Pocket

ママ友に学ぶ、共感から始めるコミュニケーション術

――「続けてさえいれば、どんな失敗も、失敗にならない」。「挫折を乗り越える」とも言い換えられると思いますが、これまで経験してきた失敗、挫折について聞かせてください。

watanabe-toshimi2_0005_002
 

福島県川内村出身。幼少の頃より剣道に勤しみ、高校時代は福島県代表として国体に出場。大学進学に伴い東京に上京。原宿のラフォーレでアパレル関係の店舗を経営。後に自身のファッションブランド「DOARAT」を設立。90 年代初頭「TOKYO No.1 SOUL SET」のボーカル&ギタリストとして活動。その後、福島県人バンド「猪苗代湖ズ」でも活動し、2011 年にNHK 紅白歌合戦に出場。2014 年にエッセイ本「461 個の弁当は、親父と息子の男の約束。」を発表。2016 年、大根仁監督、福山雅治主演映画「SCOOP!」の主題歌を担当。震災復興への想いを込めたANA「東北FLOWER JET オリジナルソング」の作詞・作曲を手掛け、2017年11月開催のコヤブソニックにTOKYO No.1 SOUL SETとして出演。12月29日には年末恒例TOKYO No.1 SOUL SET presents「IN THE ROOM」を開催。

渡辺俊美(以下、渡辺): いっぱいありますよ。僕なんて、失敗だらけですから(笑)。ただ、大きな分岐点でいえば、経営していた会社を手放したことです。経営する、部下を持つって、怒ることが仕事なんですよね。ソウルセットを始める前からアパレルショップのオーナーをやって、会社もいくつか経営してきましたが、怒ることが嫌になってしまった。「もう子分はいらない、会社もいらない!」って、すべて人に譲りました。

――とは言え、ミュージシャンという仕事も、人との関わりが欠かせないはずです。自分の意図を形にするため、スタッフを怒ることは?
 
渡辺: 僕は怒りません。怒るアーティストはいっぱいいますけど、僕は怒ったところで、何も生まないと思っているから。わざわざライバルをつくって、切磋琢磨をして伸びていこうというスタンスは、もう古いと思っています。

世の中のママさんを見てください。ママ友たちの会話は「そうよねぇ、そうよねぇ」と、肯定することから始まります。意見の言い合いを始めたら、すぐに分裂してしまうから。意見は言わず、とことん肯定し合ったあとに「でもね、ちょっと話があって」と切り出す。彼女たちは、本当に上手ですよ。

ミュージシャンの自分を忘れ、ただ息子の父親として

――確かに! ことを荒立てず、平和に意見を伝える術ですね。

watanabe-toshimi2_0004_003
 
渡辺: 逆に国会中継なんて見ていると、もう、うんざり(笑)。わざわざ否定のネタを見つけてきて、与党と野党がやり合うんだから。それより僕は、ママさんたちを見習って、互いに共感することから始めたい。一方的な議論では、それこそ、怒りをぶつけるのと変わりませんから。

――ママの力を見抜く点も、父親としての顔を持つ、渡辺さんこそですね。パパとしての渡辺さんといえば、息子さんの高校3年間、毎日、お弁当を作り続け、それをアップロードしたツイッターが話題になりました。
のちに書籍化もされていますが、そもそもツイッターで公表した理由は? ミュージシャンというと、プライベートは極力、見せないイメージがあります。

 
渡辺: そこにミュージシャンとしての自分は、いなかったと思いますね。ツイッターで公表したのも、ただただ、息子のため。弁当を作って、写真に撮って、ツイッターにのせる。この一連をゲーム感覚で楽しむことが、続ける糧になると思ったし、息子も僕のツイッターを見ているので、少しでも「食べたい!」と、彼の活力になりたかった。だからファンの一人や二人が減ったところで、どうでもいい。

家族を受け入れられれば、人付き合いなんて屁でもない

――しかし父親とミュージシャンの両立は、大変だったはずです。どう、スケジュールを管理していたのでしょう?

watanabe-toshimi2_0003_004
 
渡辺: やりくりを考える暇もなく、がむしゃらでしたね。ただ、当時を振り返ると、音楽活動に変化はありました。変化というか、THE ZOOT16の活動に関しては、封印していた気がします。理由は忙しさではなく、原発事故です。息子の高校入学が、2011年4月。東日本大震災、原発事故の直後です。子どもを育てる親として、怒りを超越しちゃったのかな。オラオラ系のバンドサウンドは、できなかった。

