【前編】「必要な時にはきちんと価値観を議論する」 経営者が新宿二丁目で「ダイバーシティ」について語り合った

マネたま新幹線

2018/11/13
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新宿二丁目のゴッドファーザー

ひろし : ようこそいらっしゃいました〜。

柳橋仁機(以下、柳橋) : 前回の企画から二年経ちましたね。

ひろし : そうよ。寂しかったわよ。

柳橋 : 今回のゲストは、森正弥さん。楽天技術研究所の偉い人。楽天は知ってるよね?

ひろし : 知ってるわよ。最近、サッカーでも盛り上がっちゃって。有名なスタープレーヤー連れてきたんでしょ。

柳橋 : そうそう。そこの研究部門のトップをやってる人。俺のアクセンチュア時代の先輩だったの。

森正弥(以下、森) : はじめまして。二丁目はよく、へぎ蕎麦を食べに来てました。

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森正弥(もり・まさや)
楽天技術研究所所長。慶應義塾大学卒業後にアクセンチュア株式会社へ入社し、大手企業の経営基幹システムや官公庁向け大規模システムの設計プロジェクト、先端技術活用のコンサルティングなどに従事。2006年に楽天へ入社し、楽天技術研究所の設立と運営に携わる。同社での活動のほか、企業情報化協会(IT協会)常任幹事、情報処理学会アドバイザリー、日本データベース学会理事、科学技術振興機構プロジェクトアドバイザー、APEC(アジア太平洋経済協力)プロジェクトアドバイザーなどを歴任。著書に『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社、2010年)など。

ひろし : あるわよね、そこに有名なお店が。

柳橋 : この人はひろしさん。このバー「新幹線」のママ。

ひろし : 新幹線って乗ったことございます? わたし、昭和43年に国鉄に入社して、7年間、新幹線で働いてたの。ちょうどその頃の写真が出てきたわ。まだ食堂車がある時代で、博多まで9時間半もかかってたのよ。

森 : かっこいい! 映画で見るような写真。

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新幹線で働いていた頃のひろしさん(左写真:右)。

ひろし :  この頃はまだ新幹線に窓がなくてさ。食堂車はすごい綺麗だったの。この写真、マニアは喜ぶわよ。

森 : どうでもいいですけど、ひろしさんイケメンですね(笑)。

ひろし :  イケメンってことはないけどさ(笑)。でも、この国鉄時代に目覚めちゃったのよね、お・と・こ、に(笑)。だから、わたしはLGBTでいうとBなのよ。

森 : お店を始められたのはいつなんですか?

ひろし :  国鉄を辞めてすぐだから、昭和50年。今、二丁目にゲイバーって630店舗くらいあるの。うちは今、9番目に古いお店。あと8人、わたしの上にいるんだけど、もう、みんな80歳近いわよ。

柳橋 : ひろしさんは二丁目のゴッドファーザーってわけだ(笑)。

ひろし :  アクセンチュア時代はどんなお仕事をされていたの?

森 : 基本的に現在と同じ、技術屋です。

柳橋 : そうです。俺も元は技術者だったから森さんにはいろいろ教えてもらった。

ひろし :  柳橋さんの印象ってどんな感じだったのかしら?

森 : 最初はでかい人だな、肝が据わってるな、と(笑)。

柳橋 : ははは(笑)。態度だけはでかかったかな(笑)。

「ソーシャルネットワークで世の中は変わる」と思って会社を飛び出した

ひろし :  楽天に移られたのはいつなの?

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ひろし
新宿二丁目にあるスナック「新幹線」のママ。昭和50年に開業してから40年以上お店を経営。

森 : 2006年ですね。アクセンチュアで8年間働いて、それから転職しました。
アクセンチュアって当時の平均勤続年数が数年程度だったから、8年もいるのって通常じゃありえないんですよ(笑)。ちなみに、楽天もどんどん成長していき、その中で人がどんどん入ってきた会社なんだけど、僕は12年もいるので、相当な古株です。

ひろし :  じゃあ、一つのところに落ち着くタイプなんだ。

森 : というか、自分のなかでこれだ!っていう目標を持っちゃうんですよね。その目標を掲げて夢中で頑張るから、結果的に長く居ちゃう。ちなみにアクセンチュア時代の目標は役員になって業界をリードすることでした(笑)。

柳橋 : そうだったんですか(笑)。

森 : でも、役員になる前に結局辞めちゃいましたね。僕が辞めた少し前、2004年前後にインターネットの二回目のブームがあって。ソーシャルネットワークサービスとかが始まったんです。

ひろし :  なんですの? ソーシャルなんとかって。

森 : 要するに、インターネットのなかでどんどん人がつながり、コミュニティが次々と生まれていったんですよ。いまのFacebookみたいに。これからは携帯とソーシャルネットワークで世の中が変わる、そんな機運を感じたんです。世の中が変わるのを、コンサルティング業界から眺めるのではなく、近くで立ち会いたい、そういう気持ちになって。アクセンチュアって大企業相手のビジネスで、コンシューマービジネスはないんですね。だからトレンドに対する哲学も見方も違う。その乖離を自分のなかで感じて。それで飛び出して行った方が良いんじゃないかって思ったのが2006年だったわけです。

柳橋 : 俺もアクセンチュアを辞めた理由はそれですよ。

森 : あの時、インターネットの変化はユーザーを中心に起きるって実感があったんですよね。アクセンチュアはアクセンチュアで面白かったんですけど、その変化の中心からは距離を取ったところにいた。あと、2003年くらいに海外で働く機会があったんですけど、そこで気がついたのは日本のITが海外に比べて非常に遅れてるってことで。このままじゃまずいぞと、技術でこれからの日本を変えるべきなんじゃないかって野望を持ってアクセンチュアを飛び出したんです。

ひろし :  ずいぶん勇気がある方なのね。でもわたしも国鉄辞めて、ゲイの世界に入った時には勇気が必要だったわよ。

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