【後編】成功するためには「失敗する覚悟」を持て・土屋敏男(テレビプロデューサー) | マネたま

【後編】成功するためには「失敗する覚悟」を持て・土屋敏男(テレビプロデューサー)

失敗ヒーロー!

2018/02/28
Pocket

華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回ご登場いただくのは、『進め!電波少年』のTプロデューサーとして90年代のテレビ業界を牽引された土屋敏男さん。テレビ業界のレジェンドとして、多くのヒット番組を作り出してきた土屋さんが大事にされてきた哲学とはいったい——。前編に続き、後編では大ヒット番組『電波少年』について、そして「今ないもの」を作り上げるにはどうすればいいのかを伺いました。

予定調和じゃないものこそ面白い!

――90年代、毎週予期せぬ展開や斬新な企画が魅力だった『電波少年』ですが、構想はいつくらいから土屋さんの頭にあったのですか?

tsuchiya_2-2

土屋敏男(つちや・としお)
1956年生まれ。一橋大学を卒業後、日本テレビに入社。ワイドショーのディレクターを経て、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で初のバラエティ番組を担当。この時、テリー伊藤と出会い、バラエティ番組制作のノウハウを学ぶ。また、ほどなくして、萩本欽一に出会い、エンターテイメントの本質を知る。その後、1992年に『電波少年シリーズ』を手がけ、大ヒットを飛ばす。ダースベーダーのテーマ曲とともに登場するTプロデューサーはお茶の間の人気キャラクターとなった。2005年には、第2日本テレビ事業本部で活躍。また、2012年にはテレビ番組制作ではない新規事業として「人生の映像化」を提案する『LIFE VIDEO』の事業に着手。現在、1964年の東京をVRで再現する一般社団法人『1964 TOKYO VR』の代表理事を務める。

土屋敏男(以下、土屋):『電波少年』は1992年の7月から始まるんだけど、その年の5月の末くらいに編成に呼ばれて、明日までになんでもいいから企画書を持って来いって言われるんだ。その時に咄嗟に考えたの。若い頃に担当したワイドショー番組の経験が活きたのかな。人が追い込まれた時に出す人間味って面白いって思ってね。だから「松本明子、松村邦洋を〈会いたい人に会いに行かせる〉、〈行きたいところに行かせる〉、そして〈絶対に諦めない〉」っていう3つの柱を考えたんだよね。

〈会いたい人に会いに行かせる〉って一見、普通なことなんだ。でも、それが「普通」なのはテレビ局が手伝うから。一切手伝わなかったら、どうなるんだろう。それを見たかった。例えば、森英恵さんはハナエ・モリビルにいるんじゃねえの?って言って、アポイントなしで行っちゃうんだよ(笑)。当然、不在なんだ。だったら、帰って来るまで待ってろ。俺たちは手伝わない、というスタンス。で、帰って来て、「初めまして」って突撃インタビューしたら、怒られる(笑)。そりゃあそうだよね、約束も何もしてないんだもん。そういう番組作りをしてるから、テレビって予定調和なものだと思い込んでる視聴者も、「あれ? この番組、なんだか違うじゃん」って、のめり込んでいっちゃうわけ。

tsuchiya_2-3

――「予定調和じゃないものを作る」というのは一つのテーマですね。

土屋:予定調和じゃないものっていうか、要するに、「今ないものを作る」ってことだよね。「今ないものを作る」ってことが、やっぱり面白いし、それを生み出せない業界、業種ってダメなんだと思う。俺が『電波少年』を作って以降、ロケバラエティって言われるものが圧倒的に主流になるわけよ。というのも、俺が予定調和なものへの、ある種、アンチテーゼを打ち出したからなんだよね。

――素朴な質問なんですが、『電波少年』の企画を考えていた時って楽しかったですか?

tsuchiya_2-4

土屋:楽しかったね。

――でも、ある意味では一人の人間の人生を一手に預かるわけじゃないですか。

土屋:死んじゃうかもしれないからね(笑)。アポなし企画ってかなり危ないんだよ。例えば、松本明子をパレスチナ自治政府大統領のアラファト議長に会いに行かせて、『てんとう虫のサンバ』をデュエットさせようとしたことがあって。死ぬほど危ないんだよ。紛争の起きてる地域だからね。俺も、あそこの国境線を松本が突破できると思ってないんだ。でも、なぜか突破できちゃって。国境の検問がたまたまゆるい奴だったんだ。おいおいって(笑)。でも、行く前には国境を越えられても、アラファト議長なんかに会えると思ってない。多分検問所で一人で『てんとう虫のサンバ』を歌うっていうオチをこっちは想定してたわけ。そうしたら、なぜか会えちゃうんだよ。馬鹿じゃないのって思った(笑)。

そんなことが幾つもあるんだよね。「ヒッチハイクの旅」も、いつ死にましたって報告が入るかわからないから、地獄と言えば地獄なわけ。ずっとヒヤヒヤしてるの。でも、その地獄と、今週の『電波少年』も面白いって言ってもらえることのせめぎ合いの中で、俺は番組を作ってた。俺、たぶん、ずっと正気じゃなかったんだと思うよ(笑)。

――視聴者としてはTプロデューサーってドSなんじゃないかと思ってました(笑)。

土屋:ドSはドSなんだと思うよ。歌の企画でもさ、Bluem of Youthと Something ELseって当時は無名のバンドに、売れなかったら引退しろって企画をやらせたんだけど、それって一人の人間の夢を、人生を、諦めさせるわけだからね。しかも、無茶苦茶な注文をして。でも、見ている方は自然とそこに物語を見出して、彼らの作る歌に感情移入する。気づいたらCDを買いに行ってるんだ。不思議なものだよね。でも、企画をやらせている側としては正気ではいられないわけ。正気ではとても人の命や夢なんて預かれないからね。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.