【前編】「一人のユーザーと向き合うために全部やる。それがものづくり」田川欣哉(デザインエンジニア・Takram代表)

逆境ヒーロー!

2019/04/09
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。そのスピンオフ企画として新たにスタートした新連載『逆境ヒーロー!』。さまざまなフィールドで活躍しながら“ビジネスパーソン”として注目を集める人物にフィーチャーしていきます。今回はTakram代表の田川欣哉さんが登場。これまで分業が当たり前だったエンジニアリングとデザインの両方を行う「デザインエンジニア」として現在華々しく活躍している田川さんですが、ここに至るまでにはやはり逆境がありました。大学卒業後、一度“20代を諦めた”という経験と、「デザインエンジニア」という職業に込められたものづくりに対するこだわりについてヒモ解いていきます。

「デザインもエンジニアリングも両方したい」田川欣哉の学生時代

――「デザインエンジニア」というあまり世間では聞き慣れないご職業でご活躍されていますが、そもそも田川さんはどんなお子さんだったのでしょうか?

田川欣哉(たがわきんや)
1976年東京都生まれ、熊本県育ち。熊本県立熊本高等学校卒業後、東京大学工学部機械情報工学科に進学。企業のインターンを経て、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートのインダストリアル・デザイン・エンジニアリング学科の修士課程に留学、2001年に修了(同校の客員教授を2015年より務め、2018年に名誉フェロー授与)。山中俊治氏のアシスタントを5年間務めた後、2006年にTakramを設立。2014年にはロンドンにTakram ltd.を設立し、東京とロンドンで総勢40名のメンバーを率いている。

田川欣哉(以下、田川):親からおもちゃをもらうと、すぐ分解したがる子どもっていますよね。机の引き出しに、ツルツルの泥団子が入ってる子とか(笑)。完全にそういうタイプの子どもでした。田舎の田んぼの真ん中で育ちましたが、当時からものづくりが好きだったんでしょうね。

――熊本高校を卒業した後、東京大学に入られますね。なぜ機械情報工学科でエンジニアリングを学ぶことにしたのでしょうか?

田川:何かを作っていたいとずっと思っていたところがあって、何でも作れそうな学科に入りたいと考えた時、漠然と機械情報工学科かなと思ったんです。エンジニアリングは電子、電気など細分化されていますが、機械工学科なら1番オールラウンダーにものづくりができそうだなと。

――田川さんは学生時代から、エンジニアができる領域への違和感のようなものを感じていらっしゃったんですよね。どのようにしてエンジニアリングもデザインも両方やるという理想を叶えていったのでしょうか?

田川:理想と言えるほど、きれいな話でもないんですよね。実は大学時代までデザイナーという存在のことを1ミリも知らなかったんです。机も椅子も家電も何もかも、エンジニアが設計をしてデザインまで担当しているものだと勘違いしてました。でも、エンジニアがやっていると思っていた仕事のほとんどは、デザイナーがやっていることに気づいた。しかも、デザイナーになるためには、美術系の大学に行かなければならないということを大学3年になって初めて知って、愕然としました。エンジニアとしてだけでは、僕が理想とするものづくりができない。これはやばいなとショックでしたね。

20代を諦めてロンドンへ留学

――エンジニアの職域だけでは、田川さんが想い描いたものづくりと異なっていたと。

田川:そうです。だから学生インターンをしていた時に「エンジニアリングもデザインも両方やってこそものづくりだと思う。僕はどちらもやりたい」と言いました。周りの大人たちの反応は、「世の中なめんなよ」という感じでしたね。「エンジニアもデザイナーもそれぞれが死ぬ気で頑張って働いているのに。その両方をやるなんて、競争を考えると無理。一つに絞れ、エンジニアになれ」と言われてしまいました。

それからはかなり悩みましたね。周りの大人が言うように、僕はエンジニアになるべきなんだろうなと考えたこともありました。でも、結局心から納得できなくて、就職するのを止めたんです。当時の心境で言えば、僕は20代を一旦捨てることにした。大きな企業に入ろうと思えば入れたと思います。でも、エンジニアリング一本を選ぶ気持ちにもなれず、投げやりというか、半ば諦めのような気持ちで就職することを止めました。

それから半年くらい自分の将来について悩んで、遂にはエネルギー切れに。結局、エンジニアリングとデザインのどちらかを選ぶことができなかったんです。自分の将来を決める猶予期間も欲しくて。そして、やっぱりデザインのことを一回ちゃんと知る必要があると思ってロンドン留学を決めたんです。就職はせずロンドンの美大に行くなんて言い出したものだから、親は心配したと思いますね(笑)。

――ロイヤル・カレッジ・オブ・アートという名門校ですよね。どんな留学生活を過ごしていたのでしょうか?

田川:留学生活は、それはもう大変でしたよ(笑)。同じコースに集まる人たちは、3年以上の実務経験がある人ばかり、つまりプロのエンジニアしかいないわけです。僕は大学を卒業してそのまま入学したので、英語のハンデも加わって相当ヒーヒー言いながら過ごしてましたね。今考えても、仕事より大変なんじゃないかというくらい(笑)。

僕がいたのはエンジニアにデザインを教えるというコースだったのですが、僕みたいにエンジニアリングもデザインも両方学びたい人なんて、周りに全くいなかったので、当時は日本で僕くらいしかいないのかもと思っていたんです。でもいざ世界に出てみると、少なくとも20人くらいはいることが分かってホッとしたのを覚えています。

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