村上春樹の青いワンピースを褒め足りない

現代偉人論 その3

2017/02/22
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自分でも驚くくらい、村上春樹の新作を楽しみにしている。

何を楽しみにしているかって?

青いワンピースだよ。新作の登場人物に、青いワンピースを着た女性が出てくるか、楽しみでしょうがないんだ。だって、村上春樹は最高のスタイリストなんだから。

映画やドラマの現場には、スタイリストや衣装部がいる。でも、小説家はスタイリストを兼任する。登場人物の性格や、これまでの人生の背景を脚本から読みとって、物語の状況にふさわしい服を監督に提案する、そんな「スタイリストの仕事」を、小説家は自分でやらなくてはならない。

あんまり誰も褒めないけど、村上春樹は服の描写が素晴らしい。彼ほど明確な意図をもってスタイリングをしている作家も珍しいんじゃなかろうか。長編小説を読むと、とくにそう思う。村上春樹は最高のスタイリストだ。

それじゃあさっそく、服の描写、チェックしていこう。そう言いたいところだが、そのまえに一つ、村上春樹の長編小説「あるある」を確認させてほしい。

それは、女性が「消えてしまう」ことだ。多くの作品で、女性の登場人物が主人公の前から消えてしまう。主人公の目の前から姿を消してしまう場合や、死んでしまう場合など、村上春樹の長編小説では、さまざまな形で女性が「いなくなる」。

そんな「あるある」をふまえたうえで「スタイリストとしての村上春樹」の仕事を5つ、連続して引用していこう。

(ちなみに、ここまで読んでいただき恐縮なんですが、ここから強烈にネタバレします。もうこの流れで察してしまった方、すでに村上春樹の長編小説を読んだことのある方、もしくは村上作品にまったく興味がなく、衣服のスタイリングがなぜネタバレにつながるのか、そこは興味ある、というお方でもない限り、読み進めるのをおすすめしません。『風の歌を聴け』『ノルウェイの森』『スプートニクの恋人』『国境の南、太陽の西』『海辺のカフカ』のファッション描写を引用していきますが、ネタバレが嫌なお方は、これらの物語を読んでから、このページにお戻りください)

それでは、「スタイリストとしての村上春樹」をご堪能あれ。

僕はベッドの向かい側にある洋服ダンスの扉を開き、少し迷ってからの袖のないブルーのワンピースを選んで彼女に手渡した。彼女は下着もつけずに頭からすっぽりとそれをかぶり、自分で背中のジッパーをひっぱり上げてもう一度溜息をついた。(『風の歌を聴け』講談社文庫、39頁、【この作品のヒロインのスタイリング】)

彼女はとてもきちんと化粧をして金のイヤリングをつけ、深いブルーの素敵なワンピースを着て、上品なかたちの赤いパンプスをはいていた。僕がワンピースの色を賞めると、これはミッドナイト・ブルーっていうのよとハツミさんは教えてくれた。(『ノルウェイの森』講談社文庫、下巻104頁、【主人公の先輩である永沢さんの恋人「ハツミさん」のスタイリング】)

ネイビーブルーの半袖のワンピースの上に、薄いカーディガンを羽織り、靴は中くらいの高さのヒールで、黒いエナメル。(『スプートニクの恋人』講談社文庫、48頁、【主人公が思いをよせる「すみれ」のスタイリング】)

青い絹のワンピースの上に、淡いベージュのカシミアのカーディガンをかけていた。(『国境の南、太陽の西』講談社文庫、115頁、【主人公の初恋の相手「島本さん」のスタイリング】)

青い半袖のワンピースを着て、そのうえに薄いクリーム色のカーディガンを羽織っている。(『海辺のカフカ』新潮文庫、80頁、【主人公が身をよせることになる図書館の責任者「佐伯さん」のスタイリング】)

みーんな「青いワンピース」を着ている。

だから何だ?

そう思う方もいるだろう。では、いま登場した女性がみんな、主人公の前から「いなくなる」と聞いたらどうだろう。

そう。村上春樹の長編小説に「青いワンピース」を着た女性が登場すると、かなりの確率で、その女性は「いなくなる」のだ。

これは「スタイリストとしての村上春樹」のこだわりだろう。ここまで、あえて「ファッション・センス」という言葉を使わずにきた。「青いワンピース」には村上春樹の明確なスタイリングの意図がある、そんな気がするからだ。

ただ、「そんな気がする」と、思わず弱気になってしまうのも確かで、それは村上春樹が自身の小説の作り方を語った『職業としての小説家』に、こんなことが書いてあるせいだ。

多くの場合、僕の小説に登場するキャラクターは、話の流れで自然に形成されていきます。「こういうキャラクターを出そう」と前もって決めることは、僅かな例外を別にすれば、まずありません。書き進めていくうちに、出てくる人々のあり様の軸みたいなものが自然に立ち上がり、そこにいろんなディテールが次々に勝手にくっついていきます。(略)つまり僕はそのキャラクターを立ち上げるにあたって、脳内キャビネットからほとんど無意識的に情報の断片を引き出し、それを組み合わせている、ということになるのではないかと思います。(『職業としての小説家』新潮文庫、単行本の218頁)

無意識的にキャラクターを立ち上げていると言われると、弱ってしまう。「青いワンピース」が遠くなる。「青いワンピース」は意図的ではないのだろうか? 思わず不安になるが、『職業としての小説家』を読み進めていくと、無意識的に引き出された情報が、そのまま作品に組み込まれているわけでもないことがわかる。村上春樹は無意識で立ち上げたキャラクターを、何度も、書き直していくようだ。

そういう書き直し作業は自動的というよりはもっと意識的に、ロジカルにおこなわれます。しかし原型の立ち上げに関して言えば、それはかなり無意識的で、直感的な作業になります。(『職業としての小説家』新潮文庫、単行本の219頁)

「青いワンピース」には、二つの可能性がある。無意識の産物か、意図的な書き直しによるものか。どちらの場合でも、結論は同じかもしれない。大切なのは「青いワンピース」が繰り返し登場するということ。書き直し作業ののち、物語に残されていること。無意識的にも意識的にも、その服が「ふさわしい」という判断がくだされている。

つまりスタイリストとしての村上春樹が、頭のなかで「衣装あわせ」をして、「青いワンピース」を着るべき登場人物に、その衣装を着せているわけだ。そして「青いワンピース」を着た女性は、いなくなる。その確率の高さ。

じっさいに死んでしまう女性のキャラクターもいる。主人公の前から「いなくなる」ということを「死」ととらえると、青いワンピースは「死のドレス」として、物語のなかで機能している。それは登場人物の性格と、物語の流れを深く理解した、優秀なスタイリストによる「演出」だ。

なお、前作の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、ヒロインの木元沙羅がミントグリーンのワンピースを着ている。だから彼女は死なないし、主人公の前から「いなくならない」。

はたして村上春樹の次なる長編小説『騎士団長殺し』に、「青いワンピース」を着た女性は出てくるだろうか。そして、その女性は主人公の前から「いなくなる」のだろうか。

村上春樹が優秀なスタイリストなのは間違いない。ファッションで読み解けるほど、明確なスタイリングの意図がある。あとは我々が「青いワンピース」に注意するだけだ。あと数日で新作を読める。楽しみでしょうがない。


photo by greg  

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