【後編】「結局すべてはチームワーク。みんなが助けたくなるような社長になりたい」鈴木蘭々(女優・WOORELL株式会社代表取締役)

逆境ヒーロー!

2019/01/23
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。そのスピンオフ連載『逆境ヒーロー!』連載2回目のゲストとして登場してくれた鈴木蘭々さん。後編では芸能界でのお仕事の話や、突然ニューヨークに行った理由。芸能界、社長業へのこれからの展望について語っていただきました。

芸能界での活躍は自由奔放にさせてくれた社長のおかげ

――1996年にCM女王にもなられて、相当な売れっ子だったと思いますが、当時の状況はいかがでしたか?

鈴木蘭々(すずき・らんらん)
1975年8 月4日生まれ、東京都出身。1989年、本名の鈴木智子として資生堂のCFでデビュー。1993年からドラマやバラエティに出始め、1994年からは『ポンキッキーズ』に安室奈美恵とのコンビ『シスターラビッツ』として出演。ショートカットでボーイッシュなイメージと明るいキャラクターでお茶の間に認知され、1996年にはCM女王にも輝いた。1998年、23才の時にニューヨークに留学。帰国後の2000年からは舞台などを中心に活動。2018年に芸能生活30周年を迎え、11月に記念ライブを開催。2013年化粧品会社WOORELL株式会社を立ち上げ、オーガニック化粧品『NARIA COSMETICS』を販売するなど、多方面で活躍している。

鈴木:毎日本当に忙しかったですね。当時私が事務所の稼ぎ頭で、全部の仕事が私にのし掛かってきていました。社長が営業、私が現場という二人三脚の会社だったので。

でもうちの社長のよかったところは「俺、何も言わないから、好きにやっていいから」という自由さ。前の事務所でモデルをしていたころは、髪も自由に切れなかったんですけど、そんなルールもなくて。自由が与えられないとよさが出せないんですよね、私。それは17才くらいでも気づいていました。

私自身やりたいことがはっきりしていたというのもあって「こういう歌がやりたい」とか、「ポンキッキーズに出たい」と直談判もしましたし、社長はいつもそれに合わせて動いてくれたので本当にありがたかったです。

――『ポンキッキーズ』のオーディションはどんな感じだったのですか?

鈴木:オーディションらしいオーディションではなかったですね。当時、河田町にあったフジテレビのレストランでメロンパフェを食べながら社長と待っていたんです。というか、順番を待っていると思っていたんですが、どうやらそれがオーディションだったらしく。眼鏡をかけたおじさんと話した覚えがあり、どうやらそれがプロデューサーさんだったみたいです。もごもごしながら質問に答えただけでした(笑)。

“鈴木蘭々”ではない“普段の自分”を愛してもらえたのが嬉しかった

――その後『ポンキッキーズ』などを辞められて留学されましたよね。なぜあのタイミングだったのでしょう?

鈴木:あのころ、忙しすぎていっぱいいっぱいになり過ぎていて、自分の引き出しからいろんなものが出ちゃった感があったんです。「何か次に詰め込んでいかないとな」とも考えていて。でも、さっき言ったように稼ぎ頭だからどこかに行きたいともなかなか言い出せず、悶々とした日々を過ごしていました。そんな時、ダンスの先生に「言うだけ言ってみたら?」と背中を押されて。それで周りを気にし過ぎている自分に気づけました。昔はもっと「あれがやりたい、これがやりたい」と言えていたのに。

それで意を決して「ニューヨークに行きたい!」と社長に言ったら、即答で「いいよ」って(笑)。最初は1か月半行って、アッパーイーストのファーストアベニューの60丁目に住みました。

ニューヨークはみなさん優しかったですね。“鈴木蘭々”としてじゃなく、人の優しさに触れられたのはありがたかったです。日本だと「鈴木蘭々だから優しくしてもらえる」というのも少しはあると思うんです。鈴木蘭々も私なんですけど、普段の私とあまりにも乖離状態になって「自分の本質を愛してくれる人はいるのだろうか?」というメンタルにもなっていたんですよね。“元気いっぱい”というみんなのイメージに応えたいという自分もいましたし。ちょっと普通の顔をしているだけで「元気ないね」って言われるぐらいでしたから(笑)。

――ニューヨーク留学後の芸能界への具体的な復帰計画などはあったのですか?

鈴木:あまりそういうのは考えず、“心のままに”という感じです。もし、これまでの芸能界での仕事や選択が間違っていたとしたら、「ニューヨークに行く」というチケットをそもそも手にできていなかったと思うんです。「いいよ」と社長が言ってくれた時点で、どんな未来が待っていようと、それは必然だと思いました。

「よりによってなんでこのタイミングで行ってしまうの」と言う人もいましたけど、私のなかではそういう考えは全くありませんでした。行くことに意味があるし、意味があったと言えるような時間を過ごしてこようと思っていました。

――すべてが何かの役に立つために行動するわけではないですもんね。とはいえ、ニューヨークの生活が今に生きていることもありますよね。

鈴木:そうですね。ニューヨーク滞在中にいつもニコニコしていて周りに感謝している人に出会ったんです。「どうしたらそんなメンタルを常に保てるのだろう?」と思って尋ねてみたら「自分」への言い聞かせなんです」と言っていて。さらに続けて「言い聞かせ続けることで、いつか本物になってくるよ」との答えが返ってきたんです。あまりにもポジティブで勇気づけられるその言葉に衝撃を受けてしまって。ネガティブな思考だと本当に悪いことが起きることもありますよね。だから逆の法則も発生するんじゃないかなと思ってすごく感銘を受けて。それからこの言葉を今も自分に言い聞かせています。

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