半年だけ働く!? 異例の働き方が生まれた理由はワールドカップ

マネたま新幹線

2019/06/18
Pocket

ワールドカップを生観戦するために会社を辞めた

編集部 : アシシさんがフリーになられたのはいつですか?
村上アシシ(以下、アシシ) : 俺はアクセンチュアに6年いたから2006年だね。
編集部 : アクセンチュアを辞めた理由はなんだったんですか?
アシシ : ワールドカップが見たかったから。
柳橋仁機(以下、柳橋) : お前らしいよね(笑)。
アシシ : ドイツワールドカップの前年にプレワールドカップとしてコンフェデレーションズカップっていうのがあったんだよ。その時は特にサッカーにハマってたわけじゃないんだけど、自分が有給取れる時期と大会の開催期間がちょうどかぶってたから、ドイツに飛んだわけ。そしたら、どっぷりサッカーにハマっちゃって。

村上アシシ(むらかみ・あしし)
1977年札幌生まれ。2000年に新卒でアクセンチュアに入社。2006年に退社し、ビジネスコンサルタントとして独立して以降、「半年仕事・半年旅人」という独自のライフスタイルを継続中。サッカー日本代表を追いかけて世界中を旅し、応援するだけではなく、現地からの情報発信も積極的に行うサポーター。南アフリカW杯では、出場32カ国を歴訪する「世界一蹴の旅」を完遂し、同名の書籍を出版。2017年にはビジネス書『半年だけ働く。』を上梓。Jリーグでは北海道コンサドーレ札幌のサポーター兼個人スポンサー。2016年以降、サポーターに対するサポート活動で生計を立てているため、「プロサポーター」を名乗っている。

柳橋 : もともとサッカー部じゃなかったの? 
アシシ : 中学まではサッカー部だったんだけど、挫折組なんだよね。うちの中学、サッカー部が超強くて、レギュラーを取れなかったんだ。全然通用しなかったから中3でサッカー辞めちゃった。それで高校以降、俺のサッカー暗黒期が始まるの。ドーハの悲劇もジョホールバルの歓喜も生で見てないし、Jリーグも全然興味なかった。でも、2005年にコンフェデに行って、胸を撃ち抜かれた。それで来年、ワールドカップじゃん! 行きたい! って。で、調べてみると、アクセンチュアって自己都合休職って制度があったんだよね。自己都合休職をするためには、上司がオッケーって言えばいいんだけど、普通に考えてワールドカップ見に行きたいので休職させてくださいなんて言えないじゃん。だから、MBAを取りに行きたいってことにしたの。
柳橋 : 嘘じゃん(笑)!!

柳橋仁機(やなぎはし・ひろき)
株式会社カオナビ代表取締役社長。1975年生まれ。2000年3月、東京理科大学大学院基礎工学研究科電子応用工学専攻修了。大学院修了後、アクセンチュアに入社し、業務基盤の整備や大規模データベースシステムの開発業務に従事。2002年アイスタイルに入社。事業企画を担当したのち、人事部門責任者として人材開発や制度構築、管理体制の整備などに従事する。2008年に株式会社カオナビを創業し、2012年に顔写真を切り口とした人材マネジメントツール『カオナビ』をクラウドサービスとして提供を開始。2019年3月に株式会社カオナビはマザーズ上場。

アシシ : 全くの嘘(笑)。MBAを取りに行きたい、でも、英語が話せない、だから3カ月間語学研修でカナダに行かせてくれって言った。バレないようにドイツじゃなくて、カナダって言ったわけ。そしたらオッケーが出て、カナダ経由でドイツ入り。地球を3分の2周してワールドカップに行ったんだ。もちろん、ちゃんとカナダで語学学校に1カ月通ったよ。アリバイ作りのためにね。だから嘘と言っても、体裁はちゃんと整えたわけ。それからドイツに行ってキャンピングカーを借りて、ドイツ全土を巡りながらワールドカップを堪能した。大会後、日本に戻ってまたあの激務に追われる日々を過ごすのかって考えたら嫌になっちゃった。ドイツを周ってたらさ、それまで自分が超狭い世界で生きてたことに気づいたんだ。「井の中の蛙、大海を知らず」ってのを、身をもって体感した。それで会社辞めようと決意して、カナダから辞表メールを送った。もちろん引き止められたけど、ここで甘んじてはダメだなって思って2006年、ワールドカップをきっかけにして会社を辞めたんだ。

フリーランスとして自由に生きる

編集部 : その時に感じたサッカーの魅力ってなんだったんですか?
アシシ : ワールドカップに行くと1カ月間、それこそサッカー観戦が中心の生活になるんだよね。まるでサッカーで世界が動いているような感覚になる。ワールドカップ自体が世界最高のフェスティバルだから、サッカーを合言葉に友達が簡単にできるの。キャンピングカーでふらっと寄った片田舎のスポーツバーでワールドカップの試合を見てると、隣のテーブルのドイツ人とすぐに仲良くなれる。今日、宿ないんだよねとか言うと、じゃあうちに泊まりに来いよってなって、その日知り合ったドイツ人の家にタダで泊まるなんてことが、何度も起きた。そんな体験したこと今までなかったからさ。日本で忙しく働いてた時とのギャップがすごいわけ。そんな完全無欠の自由を満喫しちゃったもんだから、もう身体が日本での社畜生活に対して拒絶反応を起こしちゃったんだ。その年以降、フリーランスとして半年働いて、残りの半年を自由に世界を飛び回る「半年仕事・半年旅人」のライフスタイルを始めたというわけ。
編集部 : そこからご著書にもある『半年だけ働く。』って言うスタイルが確立されたわけですね。フリーランスで働こうとなった時に葛藤や不安はなかったんですか?
アシシ : 個人でそれなりにパフォーマンスを発揮できるし、どんなに不景気だろうが仕事は見つけられるって自信はあったから何の葛藤もなかった。最悪、アクセンチュアに戻ればいいとも思ってたしね。後腐れなく辞めてるから、今でも当時の上司から「いつでも戻って来い」って言われてるし。
柳橋 : アクセンチュアはコンサルタントをアサインしてプロジェクトを回すってビジネスじゃん。コンサルタントをアサインする時に、人の過不足が絶対に発生するのよね。人が足りないってなると、元アクセンチュアの人間に声がかかるの。足りないから手伝ってくれって。だから、アクセンチュアからしたら、俺らみたいなアクセンチュアを辞めた人間は調整弁になる。退職後もコネクションを持っておくと、お互いにメリットがあるわけよ。うまく付き合っていけば、仕事が欲しい時に何かしらのプロジェクトに入れてもらえる。その循環をうまく回せる人間はフリーランスのコンサルタントとして食っていけるわけ。
アシシ : 今自分はアクセンチュアから仕事をもらっているわけじゃないけど、どこのコンサルプロジェクトも調整弁として、フリーランスを活用しているのよ。フリーランスってコバンザメみたいなもんだよね。大きなクジラがバァーって動いてて、その付近を泳いでいたら餌がボロボロ落ちてくる。普段は自由に泳いでて、お腹が減ったらクジラの近くに寄ってきておこぼれの餌を貰えばいい。なんておいしい生き方だ(笑)。でも、フリーランスの旨みってそういうところよね。自由に生きたい人はみんな、そうやって暮らせばいいのにって思ってる。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!