2017/05/11 公開

異例すぎる退任発表で、奇跡を手に。ルイス・エンリケの心理マネジメント

小澤一郎「名将のマネジメント」第2回

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チームの潮目を変えた、異例のタイミングでの発表

「チャンピオンズリーグ優勝以上の、最高の気分だ」

FCバルセロナのDFジェラール・ピケは、サッカーの歴史において例を見ない「0−4からの大逆転劇」を実現した後の気持ちをこう表現した。

2017年2月14日(現地時間)に行なわれた、UEFAチャンピオンズリーグ・ラウンド16第1戦。バルセロナはパリ・サンジェルマン(以下、PSG)を相手に0−4の大敗を喫した。リオネル・メッシ、ネイマール、ルイス・スアレスという世界最強の3トップを擁し、優勝候補筆頭として他チームから恐れられていたバルセロナが何もできないまま0−4で敗れたことは、世界を驚かせた。

バルセロナのルイス・エンリケ監督は試合後、「まだ第2戦がある」とコメントしたものの、第1戦のスコア、内容からして第2戦での大逆転を信じる者などいなかった。実際、同大会では過去に4点差をひっくり返しての大逆転劇はなかった。
 
しかし、ミラグロ(奇跡)は起きる。ルイス・エンリケ監督率いるバルセロナはホームでの第2戦、アウェイゴールを許しながらもアディショナルタイムの劇的ゴールで6−1の勝利をおさめ、2戦合計6−5で準々決勝進出を決めた。
 
奇跡に向けて潮目を変えたのは、他でもない指揮官のルイス・エンリケ監督だった。第2戦の一週間前となるリーグ戦(対スポルティング・ヒホン)の試合後、彼は突然16−17シーズン限りでの退任を発表したのだ。

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異例の発表劇の裏に、メンタルコーチの存在

ルイス・エンリケ監督とバルセロナとの契約は、今シーズン限りだった。この発表がある前から「退任濃厚」とうわさされてきたものの、シーズン終了まで3ヶ月もあるタイミングは「異例」のもの。選手にとってもこのタイミングは驚きだったようで、この発表直後にラジオ番組のインタビューに出演したFWルイス・スアレスも「正直驚いた。予想していなかったから」とコメントしている。

エンリケ監督自身から、このタイミングでの発表を選んだ理由の説明はない。だが、間違いなく第2戦に向けたチーム内外の“空気作り”が理由の一つにあるだろう。事実、エンリケ監督は監督業を開始した2008年から個人でホアキン・バルデスというメンタルコーチを付けている。彼は監督会見やトレーニングにおけるエンリケ監督の一挙手一投足に目を光らせ、会見における言葉の選び方や選手へのコーチングについてアドバイス、フィードバックを行なっているのだ。
 
退任が既定路線だったとはいえ、この早すぎる退任アナウンスは、選手の気持ちが離れてしまうリスクを伴っていた。一種の博打だ。リスクを承知で退任発表を行ない、結果として歴史的な逆転劇の布石を打つことができた理由は、やはりエンリケ監督がホアキン・バルデスという有能なメンタルコーチを身近に抱えていたからだろう。
 
第2戦直前に退任を発表することがチームのメンタル面にどういった影響を与えるのかを専門家に相談し、思い切った決断をした。このことで、チームには「今季限りのミステル(監督)に、無様な終わり方をさせるわけにはいかない」というプラスの気持ちが湧いた。そこには、エンリケ監督の巧みな人心掌握術が垣間見えた。

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小澤一郎(おざわ・いちろう)
1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。著書に『サッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)などがある。株式会社アレナトーレ所属。
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