劔 樹人 自分らしさを認めて見えた「いま、大事にすべきこと」【前編】

失敗ヒーロー

2020/04/08
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回は「神聖かまってちゃん」のマネージャーとして脚光を浴び、現在は漫画家として活躍する劔樹人さんが登場。劔さんはベーシストとしても活動し、プライベートでは一児のパパ。さらには自身の大阪時代を描いた『あの頃。 男子かしまし物語』の映画化が発表され、まさに多彩な活躍ぶりを見せていますが、かつては「何者かになりたい」という想いを抱えながら悶々と過ごしていたそう。劔さんはいかに悶々とした日々を乗り越え、今に至ったのか。その歩みをヒモ解くと、『あの頃。男子かしまし物語』にも描かれた“ハロヲタの平等”と、平等を知ったからこそ浮き彫りになった“自分らしさ”が明らかに!

「何者かになりたい」でも、「何者にもなれない」

――「何者かになりたい」という想いを抱えながら、日々を過ごしていたという20代。まずは、当時の心境からお聞かせください。

劔 樹人(つるぎ・みきと)
1979年、新潟県出身。大阪で過ごした大学時代にベーシストとして音楽活動を開始。上京後の2008年より叙情派轟音ダブバンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」に参加、今も活動を続ける。2009年に「神聖かまってちゃん」のマネージャーとなり、バンドを題材とした映画で俳優デビュー。2011年より漫画家としても活動し、2014年にエッセイストの犬山紙子さんと結婚。著書に主夫としての毎日を描いた『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』があるほか、自身の大阪時代を描いた『あの頃。 男子かしまし物語』は映画化が決定。2021年の公開を控える。

劔 樹人(以下、劔):バイトしながらバンドをしていた時期は、すごく悶々としていましたね。大学時代に音楽を始めたことで、初めて「何者かになりたい」という気持ちが芽生えたんです。サークル仲間とバンドを組んで、ステージに立つ快感を知ったことで、禁断のカタルシスを知ってしまったというか。音楽をずっと続けていきたいと思ったし、純粋に売れたいとも思いました。それでも「バンドマンとして絶対に売れてやる!」というほどの気概は持てない。とにかく自分には、自信がないんですよ。自信もないし、パートもベースですし、「華のあるフロントマンと一緒にやらないと、自分ではやっていけないだろう」ということを考えてしまって。

ただ僕は、才能ある人と相性がいいみたいなんです。割と器用なタイプだし、アイデアを練るのも好き。才能ある人から頼られる立場として、ちょうどいいというか。初めて組んだバンドから、妙に惹き付け合うところはありました。ただし、才能と狂気は紙一重。カリスマこその激しさですよね。才能ある人とバンドを組んだ結果、その激しさに毒されて、心を病んでしまって。もう、本当に悲惨でしたよ。楽器を鳴らすことも、ステージに立つことも楽しいのに、バンド活動が怖いという。

――そうした悲惨な時期に出会われたのが、ハロー!プロジェクトだったのですね。劔さんのご著書『あの頃。 男子かしまし物語』にも描かれている。

劔:そうですね。バンドを続けようにも怖さが拭えず、自宅に引きこもっていた時期にハロプロを知ったんです。『あの頃。男子かしまし物語』にも描いた通り、完全に塞ぎ込んでいた僕をどうにか励まそうと、友人がポストに入れてくれたCD-Rがきっかけでした。ハロプロのミュージックビデオが何曲も入っていて、なかでも松浦亜弥さんは衝撃的でしたね。「こんなにも輝いている人間がいるのか!」って。僕とは正反対だと思いました(笑)。

根底にある「いつか忘れられる」という気持ち

――劔さんご自身は「僕には自信がない」とおっしゃいますが、『あの頃。男子かしまし物語』の映画化が発表されました。これは一つの成功ではないでしょうか?

劔:いや、自分としては、全くそんな意識がないんですよ。松坂桃李さんが僕のことを演じるなんて、とんでもないことだと思うし、たくさんのお祝いの言葉をもらっています。でも、「成功したぞ!」という実感はなくて。この感じは、コミックエッセイを描き始めたころから変わらないんです。「EYESCREAM」というカルチャー雑誌から「私たちのウェブサイトでブログを連載してみませんか?」という依頼をいただいたものの、有名なクリエイターたちのなかで普通にブログを書いたところで、自分に特別なことができる気がしない。でも、断るのも悔しい。そこで子どものころに少しだけ経験のあった、漫画を描こうと思ったんです。

これが意外なことに、連載を始めてすぐに反響があったんです。『モテキ』の大根仁監督や氣志團の綾小路翔さん、アンダーカバーの高橋盾さんといった面々が、ご自身のSNSで「これはおもしろい!」と絶賛してくださって。正直、「これは売れちゃうな」と思いましたね(笑)。でも、何万人ものフォロワーを抱えた面々が絶賛してくれたのにもかかわらず、そこからほとんど拡散されず(笑)。そういう経験があるからでしょうか。自分がヒットを打ったという感覚を信じきれない。僕自身の根底に「すぐに忘れられるだろう」という気持ちがあるというか。

――不思議です。『あの頃。男子かしまし物語』の映画化に限らず、劔さんは「神聖かまってちゃん」のマネージャーとして注目され、ご自身が所属するバンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」は大規模フェスにも出演されています。多彩な分野で活躍され、成功している印象です。

劔:そうなんですよね。バンドでフェスの舞台に立つなんて、それこそ、自分が思い描いていた成功だったと思うんですよ。フジロックにもサマーソニックにも、ライジングや朝霧JAMにも出演させてもらって。神聖かまってちゃんにしても2010年代を代表するバンドになったと思うし、マネージャーの僕の名前まで知られて。でも、いざ名前を知られたところで、僕自身には何の変化もないんです。むしろ、娘との新幹線事件のほうが、有名になった実感がありましたよ。娘を新幹線のデッキであやしていたところ、誘拐犯と間違えられて通報されるという。あのニュースは、Yahoo!のトップを飾りましたから(笑)。

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