理想ばかり語るリーダーはただの妄想家?

チームで仕事をするために必要なこと 第2回

2019/03/05
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著者:日野瑛太郎
 

あなたの周りに「理想論ばかり語る人」はいないでしょうか? そして、そのような人はだいたい周囲から疎まれているのではないでしょうか?

言っていることがどんなに正論でも、口先ばかりで具体的な行動が伴わない人は基本的に嫌われます。しかし一方で、リーダーやマネージャーの仕事は「ビジョン(=理想)を示して、メンバーを導くこと」だとも言われます。仮に、理想論を語ることが周囲から疎まれることに繋がるのだとしたら、リーダーやマネージャーはどうすればよいのでしょうか?

この混乱は「理想論だけ語ること」と「理想を示して周囲の人々を導くこと」という、似ているけれども実態はまったく違う2つの事柄を区別できていないから起こるものです。これらの区別は非常に重要です。理想論ばかり語って周囲をしらけさせてしまうのは問題ですが、一方で、それを恐れるあまり理想を一切示さずに日々の出来事に対処するだけでは、チームとしての飛躍は望めません。リーダーやマネージャーは、前者の状態を避けつつも、後者の状態をしっかりと追求していかなければならないのです。

そこで今回は、「理想論ばかり語る人」がなぜ嫌われるのかを考察しつつ、「理想論だけ語ること」と「理想を示して周囲の人々を導くこと」との違いについて考えてみたいと思います。

理想だけ語ることはただの「妄想」

理想論「だけ」を語るのは、実は誰にでもできる簡単なことです。現在、チームで起こっている問題が解決された状態を想像するだけなら、特別なスキルはいりません。たとえば、人員が豊富で、スケジュールにも余裕があり、まったく不和がないチームの状態を想像することは容易ですし、そういう状態が理想であることは誰もが同意すると思います。

問題は、現実がそのような理想の状態にはなっていないことであり、おそらくそれには相応の理由があるはずです。理想論「だけ」を語るというのは、そのような現実の問題点を一切考慮せずに、夢だけを語っていることにほかならず、それを人は「妄想」と呼びます。地に足の着いた解決策を一切考慮することなく、ただ妄想を垂れ流されたのでは迷惑に感じるのは当然でしょう。「理想論ばかり語る人」が嫌われるのは、彼らが語る理想が単なる妄想の域から出ていないからにほかなりません。

逆に言えば、理想を語ると同時に、その状態に近づくための具体的な手段を提案し、自らが率先してその策に取り組むのであればそれは断じて妄想ではありません。リーダーやマネージャーに求められるのは、そのような地に足の着いた理想の提示であると言えます。

理想論だけを語るAさんの場合

ここで、僕が会社員時代に「理想論だけを語ること」と「理想を示して周囲の人々を導くこと」との違いを実感したエピソードについて書いてみたいと思います(当時の僕の仕事はソフトウェアエンジニアでしたので、この職業とまったく関わりのない分野の人にはやや例が難しく感じるかもしれませんが、なるべく平易に紹介するよう心がけます)。

当時、僕はとあるウェブサービスを開発・運用するチームに所属していたのですが、このサービスは度重なる改修と仕様変更によりコードが複雑化し、メンテナンスがとても困難になっていました。何か新しい機能を追加しようにも、そのせいで既存の機能を壊してしまうのではないかという懸念を払拭することができず、(人力の)テストに膨大な時間がかかっていたのです。しかも、膨大な時間をかけてテストする割に、実際にリリースしてみるとやはり既存の機能を破壊していたというケースが頻発し、ソフトウェアの品質はお世辞にも高いとは言えませんでした。

この問題を解決する方法として、誰でも思いつくことに「テストを自動化する」というものがあります。実際、この手の回帰テスト(新規機能が既存機能に悪影響を与えていないかを調べるためのテスト)を健全に回すには、テストの自動化が必須であるとテスト技法の本などには必ず書いてあります。そのことは誰もがわかっていましたが、僕たちのプロジェクトは「売上を作る」という要請もあって開発スケジュールがタイトであり、既存機能のテストコードを書くような余裕などありませんでした。

そんな状態のチームに、ある日Aさんという人が入ってきました。Aさんは前職でテストエンジニアをしていた人だと聞いて、僕たちの期待は高まりました。もしかしたら、Aさんならこの状況を解決してくれるのではないか、と誰もが期待しました。

しかし残念ながら、Aさんは典型的な「理想論だけを語る人」だったのです。Aさんはシステム障害が起こる度に「回帰テストが自動化できていればこの障害は防げたはずだ!」といった趣旨のことを言うのですが、実際に回帰テストを自動化するための行動は何ひとつしてくれませんでした。「自動テストを用意できるためにもスケジュールにもっと余裕がなければいけない」といった趣旨の発言もよくしていましたが、特にそれについて上と掛け合うわけでもなかったので、状況は何も変わりません。次第に、他のメンバーはAさんの話を聞き流すようになりました。

理想を示して周囲を導いたBさんの場合

この状態を劇的に変えたのが、途中から新しくチームのリードエンジニアになったBさんです。

Bさんも、やはりAさんと同じく「回帰テストの自動化ができている状態が理想的だ」という認識を示しましたが、BさんがAさんと違ったのはその上で「まずは、今後新しく実装する機能について必ず自動テストのコードを書くようにしよう」という現実的な方針を示したことです。「新機能の自動テストを完備することで実際にバグが減ったことを示せれば、既存部分のテストを整備する工数をもらうために上を説得する材料になる」というのがBさんの意見で、たしかにこの方針は現実的だと感じられました。

さらにBさんがすばらしかったのは、「今後新しく実装する機能については必ず自動テストのコードを書く」という方針を自らが実践してみせたことです。「自動テストのコードを書く」と宣言するのは容易ですが、これが実際には結構面倒で省略してしまうエンジニアも多いものです。このチームではリードエンジニアのBさんが書いている以上、他の人も書かざるをえなくなり、少しずつですが存在する自動テストの総量は増えていきました。結果、新機能についてはバグの発生頻度が下がりました。

Bさんの狙い通り、この「自動テストのおかげでバグが減った」という事実は上を説得する重要なファクトになりました。このファクトを示して上と掛け合った結果、チームは最終的に既存機能についてもテストを整備する工数を得ることができました。Bさんのチーム内での評価が上がったことは言うまでもありません。

人を動かすには理想だけでなく「現実的な目標」を設定することも必要

Aさんと違って、なぜBさんは周囲から疎まれることなく理想に周囲の人を導くことができたのでしょうか? その理由は、Bさんが単に理想を語るだけではなく、それを達成するための「現実的な目標」をも同時に設定してみせた点にあります。Bさんはその上で、自らが率先してその現実的な目標にコミットすることで、周囲をうまく巻き込んでいきました。

人が理想を達成するためには、3段階のプロセスを経る必要があります。まず(1)理想状態に共感すること、次に(2)理想は実現できると感じること、そして最後は(3)理想状態に向けて行動を開始することです。リーダーやマネージャーが理想を語ることは(1)に対応し、現実的な目標を設定することが(2)に、自らがその目標にコミットして周囲のやる気を喚起することが(3)に対応します。ここまでやってはじめて「理想を示して、メンバーを導いた」と言えるのです。

現実には、(1)だけで終わってしまうリーダーやマネージャーは少なくありません。それが典型的な「嫌われる」行動であることは前述したとおりです。そうならないためにも、理想を実現するためには同時に「現実的な目標」を設定し、自らが行動で示すということを忘れないようにしていただきたいと思います。


photo by Medialab Katowice

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