炎上させないのは意外と簡単!? 虚構新聞に学ぶ、炎上とフェイクニュースが蔓延る時代に必要なネットリテラシー

変わり種マネジメント その7

2018/05/15
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SNSによって始まった「ネットに感情を浪費される時代」

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――もともとネットには「2ちゃんねる」を開設した西村博之さんの「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という考えがありましたが、近年「フェイクニュース」が力を持って来ている状況を見るに、大きく時代が変わってきた印象があります。そうしたネットの変化についてどのように感じられていますか?

トランプ大統領の当選の裏にはフェイクニュースによる世論の変化があったのではないかという疑いから「フェイクニュース」という言葉が広く知られるようになりましたね。その後、トランプ大統領自身も自分に都合の悪いメディアはすべて「フェイクニュース」と位置付けるようになったわけですが、日本にその言葉が伝わってきた当時は言葉の定義が曖昧で「虚構新聞」もフェイクニュースだと思われたりして、正直神経質になりました。

その後いろんな事例が入ってきて、フェイクニュースがうちとは違うものだと理解されるようになってきたわけですが、それでも安易に「フェイクニュース」や「嘘松」と言われる現状は厳しいなと感じますね。日常会話の中で話を盛る場面とかも多少あると思うので、もう少し寛容になってもいいのではないかと思います。

――2015年頃からネット疲れを感じているとインタビューで話されていましたが、その後いかがですか?

もうネット離れしていますね。ネットの時間は随分減ったし、SNSもあんまりしていません。これまで何か書くときはネットでどういうネタが流行っているのかを探してそれを取り入れたりしていたんですけど、いまはネットの情報にあまり価値がないと感じています。新しいものを発信するのであれば、ネタはネットから持ってくるのではなく、書籍などネットで流通していないものから得たほうが刺激になると思います。

――「ネットは二次情報だらけ」ということでしょうか?

そうですね。二次、三次どころか、それ何次情報だ? っていうのが普通に流れてますよね。それと同時に、SNS以降は「ネットに感情を浪費させられる時代」だと感じていて。

――というと?

スマホがなかった頃は、PCで自分の好きなサイトをブックマークに入れて一つひとつ巡回していたので自分の興味で固まっていたのですが、いまはRTで知らなくてもいいものまで流れてきて「情報を押し付けられている」感じがしていて、それがしんどいんです。

しかもそこで流れてくるのって、誰が炎上したとかパクツイしたとか、コンビニの冷凍庫に誰かが入ったとか、そういうネガティブで些末な情報が多いじゃないですか。もちろんそうした情報を見ると、普通の人間は「けしからん」と思いますよね。でもそれって当事者はともかく、本当に自分が怒らないといけないことなのかな? と。昔だったらそんなこと知る必要はなかったし怒る必要もなかったわけですよね。

だから、あるときから「これはTwitterを見て自分が腹を立てているのではなく、ネットに怒らされているのでは?」と思うようになりました。まさに「感情の浪費」なんです。そう考えてからネットにあまり触れないようになりました。個人のTwitterアカウントでも好きな漫画系のアカウントや、情報ソースに信頼の置ける主要メディアしかフォローしていません。

――ネット離れをしたことによる発見はありましたか?

「時間が空く」という感覚はありますね。変に時間を持てあまして「この空いた時間はいままでスマホいじっていた時間だったんだろうな」と思うこともありました。他には記事の書き方も変わりましたね。ネットで流行っているネタに乗っかることが減ったので、何年か後に読んでも通用する記事が増えた気がします。

たとえば“公文書記録、粘土板への移行を検討 政府”という記事。現実のニュースや議論では、どこに責任があったのか、原因は何だったのかを追及すべきなわけですが、「虚構新聞」ではあえてそうした与党批判にフォーカスするのではなく「公文書を改ざんした」という事件の普遍性に焦点を当てました。これによって何年か後に同じような事件が起こったときにもう一回読み返してもらえるような記事になりました。風刺は風刺でも、そういうマクロで見るような作り方に変わってきた気がしますね。

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