マネージャーが完璧を目指す必要はまったくない
チームで仕事をするために必要なこと 第16回

チームのリーダーやマネージャーといった立場の人間は、周囲の模範にならなければならないという考えが昔から根強くあります。誰もが尻込みするような困難な仕事でも、リーダーやマネージャー自らが率先してやってみせることで、初めて他のメンバーがついてくるという考え方です。
たしかに、自分は何やかやと理由をつけて何もしないのに、他人にだけは厳しく「やれ!」と命令してくるようなリーダーと一緒に働きたいと思う人は一人もいないでしょう。そういう点で、リーダーが率先して「一歩前に」出る必要があると説くリーダーシップ論には、一定の合理性があるとは思います。
しかし、僕はこのやり方だけが絶対に正しいとは考えていません。仮に、リーダーやマネージャーがあらゆる点で他人の模範にならなければならないとするなら、彼らは完璧な人間でなければならないことになります。実際には完璧でないにしても、少なくとも他のメンバーの前では弱みを見せることなく、完璧な人間であるかのように装い続けなければなりません。当然ですが、これは大きな心の負担になります。リーダーやマネージャーは愚痴のひとつも言えないことになり、もやもやした気持ちが際限なく積もっていくことになるでしょう。よほどメンタルがタフな人でない限り、長続きはしないはずです。
かくいう僕も、このような「弱みを見せないマネジメント」を試みて、早々に諦めた経験があります。その際に学んだのが、必ずしもマネージャーは完璧を目指す必要はないということです。今回はそんな僕の経験談をきっかけとして、「マネージャーが弱みを見せることの隠れた利点」について考えてみたいと思います。
完璧を目指そうとして潰れかけた
それほど昔のことではないのですが、過去にあるプロジェクトのリーダーを任されたことがありました。メンバーは僕を含めて4人で、2人がエンジニア、1人が営業担当者、そして僕はそのプロジェクトの責任者、つまりリーダー(兼エンジニア)という立場でした。
4人のうち3人がエンジニアという構成のチームだったので、仕事の半分以上はエンジニアのマネジメントということになるのですが、リーダーなのでそれ以外の顧客コミュニケーションも担当しなければいけません。そして、実を言うと、僕はあまり顧客コミュニケーションが得意ではありません。単に客先で話をするだけというのであれば別に困難は感じないのですが、ビジネスの場では時に本音を隠して、駆け引きを行わなければならなくなることがあります。そのような「本音と建前を上手に使い分け、自分たちに有利な方向に話を持っていく」といったコミュニケーションが僕は非常に苦手でした。
それでも最初のうちは「リーダーは模範にならなければ」という考え方に囚われていたということもあり、無理をして得意でない顧客折衝もやってみせようとしていました。結果を言ってしまうと、これは失敗に終わります。思うようには対面の担当者をグリップできなかっただけでなく、僕自身がストレスで潰れそうになりました。
これではマズいということで、僕は「リーダーは模範にならなければならない」という考え方を捨てました。もう完璧を装うのはスッパリと諦めて、営業担当者にすべて正直に話すことにしたのです。
「自分は顧客と折衝をするのは苦手です。たぶん、平均以下の能力しか持ち合わせてないでしょう。この点については○○さん(営業担当者)のほうがずっと上手にできるし、経験も豊富だと思います。なので、本当に申し訳ないんですけど、助けてくれませんか?」
そして、この判断は後に正解だったことがわかります。
苦手なことは苦手だと正直に言ったほうがよい
僕が「顧客コミュニケーションは苦手だ」と打ち明けたことで、その後の営業担当者の動き方が大きく変わりました。それまで彼は、顧客と話す際にはあくまでサポート的な立ち位置で入ってくれていたのですが、次からは彼がイニシアティブを取って動いてくれるようになったのです。
彼が中心的に動いてくれるようになったおかげで、顧客との折衝は僕が無理してやっていた時よりもずっとスムーズに進むようになりました。僕はもう顧客コミュニケーションについては、彼が気持ちよく能力を発揮できるためのサポートをすることだけが仕事であると割り切りました。結果は上々で、僕のストレスが大きく軽減されたことはもちろん、何より営業担当者が生き生きと働けるようになったことで、チーム全体の雰囲気までもがよくなっていきました。
そこで僕は、このやり方をエンジニアのマネジメントにも転用してみることにしました。僕のソフトウェアエンジニアとしてのキャリアはそれなりに長いのでプログラムは人並みに書けますが、それでもプログラミングなら何でも得意だというわけではありません。具体的に言うと、フロントエンド系の仕事はあまり得意ではないのです。なので、これについても得意だというメンバーに権限委譲して、その人に中心となってやってもらうことにしました。
これも結果は上々で、フロントエンドを任されたエンジニアは、やはり以前よりも生き生きと働いてくれるようになりました。僕が苦手なりに無理をしてフロントエンド系の仕事をリードしていた時よりも、生産性はずっと高くなったと思います。
このように、「苦手なことは苦手だと言ってしまい、得意な人に委譲してやってもらう」というマネジメントスタイルは、従来型の「リーダーが一歩前に出て他の模範になる」というのとはまったく違うものです。これは一見、リーダーの仕事を放棄しているようにも見えます。しかし、結果的にはこのほうがチーム全員を幸せにしているのですから、従来型のリーダー像に固執する必要はないということがわかります。
僕自身も、このことに気づいてからは、マネジメントをすることがとても楽になりました。少なくとも自分には、このスタイルのマネジメント以外はできないだろうという気持ちになっています。
マネージャーが弱みを見せるメリット
マネージャーが完璧を装うのをやめて弱みを見せるメリットは、それが他のメンバーの主体性を引き出すことに繋がることです。この場合、マネージャーが模範にはなりえない以上、模範となるのはそれが得意な現場のメンバー以外にはいません。そういった状況が、メンバーを主体的な行動に駆り立てる原動力になります。
主体的に何かをするというのは、実はとても楽しいことです。特に、それが自分の得意なことであれば、楽しくないはずがありません。このように、各々が得意なことに主体性を持って思いっきり取り組める環境を整備することこそが、実はマネージャーが真にやるべきことなのではないでしょうか。
もちろん、上から目線で「自分はできないから、お前が代わりにやれ」と命令するようなやり方では絶対に人はついてきません。大事なのは、精一杯サポートするからどうか力を貸してくれないか、と誠意をもってメンバーにお願いすることです。それさえできるのなら、マネージャーは完璧な人間でなくても務まります。
マネジメントスタイルは人によって様々なので、これが唯一の正解だと言う気はまったくありません。それでもマネージャーという立場に囚われて、普段から弱音が吐けないと感じている人がいたとしたら、ぜひ参考にしてみてください。積極的に弱音を吐くことで、逆にあなたのチームは強くなるかもしれません。
photo by Luigi Mengato

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ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)などがある。