チームに結束力は必要か?「仲が良い」だけのチームは強くなれない

チームで仕事をするために必要なこと 第8回

2019/09/03
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著者:日野瑛太郎
 

良いチームと悪いチームを分けるひとつの基準として 「結束力」が挙げられることがよくあります。言うまでもなく、普通は結束力があるチームが良いチームだとされています。

実は、僕はこの考え方に「半分賛成で、半分反対」という立場です。チームとして働く以上、メンバー同士がそれぞれ協力して事に当たることはほとんど必須です。その際に協力関係をどれだけ円滑に築けるか、という意味で結束力という言葉を使っているのであれば、チームに結束力が必要なのは言うまでもありません。

一方で、チームメンバー全員がいついかなる場合にも同じ方向を向く、という意味で結束力という言葉を使っているのであれば、僕は必ずしもチームの結束力を高めることに賛成はできません。詳しくは後述しますが、こういった形の結束力がチームの目的遂行にとってプラスに働くのは、一部の仕事に限られています。しかも最近は、そういった結束力が役に立つ仕事がどんどん少なくなってきています。

つまり、ポイントは「結束力」という言葉をどう捉えるかにかかっています。そこで今回は、この結束力という言葉の意味について吟味した上で、現代の複雑な問いに対応するために必要な力を備えたチームのあり方について、考察してみたいと思います。

チームの結束力が強すぎると異論を排除してしまう危険性がある

冒頭で、結束力という言葉の意味について、ふたつの可能性を呈示しました。ひとつは、人が何かの仕事をする際に円滑に協力する能力をメンバー各自が備えているかという意味で、もうひとつは、チームメンバー全員が同じ考え方や価値観を持っているかという意味です。

もしかしたら、両者の違いについてピンと来ないという人もいるかもしれません。たしかに、どちらの意味で結束力という言葉を使っても、チームが高い熱量を維持して活動ができるという点では共通します。しかし、両者には決定的に異なる点がひとつあります。それは、チーム内で発生する異論に対する姿勢です。

前者の意味での結束力を備えたチームの場合、異論は話し合いに発展する余地を多分に持っています。意見の異なる誰かと協力して事に当たるためには、まずは根気よく意見のすり合わせを行わなければなりません。それは一方的に自分の意見を相手に押し付けることでもなければ、相手の言い分をすべて丸呑みすることでもありません。チームの目的遂行にどちらが適しているのかという観点で異論はフェアに検討され、場合によってはそれでチームの活動が改善されることもあるでしょう。

それに対して、後者の意味の結束力を備えたチームの場合、異論は単に排除の対象になるだけです。みんなが「良い」と思っている意見に、ひとりだけ「良くない」と異論を唱えることは、結束力を乱す行動とみなされるおそれがあります。そうやって盛り上がりに水を差す人間が出てこないからこそ、高い熱量が維持できるというのがこの意味での結束力の強みなのです。

現代の複雑な問題は熱量だけでは解きようがない

チームで対処しようとしている問題が単純で、純粋にチームの熱量だけで結果の善し悪しが決まるような場合であれば、後者の意味での結束力を備えたチームは非常に強いチームです。空気を読まずに異論を唱える人間がいないのでメンバーの士気は保たれますし、考え方や価値観が揃っている分、細かなコミュニケーションは省略できます。言うならば、チームのノリの力でしんどい仕事も乗り越えられるという考え方です。

しかし、チームで取り組む問題が複雑になると、そうした内輪の力による高い熱量だけでは問題が解けなくなります。そういった問題は、そもそもどうやれば正解に行き着くのか、最初の段階では誰も知ることができません。リーダーがどれだけ聡明だったとしても、ピタリと進むべき道を一度で指し示すことはまず不可能です。そこで必要になってくるのが、多様なチームメンバーひとりひとりが持つ、異なる価値観や考え方です。そういった彼らが要所要所で唱える異論と真摯に向き合い、排除することなくフラットに検討することで、ようやく複雑な問題にも対処できる可能性が出てきます。

現代では、単純な仕事はAIを代表とするIT技術によって置き換えが進んでいます。今後、人間が解くべき仕事として残されるのは、すぐには答えがわからないような複雑な問題ばかりになるはずです。こういった問題に対処できるチームは、メンバーみんなが仲良く、単に熱量が高いだけのチームではありません。チームの熱量だけを問題にする姿勢は、今ではもう時代遅れになりつつあると言えるでしょう。

「仲良しチーム」ではなく「フラットな議論ができるチーム」を目指せ

残念ながら、職場などで結束力という言葉が使われる時、それがどういう意味で使われているのかを立ちどまって考えることは稀です。そのため、結束力を高めるためとして開催される行事(「チームビルディング」と称されることが多いようです)は単にメンバーの親睦を深めただけで終わってしまうことがよくあります。

たとえば、会社の費用負担で飲み会やランチに行けるという制度がある会社は少なくありません。あるいは、年に数回の合宿や、遠足、社員旅行といった行事が用意されている会社もあります。別に、僕はこれらの制度や行事を全否定しているわけではありません。ふだん一緒に仕事をしているメンバー同士が親睦を深めること自体は、悪いことではないでしょう。しかし、それが単に「メンバー同士が仲良くなる」ことだけで止まってしまっているなら、チームを強くすることに対する貢献はあまり高くはないだろうと思います。

むしろ、大切なのはチームメンバー同士が臆せずに異論を言い合える関係を築くことです。気づいている方もいると思いますが、これは結局のところ、昨今よく話題にあがる「心理的安全性」の話に帰結します。チームビルディングによってチーム内の心理的安全性が高まるならいいのですが、日本人の場合、親睦を深めることはしばしば議論を回避することにも繋がります。これだとチームビルディングによって逆にチームが弱くなってしまいます。

チーム内の心理的安全性を高め、フラットな議論ができるチームを作るためには、飲み会やランチ、合宿や遠足といった業務外の活動よりも、ふだんの仕事上の振る舞いのほうがずっと大切です。たとえば、リーダーが日頃から異論や反論を他のメンバーから求め、実際に異論があった場合には排除せずにしっかり話し合うという日々の行動を積み重ねるほうが、何も考えずにとりあえずチームメンバー全員で飲みに行くことよりも何倍も効果があるでしょう。

こういった日々の仕事上の振る舞いにおいて心理的安全性を確保するための土台を築いた上で、さらにチームの親睦を深めるために何らかの行事を行うというのであれば、チームビルディングにも意味があります。大切なのは、優先順位を間違えないことです。

そもそも、チームを強くするために、一朝一夕で効果が出るような施策は存在しません。日々の小さな努力の積み重ねがどうしても必要です。安易に飲み会や合宿といったチームビルディングに飛びついてしまうのは、こういった日々の努力の必要性から目を背けているからなのかもしれません。

どうかこうした日々の努力から逃げずに、本当の意味で結束力のあるチーム作りを目指していただければと思います。


photo by emdot

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