坂口恭平 借り物の言葉を捨てよ。自分の言葉から生まれる自分の価値【後編】

失敗ヒーロー!

2020/07/10
Pocket

生きる価値はコミュニケーションから生まれる

――しかし、記憶をさかのぼりながら10個を挙げるのは、容易ではありません。

▲作品展の様子

坂口:そう、難しい。「いのっちの電話」でも、多くの人が言葉につまります。そこを少しずつ、少しずつ、掘り出していくお手伝いをするんですよ。「何も出てこないというけれど、真っ暗ではないよね? ぼんやりと何が見える? それを教えて」って。すると、何かしらが出てくるんです。何かしらが出てきたら、後は具現化するだけ。そして、具現化したものを僕に見せること。「お裁縫」という言葉を引き出せたとしたら、その完成品を僕に送ってもらうんです。僕に見せるとなれば、作り上げるというタスクが生じるから。

取り組むべきタスクがあり、それを見せるべき人がいれば、少なくともタスクに向き合う時間は死なずにいられる。生きられる。生きていくってそういうことだし、見せるべき人は、絶対に僕以外にもいるんですよ。どんな人だって、一人で生きてきたわけじゃないから。これも記憶をさかのぼって、「あなたのいいところはここよ」と言ってくれた人を一人でも思い出せたら、その人が見せるべき人。でも、本当に苦しい時には誰かの助けがないと記憶をさかのぼれない。混乱状態のままでは、全てを悪いほうに考えてしまうから。だから、その時は僕に電話しろ。それが「いのっちの電話」。

――「いのっちの電話」は、自分の存在価値を肯定しくれるような存在ですね。「あなたにはやるべきことがあり、それを見せるべき人がいるんだよ」と。

坂口:だって、それが人間だから。やりたいことが見つからない自分を卑下するのも、他人と自分を比較してしまうのも、人に誇れるような行動を起こして、それを誰かに伝えたいから。人が生きる価値は、コミュニケーションから生まれるんですよ。コミュニケーションを取るための最も基礎的なツールは言葉ですよね。だから僕は、「いのっちの電話」で話をして、その人の言葉を少しずつ少しずつ、引き出していくんです。

でも、多くの人は自分の言葉を持たない。自分自身の記憶や経験から必死になって掘り出した言葉じゃなく、借り物の言葉で話している。借り物の言葉でしか、コミュニケーションを取っていないんですよ。だから社会の渦に巻き込まれて、自分が見えなくなってしまう。人間がコミュニケーションを求める生き物である以上、言葉は土壌なんです。土壌がしっかりしていればこそ、安定して歩いていける。自分の言葉を持つことは、自分自身の土壌を耕すことなんです。

自分の言葉を持つことが世界を明るくする

――自分自身の言葉を持つことが、自分自身の土壌を耕す?

▲坂口さんが撮る写真

坂口:そう、自分自身の言葉。それは、独自の言語や表現を持ちなさいということじゃない。自分の経験に基づいた、自分にしか伝えられない言葉。それを掘り出すためには、自分の心を深く探らなきゃいけない。でも、掘り出すことの大切さも、その掘り出し方も、誰も教えてくれない。「いのっちの電話」に年間2000人から電話がかかってくるのも、いかに自分の言葉を持たない人が多いのかを示しているじゃないですか。だから今後の僕は、文章の教育をしていく方向に向かっていくと思う。

――坂口さんが先生となり、文章の教育をする。とても楽しみです。受講したくなります。

坂口:僕の文章の教育は、すごく厳しくなると思いますけどね。記憶の深くまで、心の深くまで掘り下げて、生徒の誰もが言葉を失うくらいに厳しくなると思う。もしかすると、みんなが鬱になってしまうかもしれない。でも、鬱って悪いことじゃないから。言葉を失うくらいの苦しさを経験して、そこから掘り出した言葉が自分の言葉。こうやってみんなが自分の言葉を持てれば、世界はもっと明るくなるんですよ。だって、文化という言葉の由来は、刑罰や威力を用いず、文によって人を導くことだから。

自分自身の言葉を必死に掘り出して、それを言葉にする。むしろ、それこそが教育の根幹になるべきですよ。「日本人の国際競争力は低い。その原因は英語をしゃべれないからだ」なんて、問題はそこじゃない。僕の経験からして、掘り下げに掘り下げた言葉というのは、すごくシンプルなんです。シンプルな言葉は、翻訳してもけっして鈍らない。必死に掘り下げた言葉は鈍らないんですよ。そのことを教えるのが教育。そうした教育機関がない以上、僕がやるしかない。僕がやるしかないじゃないですか。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.