佐渡島庸平/コルク代表 独立することよりも、世の中の流れを知らないことのほうが、ずっと怖かった【前編】

逆境ヒーロー!

2020/02/18
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成功の裏には、逆境が隠されている。そんな逆境をはねのけ活躍する“インディペンデントな人たち”の成功の秘訣に迫る、『逆境ヒーロー!』。今回は、漫画家や小説家といったクリエイターのエージェント会社「コルク」代表、佐渡島庸平さんが登場。佐渡島さんは本好きゆえに就職した講談社で編集者となり、ヒット作を連発しながらも独立を決意。出世街道ともいうべき道を捨て、日本では革新的な試みとなるエージェント業に挑んだ理由は何なのか。その歩みをヒモ解くと、自分を変えるための思考法が明らかに!

あふれんばかりの伝えたい言葉が孤独を癒した

――佐渡島さんは著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』のなかで、「編集者になってから、ずっと感じていた孤独感が消えた」という趣旨のお話をされています。編集者という仕事が孤独を癒したのは、なぜだったのでしょう?

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ、兵庫県出身。中学時代を南アフリカで過ごし、灘高校を経て東京大学文学部卒業。2002年に講談社に入社し、「週刊モーニング」編集部にて『バカボンド』『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』といった数多くのヒット作に携わる。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社・株式会社コルクを設立。インターネット時代におけるエンタメのモデル構築を目指し、作品編集のみならず、著作権管理やファンコミュニティの形成・運営も行う。著書に『ぼくらの仮説が世界をつくる』『WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. 〜現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ〜』などがある。

佐渡島庸平(以下、佐渡島):社会に出て、コミュニケーション能力が上がったからだと思いますね。そもそも人は、言葉を使ってコミュニケーションを図ります。特に日本人の場合は、肉体的な接触が少なく、コミュニケーションの道具が言葉しかないことが多い。にもかかわらず、相手の話が理解できないことも、自分の話が通じないことも、往々にして起こるじゃないですか。コミュニケーション能力が乏しいあまり、本当の意味でのコミュニケーションが成り立っていないんです。

まずもって僕たちは、コミュニケーションの方法を学ばないまま、社会に出ますよね。子どもは親の方からコミュニケーションを取ってもらえる、それは学校でも変わりません。なぜなら学校における生徒とは、授業料を払っている消費者だから。カフェの店員さんに「ご注文は何になさいますか?」と聞いてもらえるのと一緒なんです。すると能動的なコミュニケーションを必要とされるのは、社会人になってから。僕自身も社会に出て、コミュニケーション能力が培われたことで人とのつながりを見つけられた。そのつながりが、孤独を癒したんだと思います。

――すると、たとえ編集者という職に就いていなくても、佐渡島さんの孤独感は消えていたのでしょうか?

佐渡島:いや、編集者という仕事に就いたことは、大きかったと思います。ただ、仕事の内容云々ではありません。確かに編集者には、作家との深い対話が不可欠です。コミュニケーションなくしては成り立ちません。でも、それ以上に大きかったのが編集という仕事が大好きになり、そのなかで大好きな作家さんたちと巡り合えたことです。

編集という仕事も作家さんのことも大好きだから、僕には伝えたいことが次から次へと出てきた。もしも別の仕事に就いていたとしたら、伝えたい言葉が浮かばず、指示されるままだったかもしれない。指示に従うままでは学校と一緒。リアクションとしてのコミュニケーションでしかありませんよね。伝えたい言葉があったからこそ、自分とは何者なのか、自分が発言する意味とは何なのか、思考するクセが身についたんです。

社会の変化を知らないまま生きるのが怖かった

――好きであるがゆえに言葉があふれ、その結果、コミュニケーション能力が培われたわけですね。そうした仕事に就かれ、佐渡島さんはヒット作を連発されました。出世街道そのものだったはずですが、独立された理由を聞かせてください。

佐渡島:インターネットの出現によって、社会が大きく変化し始めたのが1998年。僕が講談社から独立して、コルクという会社を立ち上げたのが2012年です。講談社にいたころの僕は、この約10年間に起こっていた変化に気づけずにいた。おもしろい漫画を作るにはどうすればいいのか、いい主人公とは何なのか。エンタメを作る人間として邁進していたため、社会を見る余裕がなかったんですね。ふと気づいた時には、恐ろしく変化していた。

その変化を知るためには、講談社を出るしかないと思ったんです。あまりにも居心地のいい家で育つと、かえって不安になるじゃないですか。「このまま実家にいていいのか。一人暮らしを経験しないことには、社会性が身につかないんじゃないか」って。それと同じ感覚ですね。講談社の居心地があまりにも良く、仕事があまりにも楽しいから、かえって独立の必要性を感じたんです。だったら、「出ちゃえ!」って。

――そこで「出ちゃえ!」という選択ができるところに、佐渡島さんの行動力を感じます。

佐渡島:いや、行動力も何も、社会の変化を知らずに生きていくほうが、ずっと怖かったんですよ。今回の取材に限らず、「講談社を出ることに怖さはなかったのですか?」と、よく聞かれます。それでも僕からしたら、わからない状態に身を置き続けるほうが、ずっと怖い。独立という選択は、わからないことを知り、学ぶための手段に過ぎません。

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