坂口恭平 誰にとっても生きるテーマは「自分を満足させること」【前編】

失敗ヒーロー!

2020/07/09
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書くことで初めて知った、一切の違和感のなさ

――「生みの苦しみ」という一言から、自身が何をすべきかが見えた?

▲新刊書『自分の薬をつくる』のゲラ

坂口:そんな気がします。ただ、この時点では躁鬱病の診断はされていないんですよ。産業医の彼は精神科医ではなく、あくまでもカウンセラーという立場だったから。それでも、思い立ったからには猪突猛進。出版社への依頼もギャラの交渉も全て一人でやって、『0円ハウス』が発売されたのが2004年です。大して売れなかったものの話題にはなって、そこで初めて、全くの違和感のなさを知りましたね。いつもなら圧を感じるのに、作家としてインタビューを受ける時だけはストレスも違和感も生じない。

執筆を始めたのも、この流れ。建築家、写真家としての活動に興味を持ってくれた人たちが「お前は書け。お前は書ける」と背中を押してくれて。今では日課になっている、朝起きたら原稿を10枚書くという行為を始めたのが2007年。書くことを習慣化したタイミングで、バイトを辞めたんです。原稿を書くなんて初めてのことなのに、朝の4時、5時に起きて書き始めると、9時までには10枚書けちゃう。しかも誰かに依頼されたテーマじゃなく、自分自身の本を作るという意識で書くと、脳みそ全体が躍動してるのがわかるんですよ。

――周囲からどれだけ評価されても混沌としていた「坂口恭平のすごさ」。その輪郭が、徐々に浮き彫りになる様子が感じられますね。

坂口:そんな感じかもしれない。しかも2007年って、妻と結婚した年でもあるんですよ。バイトを辞めて、無職で結婚。それなのに2007年の一年間は、一度も鬱になっていませんからね。ただ、2008年に奥さんの妊娠が発覚。こうなったら無職じゃいられない。一年ぶりにバイトを再開したところ、見事に人生最悪の状態です。違和感のなさを知ってしまった分、社会に出た時の反動が増幅したんでしょうね。振幅の激しさゆえに鬱の時期に入り込むと、もう、動けない。奥さんに引きずられるように、初めて心療内科を受診。躁鬱病の診断をされたのが2009年です。

僕のテーマは「この体をいかに満足させるか」

――坂口さんは躁鬱病の診断を受け、「不思議ではなかった。むしろ、やっぱりそうなんだとホッとした」というお話をされていますね。

▲坂口さんが描くパステル画

坂口:振り返ってみると、予兆だらけじゃないですか。僕は地頭だけはいいんで、向かうべき問題集さえあれば、解いていけるんですよ。しかもその段階で、自分の仕事はわかっていた。書いていれば、脳全体が躍動する。作家としてそこにいれば、何の圧も生じない。書くことに疲れたなら、時に絵を描き、時に音楽をやればいい。ついに娘も生まれて、食っていくことへの怖さが拭えたわけじゃない。でも、ここで割り切らないとダメだと思って。それくらいしんどかったし、大変だったから。

――お話を聞いていると坂口さんの人生は激動である反面、緻密さも感じます。自分らしくいられる行為、いられない行為を着実に取捨選択しながら、進んでいるというか。

坂口:周囲に「すごい」と評価され、自分でもその評価は当然だとさえ思っているのに、すごさの実態がつかめない。すると何の満足感も得られない。どうしたら自分は満足できるのかを探して、つかんで、それでも本当に束の間。満足感を得た分だけ、より最悪な状態に落ちていく。こんなことを繰り返してきたから、どうしたら自分を真に満足させられるのか、それを追求することに貪欲なんですよ。半端なく貪欲。だから僕のテーマは、この体をいかに満足させ、充実させるか。でも、それって本当は僕だけじゃない。誰にとっても生きていくことのテーマは、自分を満足させることじゃないですか。

今年から野良仕事を始めたんです。畑にいると、生物がいかに満足感を求めているのか、よくわかります。のびのびと枝を伸ばせてこそ健全じゃないですか。人間も一緒で、自分の好きなように枝を伸ばして、好きなように実りたい。それなのに出荷サイズも出荷時期も決められて、身勝手な剪定をされてしまう。「高級デパートに出荷されますから」なんて言われると、つい納得したりもして。でも、それは自然な姿じゃない。自然じゃない以上、違和感が生じるし、満足なんてできないですよ。そう考えると僕はひたすら、自然な姿に還ることに貪欲だっただけ。それだけだと思うし、人の苦しさは剪定されることにあると思うんですよ。

後編では・・・

幼い頃から予兆を見せていた躁鬱病に苦しみ、苦しみの実態を明らかにするのと同時につかんだ本当の自分――。死にたいと苦しむ人の声に耳を傾け、そして対話をする「いのっちの電話」も、坂口さんだからこそできることです。そこで後編では「いのっちの電話」にフォーカス。坂口さんはどのように苦しむ人々の言葉を聞き、どのような言葉をかけるのか。それを探った先には、あるべき日本の姿まで見えてきました。

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