劔 樹人 自分らしさを認めて見えた「いま、大事にすべきこと」【前編】

失敗ヒーロー

2020/04/08
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大衆ウケしないことが、“自分らしさ”だった

――確かに、衝撃的な事件でしたね(笑)。しかし有名になったところでご自身に変化はないというと、劔さんは今も「何者かになりたい」という想いを抱えたままなのでしょうか?

劔:いや、それは正直なところ、あまりないんです。振り返ってみると、神聖かまってちゃんに携わったことは大きかったと思います。彼らの音楽がこの時代の多くの人たちに必要だと思ったし、彼らを世に出そうと必死でした。実際、神聖かまってちゃんは有名になりました。でも、僕の関わっているうちは、日本全国、老若男女に支持されるようなバンドまでにはできなかった。悔しさもあります。

でも、その一方で、はっきりと認識できたんです。「僕はこれが好きなんだ」ということを。まぁ、僕はもともと、すごくサブカルな人間。サブカル人間の僕がメジャーの現場で勝負してみて、皮肉でも何でもなく、自分の嗜好はお茶の間に向けたものではないことをはっきり認識できたし、けっしてメジャーでなくても、その音楽を必要とする人たちの尊さを改めて感じることもできた。それは自分らしさでもあると思ったし、結果、「何者かになること」を求めなくなった気がするんです。

ハロプロが自分の卑屈さをなくしてくれた

――「自分らしさ」を知ったことで、「何者かになりたい」という想いが消えていった。過去の劔さんのように悶々とした日々を送る人たちのヒントになり得る言葉ですね。

劔:本当に徐々にだったと思うんです。これ、なんだか映画のプロモーションみたいですけど、今の自分があるのって、やっぱりハロプロの存在が大きい。自分に自信のない昔の僕は、いつも他人と自分を比べてばかりいたんです。「あの人には才能があるのに僕にはない。いや、そんなことはない。僕にだって何かしらの才能があって、いつか花開くんじゃないか」と、悶々としていたんですね。でも、ハロプロファンになって出会った仲間たちには、本当に何の垣根もなかったんです。

仕事もお金もなく、時間を持て余しているような人も、お金に余裕がある人も、何ならテレビで見るような有名人も、みんなが平等。これは今も昔も変わらないと思います。すぐに人と比べては卑屈になっていた僕も、ハロプロを応援している時だけは素直になれたんです。おもしろい仲間たちのことを素直に尊敬できたし、一緒になってバカ騒ぎができた。平等なハロヲタの世界も、僕の卑屈さを忘れさせてくれた場所です。

――卑屈さを忘れるという下地があったからこそ、後に気づく「自分らしさ」を受け入れられたということですね。

劔:本当に映画のプロモーションみたいで、小っ恥ずかしいですね(笑)。でも、そうなんだろうと思います。だから今は、楽になった気がするんです。相変わらずバンドは続けていますが、いい意味で欲がなくなったんですよ。昔は正直、「バンドをやるなら、それだけでやっていきたい」と思っていました。「趣味のバンド活動に何の意味があるんだくらいに思わないといけない」と、息巻いていた時期もありました。それが今では、どんなに小さなライブハウスでも、お客さんが来てくれることに幸せを感じるし、何なら曲を作って演奏することだけで楽しいから、観客がゼロでも構わない。ゼロになったらゼロになったで、誰かに好きになってもらえるように頑張るだけです。

残念なことに、自信のなさは今も変わらず(笑)。それでも他人と自分を比べて、すぐに自分を卑下するクセが多少なりとも解消されたことで、自分にとって何が大切なのか、見えてきたような気がします。バンドもマネージャーも、コミックエッセイを描くことも、これまでにいろいろなことをやってきて、「全て続けたい」と思っていた時期もありました。でも今は、その時、本当に大事なことを大事にできれば、それでいいというか。家族がいて、音楽を続けられている今が、僕には幸せなんです。

後編では・・・

「家族がいて、音楽を続けられている今が幸せ」――。劔さんはエッセイストの犬山紙子さんと結婚され、現在は一児のパパ。コミックエッセイの執筆やバンド活動をしながら家庭を守る、主夫という一面を持ちます。そこで後編では、主夫としての劔さんにフォーカス。主夫やイクメンの存在が浸透しつつも、未だ偏見の残る昨今。偏見に対する葛藤の拭い方から夫婦円満の秘訣、さらには家庭と仕事と音楽を両立させる極意にまで迫ります!

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