2018/05/09 公開

【後編】仕事では、お金よりも“いい人間関係”の方がずっと大切・佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)

失敗ヒーロー!

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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回ご登場いただくのは、『キュレーションの時代』をはじめ多くのベストセラーを手がけてきた作家であり、ジャーナリストとしても幅広くご活躍されている佐々木俊尚さん。後編では、佐々木さんが独自の強みを活かしながら“佐々木俊尚ブランド”を確立していったさまをご紹介。その背景にある、“失敗”や“人間関係”に対する興味深いマネジメント法も語っていただきました。

42歳で「独立」という選択も、基本的にはノープラン

――佐々木さんは毎日新聞社に12年間、そして月刊アスキー編集部に3年間在籍した後、2003年に独立してフリーになりました。その時はどのような心境でしたか?

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佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)
1961年生まれ。1988年に毎日新聞社に入社し、12年にわたって事件記者の日々を送る。記者時代にはオウム真理教事件、ペルー日本大使公邸占拠事件など歴史的事件にも立ち会う。その後1999年に『月刊アスキー』編集部へ移籍し、2003年に42歳で独立。以降はフリーのジャーナリスト・作家として、ITやコンピューター技術により社会がどう変革するかを基本テーマに取材執筆活動を展開。著書に「2011年新聞・テレビ消滅」、「仕事するのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ」、「電子書籍の衝撃」(大川出版賞を受賞)、「キュレーションの時代」、「『当事者』の時代」、「簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである」などベストセラー多数。

佐々木俊尚(以下、佐々木):これまでサラリーマンしかやったことがなかったので、辞める時は相当悩みました。本当に食べていけるのだろうかと。独立したのが42歳のことでしたから、周りからも「40過ぎてからフリーになるのはどうなの?」と散々言われましたね。でも、妻がイラストレーターとしてそこそこ有名だったので、ダメだったら妻に頼ることも少し考えていたのかもしれません。その程度の安楽さがあったからやれたのかなと思います。

――就職された時と同様に、綿密なプランと勝算があったというわけではないのですね(笑)

佐々木:全然ありませんでした。だいたい行き当たりばったりなんです。流れ流れてここまでやってきました。

――書籍の執筆も積極的にされているイメージがありますが、独立の背景には、本をどんどん書いていきたいというお気持ちも強かったのですか?

佐々木:最初はそこまで考えていませんでした。まずは自分のできることをマーケットにマッチさせることを考えていましたね。その結果浮かび上がってきたテーマの一つが、「ネット犯罪のルポルタージュ」です。このテーマならしばらくはご飯に困らないかなと思いました。

――ネット犯罪のルポとは、具体的にどんなものですか?

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佐々木:よく覚えているのが、迷惑メールの帝王と呼ばれていた人物のルポです。銀座の歌舞伎座近くのビルにサーバーを設置して、莫大な量の迷惑メールを送っている人がいるというので、会いに行ったところ、意外にもすんなり取材を受け入れてくれました。彼はもともと成人向け雑誌の後ろのページに「裏VHSを送ります」という広告を出してVHSを売り、それで200億円ほど稼いだ人物なんです。でも実はそれは空のVHSで、結局、詐欺容疑で捕まってしまう。それでも200億円のかなりの部分をうまく隠し、刑期を終えた後にそのお金で銀座にビルを買い、上階をサーバールームにした。そしてオタクのお兄さんたちを5、6人雇い、迷惑メールを送りまくっている、と。そういった取材記事をたくさん書きましたね。

また、ネット犯罪以外にも、お金持ちの生態みたいな記事もいくつか書きましたね。当時はまだリーマン・ショック前で、“ヒルズ族”をはじめお金を山ほど持つ人がたくさんいたんです。

――それが最初のご著書につながるのですね。

佐々木:はい、2005年の『ヒルズな人たち―IT業界ビックリ紳士録』という本です。その2冊後に出した『グーグル 既存のビジネスを破壊する』という本がありがたいことにとても多くの方に読んでいただいて、計12万部のベストセラーになりました。

リーマンショックで変わった「仕事」への意識

――フリーになってから、本当にやりたいことができているという実感はありましたか?

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佐々木:やりたいことはやりつつもそれだけでは生活できないので、自分にできそうなマーケットをひたすら探す、という状態でしたね。当時、ITに精通していて、そのうえで現場を取材してルポにまとめられる人はあまりいなかったんです。でも自分にはそれができる。だから仕事がいろいろと降りてきたんだと思います。正直に言えば、すごくやりたい仕事というわけではありませんでしたが、全ての仕事に対して一生懸命に取り組みました。

一方で、自分的に一番興味があったのが、「ITが実社会をどう変えていくか」ということでした。でもこちらはあまり仕事の依頼が来ない。だからそれは主にブログで書きました。ブログは2005年から書き始め、2006年くらいに突然アルファブロガー・アワードの運営者から「今年のアルファブロガー・アワードに選出されました」と連絡がきて、知らないうちにアルファブロガーになっていました。

――そこから現在の作家活動を中心としたスタイルに移っていったのですか?

佐々木:仕事のスタンスが切り替わった大きなきっかけはリーマンショックとその後の出版不況です。リーマンショックの前までは、出版業界がまだ割と元気で、業界にぶら下がっているだけでみんなそこそこ収入があったんです。でもリーマンショックと出版不況により雑誌が一気に消滅し、仕事が全くなくなってしまった。本を書いても売れない。だから2008年から2009年にかけては「いったいどうすればいいんだろう?」と途方に暮れていました。思い悩んで試行錯誤した末にたどり着いたのが、「本をたくさん出すことをやめる」という戦略でした。

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