2016/10/21 公開

【ネタバレあり】「シン・ゴジラ」は教養的な映画かもしれない

マネたま映画レビュー

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「有事」における日本型組織の脆さを描く

「シン・ゴジラ」では突如現れた未知の巨大生物に対し、最終決定権を持つ総理大臣に意思決定プロセスが移るまで、手続きに次ぐ手続きが繰り返されます。ゴジラが街を破壊する状況に焦りながらも、行動に至るまでの過程に翻弄される様子は時に滑稽にも思えるほどです。

注目すべきは、政府の意思決定の遅さです。公官庁に代表される日本型組織は、多くの場合、ボトムアップ方式で意思決定を行います。つまり、関係者全員の同意を得た上で、決定権を持つ者がみなの総意を踏まえて最終判断を下す、というやつです。このボトムアップ方式は、「熟慮すべきことを、じっくり時間をかけて考えられる」というその性質から、「平時」においては効果的なものです。しかし、「有事」の際には途端に脆さを露呈させます。なぜなら「熟慮」に基づいた意思決定プロセスはいざという時の素早い決断を不得手とする性質を持つからです。

そんな中で長谷川博巳演じる「シン・ゴジラ」の主人公、内閣官房副長官・矢口蘭堂(やぐち・らんどう)の存在は、際立って見えます。しかし、彼がどれほど積極的に対策を講じようとしても、総意で物事を決めることを良しとする組織の中では軋轢を生むものでしかありません。

それゆえ、「シン・ゴジラ」は、矢口という異端児の存在を媒介にすることで、日本型組織の持つ負の側面を執拗に描いているのだ、とも言えるのかもしれません。

スマートな異端児・矢口蘭堂の存在

日本政府が太刀打ちできないゴジラに対し、国連軍は熱核攻撃を行なう決断を下します。その期限は、活動を停止したゴジラが再び活動するまでの15日間。日本に核攻撃の悲劇を招くべきではないと考える矢口率いる組織「巨大不明生物特設災害対策本部」(巨災対)は、血液凝固剤でゴジラの活動を停止させる作戦に挑みます。

巨災対は解決の糸口を見出した凝固剤の精製に奔走するものの、どれだけ急ピッチで進めても期限までには1日足りないことに気づきます。そこで矢口は、核攻撃に前向きではないフランスに核攻撃を遅らせるよう内密に頼み込みます。

ここで矢口が行った「根回し」の仕方は、この言葉が喚起させがちな「計算高さ」や「したたかさ」といったイメージとは異なり、非常にスマートな印象を与えるものです。悪いイメージの付きまとう「根回し」ですが、場合によっては物事を円滑に動かすという利点もあります。そしてその「利点」は、ディザスタームービーの一種である「シン・ゴジラ」がフォーカスする‟危機に瀕した日本”において、いかんなく発揮されています。「矢口のスマートな振る舞いから学ぼう」。あえて深読みをすれば、そんなメッセージすらこの映画から読み取ることができるかもしれません。

「巨災対」という‟フレキシブル”な組織

「シン・ゴジラ」の前半では、政府を中心に物語が繰り広げられます。そこに広がるのは、各省庁が集結するため専門性こそ高いものの決して融通の利かない極めて日本的な風景です。前述したようにそのような組織も「平時」ならば何の問題もないのです。ですが、「シン・ゴジラ」のように予期せぬ問題が起こった際には途端に業務が立ち行かなくなります。この作品ではまさに「未知の存在」を相手にしているため、なおさらその様子が際立って描かれているのです。

矢口率いる巨災対は、やはり日本型組織とは好対照なものとして描かれています。巨災対は非常にフレキシブルな組織であり、縦割り組織に足を取られることがありません。巨災対の結成時に矢口がメンバーに呼びかけた「役職・年次・省庁間の縦割りを気にせず、ここでは自由に発言してほしい」という言葉はその象徴ともいえるでしょう。矢口は、メンバーの属性や所属を無視し、「自由な発言」を引き出そうとしたのです。

巨災対の代表的なメンバーは、矢口を補佐するサブリーダーでもある厚労省医政局研究開発振興課長、森文哉。無口で無愛想ながら、冷静にゴジラを分析する環境省自然環境局野生生物課課長補佐、尾頭ヒロミ。非現実的な見識を一笑するリアリストであり、世界中の研究機関とコネクションを持つ文部科学省研究振興局基礎研究振興課長の安田龍彦。どれも、一匹狼、変わり者、オタクと、普段であれば扱いづらい曲者ばかり。しかし、それぞれの持てる能力とネットワークを駆使して活躍している姿からは、彼らが決して無能ではないことは明らかです。

「非常時のリスク」まで見据えて組織や人材戦略を構想すること。その際に求められる要件は‟フレキシビリティ”。このようなネオリベラルな「組織・人材論」の存在をこの映画に垣間見ることは十分可能ではないかと思います。

「シン・ゴジラ」はこの時代の‟教養”映画だ

「シン・ゴジラ」は、「ゴジラシリーズ」の一作品であり、一流のエンターテイメント作品であることは間違いないと思います。

しかしここまで見てきたように、この作品は日本型組織の「有事」における無能さと、それに対する「フレキシブルな組織」の圧倒的な優位性を描いたという点において、「組織論」的側面を持つ作品であるとも言えそうです。だから、「シン・ゴジラ」は、この時代ならではの‟教養”映画だ、とさえ言えるのかもしれません。

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田中田中
東京都在住のライター・編集者。30代男性。趣味は特にない。
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