同時に弁当を作ることで、自分を落ち着かせていた気もします。がむしゃらでいることで、かえって心のバランスが保てたし、福島の食材を自分で調達して、自分で調理することで、何が本当に安全なのか、知ることができました。あのとき、全国のお母さんたちは、本当に不安だったと思う。僕も父親として不安だったし、福島の人間として、すごく怒りがあった。だからこそ、どんなに忙しくても息子の弁当は自分で作ったし、ギターを持って、被災地に出向きました。これはもう、父親とミュージシャンの両立どうこうの話じゃない。

――仕事と家庭をどう、調和させるのか。ワークライフバランスという言葉が話題になる昨今ですが、渡辺さんのお話の前では、かすんでしまいます。

watanabe-toshimi2_0002_005

渡辺: だって、家族が一番だもの。ただ、もっとも大切であると同時に、もっとも難しいのが家族です。なぜなら家族って、自分で選ぶことができないから。「自分から選んで、この家族のもとに生まれてきました」なんて赤ちゃんは、絶対に存在しないでしょう?

「共感することが、互いに意見を交わすことの第一歩」という話をしたけれど、学校も会社も、すべて自分で選ぶことができます。そう考えると、自分の意思ではどうにもならない、運命として巡り会った家族を受け入れることができれば、実は他人との付き合いなんて、屁でもない。

経営者をやめたから知った「自分のせい」という気づき

――確かに家族は唯一、自分では選べない存在ですね。
 
渡辺: それでも人生で初めて出会うのが、家族だから。だから大切にしなきゃいけない。一方で他人に関しては、関係がうまくいかずとも、入った会社で苦悩しようとも、選んだのは自分です。すべて自分のせい。ただ、僕は「これまでの苦悩は、すべて自分の選択が原因だったんだ」と気づいた瞬間、すごく気持ちが楽になりました。その瞬間というのが、さっきお話しした、会社を手放したときです。

――怒ることに嫌気がさし、すべての会社を手放したとき?
 
渡辺: そうです。それまでは、何かうまくいかないことがあると、従業員のせいにしたり、世間のせいにしたり、天気のせいにしたり。だけど会社を手放して、組織のトップであることをやめた途端、そこで働く従業員も何もかも、自分で選んでいたことに気づきました。かつての従業員に対して「ごめんな、俺が悪かった!」という気分ですよね(苦笑)。

だから僕は、自分の現状に悩んでいる人に向け、「自分が選んだ道だろ」と言いたい。「自分で選んだ道なのだから、我慢しろ」という意味ではありません。その道を歩み続けるのも自分の選択。道を反れるのも自分の選択。やめるという選択がポジティブに転ぶことだって、あるんだから。

――渡辺さんご自身が経営者という立場をやめたときは、どんなポジティブなことが?
 
渡辺: まさに「すべては自分のせい」という、気づきを得られたことですよね。同時に、あらためて自分の身の丈が認識できました。現在の身の丈が分かっていれば、今後、より確かな選択ができます。失敗を、次に生かすことができる。

穏やかに生きるため、夢見るのは鍋焼きうどん屋さん

――別の道を考えながらも、現状から抜け出せない人にとって、とても励みになる言葉ですね。では、渡辺さんご自身の次なる選択、今後への挑戦は? 最近では、ご自身の姿とも重なる映画『パパのお弁当は世界一』で俳優に挑戦し、話題を呼びました。

watanabe-toshimi2_0001_006

渡辺: 俳優は、やっぱり向いていないと(笑)。でも、僕にオファーをくれた映画の主題歌を担当している片平里菜ちゃんが喜んでくれたので、引き受けてよかったと思っています。それに挑戦したおかげで、新しい自分を見ることができた。やっぱりアーティストって、新しい自分を見つけることが、仕事だと思っているので。

――すると、やはり渡辺さんの今後が気になります。どんな渡辺さんが見られるのか。
 
渡辺: 音楽はずっと続けるとして、絶対に叶えたいのが、鍋焼きうどんのお店をやることです。愛媛の松山に「アサヒ」という鍋焼きうどんのお店があって、味も雰囲気も、本当に素朴。

僕もそういう小さなお店を営みながら、穏やかに生きて、穏やかに死んでいきたいなと思って(笑)。飲食って、経営者もお客さんも、どちらも「ありがとう」という言葉が交わせる仕事だと思うんですよ。熱々のうどんを頬張って、なんだかホッとして、「ありがとう」と言葉を交わす。今後、超高齢化社会は間違いないから、おじいちゃん、おばあちゃんに働いてもらってね。そこに子どもが遊びに来たりして。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!