暴走族から落語界へ。プライドを捨て修行を積んだ見習い時代【前編】

変わり種マネジメント

2020/04/28
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知識がまったくない状態から落語の世界に飛び込み、瀧川鯉昇さんのもとで下積みから始め、2019年5月に落語家の最も上位の階級である真打に昇進を果たした瀧川鯉斗さん。実は暴走族の元総長だった過去もある瀧川さんに、総長時代にどうチームメンバーをまとめていたのか、そして落語界に入った後の下積みから真打時代まで、段階ごとにどのように成長を遂げてきたのかをお聞きしました。

総長時代はメンバーの特性の見極めやケアをして結束力を保っていた

――名古屋の暴走族の総長時代について伺います。暴走族というとヤンチャな人や血の気が多い人たちで形成される集団、というイメージがあるのですが、総長として、そういったチームをどうまとめ上げていたのですか?

僕はメンバーに自由にさせるタイプでした。基本的にはみんなの個性を尊重して、最低限締めるところは締める、という方法をとっていました。

暴走族の世界はおっしゃる通り、血の気が多い人間が集まる世界です。ただ集まっているメンバーは、みんなバイクで走るのが好きで、とにかく走りたい、という共通の熱い思いを持っているので、いわゆるマイクロマネジメントみたいなことをする必要はないんですよ。のびのびとしてもらったほうが絶対にうまくいくので。

そのうえで、適材適所は意識していたかな。「バイクの運転はうまくないけど、チームには貢献したい」と言ってくれるメンバーにはチームのオリジナルステッカーを売ってもらったり。優しい性格で喧嘩をしたくないタイプのメンバーが自信をなくしそうになっていたら、「お前はコール(バイクのエンジンをリズミカルに空ぶかしさせる行為)がうまいからチームには必要だよ」と励ましたり。

あと、メンバーの加入プロセスはしっかりしていました。「チームに入りたい」と来てくれた子が本当にバイクで走るのが好きなのか、それともただ単にチームの名前を使いたいだけなのか、その見極めですね。変なヤツを入れちゃうとメンバー間の温度差が生じて、そういうところから結束力が弱くなってしまうので。

――鯉斗さんも最初はメンバーの1人として加入されていたんですよね。 総長になるまでのメンバー時代に苦労した経験はありますか?

ありましたね、最初は下っ端だったので。暴走族は完全に縦社会なので、先輩からの命令は絶対なんですよ。「ジュース買ってこい」なんて優しいほうでした。

でも、僕はそういう縦社会に正直まったく苦労を感じていませんでした。先輩たちに「コイツさすがに気合入りすぎだろ……」と思われるくらいの動きを最初からしていたので。そのせいか、先輩から僕を試すような無理難題をふっかけられることはなかったですね。

瀧川鯉斗
地元である名古屋の暴走族総長を務めた後、役者を目指して上京しアルバイトをする日々を送る。ある日たまたま見た瀧川鯉昇の落語に感銘を受けて弟子入り。以降、前座見習い・前座・二ツ目を経て、2019年5月に真打に昇進。二枚目という特徴を活かし、人情噺や艶噺を得意とする。

考えるよりもまず行動。自分の目で見て確認しないと何も始まらない

――その行動力はどこから湧いていたんですか?

先輩たちがカッコよかったというのがありますね。当時のチームの先輩たちが本当に憧れだったんですよ。実際に自分がそのチームに入ると、先輩たちを喜ばせたい、驚かせたい、という気持ちが自然に出てきて。それで自分からあれこれしてたんだと思います。

振り返ってみると、この経験は落語の世界に入ってからも役立っているかもしれません。世界は違えど、落語界も縦社会で、そうした社会において気づかいは絶対に必要なことなので。それを10代後半という、人生の早い段階で体験できたのは本当に良かったと思います。

――その後は暴走族を辞めて上京し、役者を目指して東京でアルバイトをしている時期にたまたま瀧川鯉昇さんの落語を見て、弟子入りを志願したと伺いました。鯉斗さんの中で今まで積み上げてきたものに見切りをつけて、次に進む決断をするときの基準はなんでしょうか?

うーん、これといった明確なものはないですね。そもそも僕は考えるよりも先に感じた通りに行動するタイプで。自分の目で見て、確認しないと何も始まらないと思っているんです。

当時の話で言うと、落語のことなんて何も知らなかったけど、たまたま見た瀧川鯉昇師匠の落語がカッコよくて、俺もこれがやりたい、と思ったんです。そうなるとバイトや役者がどうとか考えている暇がないんですよ。やりたいと思った時点で、もう次に進むことが自分の中で決まっていたので。だからまず扉を開けてみたんです。そうしないと落語の世界のことなんてわからないし、自分に合っているかも判断できないですから。

なので次に進む決断をするときの基準は、あーだこーだ考えずに感情が向いている方向にとにかく進む、ということですね。

自分の鼻を折ってプライドを捨てたことで、落語界で芸を吸収できた

――暴走族の総長から落語家に弟子入りというと、環境的にも立場的にも大きな違いがあったと思います。そういうギャップで苦しんだことはありましたか?

いえ、全然ありませんでした。そもそも僕は落語の世界についてまったく知らない人間だったので、こういうものだろうな、という事前のイメージを何にも持っていなかったんです。だから思っていたのと違うな、みたいなギャップはゼロでした。

結果的に、これは良かったなと思います。先入観がない状態で落語の世界に入ったから、全てが学びだったんですよ。新品のスポンジのように芸を吸収する毎日で、自分がどんどん成長していくのが実感できました。落語界は師弟制度があるので、師匠の芸を忠実にコピーする、ということは意識していました。縦社会なので、勝手な方法で芸をすると、師匠や兄弟子が教えてくれなくなってしまうんですよ。あとは、会社のように上から指示が降りてくるということが基本的にないので、常にするべきことを自分で考えて動くようにしていました。

立場の違いを感じたのは弟子入りするよりも前に、総長を辞めて役者を目指すためにアルバイトをし始めたときです。このときは、自分で自分の鼻を折ったな、と思いました。俺がバイトをすることになるなんて……と。だけど今思うと、そこでしっかりと過去の栄光と決別できたので良かったのかもしれません。

――落語界での下積み時代に瀧川鯉昇師匠から教わったことの中で、印象に残っていることや今でも大事にしていることは何でしょうか?

基本的なことですが、人としてのマナーです。それこそ、畳のヘリは踏まないとか、テーブルにカバンを置かない、とか。僕はずっとヤンキーの世界で生きてきたから、そういう人として当たり前のことを知らなかったんです。だから師匠からそのあたりのことを教えてもらって、やっと人間らしくなれたのかなと思います。

普通に育ってきた人には当然のことかもしれないんですけど、僕にとっては特別で、今でもその教えは大事に守っています。

取材/文 観音クリエイション

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