【前編】「乙武洋匡という人間は、騒動前に言われていたほどいい人間ではないし、騒動後に言われているほど悪い人間ではない」・乙武洋匡(作家)

失敗ヒーロー!

2019/01/16
Pocket

華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回ご登場いただくのは、20年前に発売された著作『五体不満足』が日本における単行本発行部数歴代4位の大ベストセラーとなり、以来活動の裾野を広げてきた乙武洋匡さん。2016年に発覚したスキャンダルにより政界入りを断念。活動の未来が見えないという状況のなか、小説『車輪の上』を書き下ろしました。前編では小説を中心にお話を伺います。

執筆動機は貼られたレッテルを引き受けて生きていくホストたちへの共感

――最新作の小説『車輪の上』ではホストクラブを舞台に、車椅子の若者の姿を描いていますが、“レッテル”がキーワードなのかなと思いました。

乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)
1976年4月6日生まれ、東京都出身。作家。先天性四肢切断という障害を持って生まれる。早稲田大学政治経済学部在学中に『五体不満足』を出版し、600万部を超える大ベストセラーとなる。大学卒業後はスポーツライターから教員に転身。2016年にスキャンダルが発覚し、噂されていた参院選出馬を断念。2018年10月に出版された小説『車輪の上』では車椅子のホストを主人公に描いた。今後の活動は現在模索中。

乙武洋匡(以下、乙武):この小説のテーマは、レッテルに縛られることの生きづらさです。僕は子どものころから、褒められる機会がすごく多かったんですね。歩く、食べる、字を書く。ただそれだけで、よくできるねと褒められました。でもよく考えたら、他の人は普通にしていることで、特に褒められることではないわけです。なぜ僕だけが褒められるのかと子どもながらに考えた時、「あなたは障害者だから、何もできないでしょう」という前提があるからだと気づいた。どこか下に見られている気がしてすごくモヤモヤしましたし、その時の感情が僕の人生のなかで、最初に気づいたレッテルに対する違和感や反骨心の始まりだったのかなと思います。

――そのなかで、ホストを主人公にされた理由をお聞かせください。

乙武:僕の親友がホストクラブのオーナーで、20代前半はよく彼の店に飲みに行っていました。ホストの子たちとも仲良くなって、身の上話を聞いていたんです。「お父さんが4人いた」とか、「万引きをしないと生きていけないくらい貧しかった」とか、しんどい境遇の子が多かった。それでもみんな自分の人生を引き受けて生きている。レッテルに縛られながらもそれを引き受けて生きていくことをテーマに小説を書こうと思った時、ぱっと彼らの顔が思い浮かんだんです。

――乙武さんも、否応無しに貼られるレッテルと付き合われることが多いかと思います。乙武さんなりの付き合い方があれば教えてください。

乙武:子どもの頃もせっかく褒めていただいているなら、素直に受け取れるようになりたいと思いましたね。どうしたらいいのかと考えた時、他の人より秀でてしまえば、障害者だからではなく、結果を出しているから褒められているのだと思える。自分自身がそのレッテルから逃れるために「クラスで一番勉強ができるようになりたい」「字がうまく書けるようになりたい」と。努力というと月並みですが、そういう向上心につながっていったのかなと思います。

いつからか期待された、「清く正しい乙武さん」

――先生だから、障害者だからと、どこかピュアな人だと思い込まれたりする部分もあるかと思います。

乙武:そうですね。今から20年前、22才の時『五体不満足』を出版しました。車椅子を得意げに乗り回して先生に叱られた小学生時代、不良少年とつるんで授業を抜け出していた中学生時代、部活にのめりこんで赤点ばかりを取っていた高校生時代。どれも優等生然としたエピソードはないですし、むしろ、車椅子に乗ってるのにこんなにやんちゃだったんだ、というような物語だったと思います。でも有名になるうちに「清く正しい乙武さん」というイメージが広がっていきました。そのことには僕自身、違和感だけでなく恐怖すら感じていました。自分が大した人間ではないことは自分が一番知っているので、いつかメッキが剥がされるに違いないと思いましたし、剥がされるならなるべく早く剥がしてしまいたいと思っていたんです。

――具体的にはどうやってそのメッキを剥がそうと思っていたのでしょうか?

乙武:テレビに出る時には、必要以上に露悪的に振る舞ったりもしてみました。でも、できあがった記事や番組を見てみると、その部分はばっさりカットされている。そういうことが何年も続くうちに、「あぁ、自分にはきれいな部分しか求められていないんだ」と諦めの境地に達しました。自分のふざけた部分や未熟な部分、スケベな部分を出したところで取り上げてもらえないのならば、相手のニーズを受け入れて「皆さんが求める『乙武さん』としてやっていくしかないのかな」と思ったのが、30歳手前くらいですかね。それから10年経ち、39歳の時にあの騒動がありました。

――つまりスキャンダルがあって、メッキが剥がされた、ということですか?

乙武:そうですね。ただ、「清く正しい乙武さん」のレッテルは崩れ去ったと思うんですが、また違うレッテルが貼られていると感じます。自分で言うのも変なのですが、乙武洋匡という人間は、騒動がある前に言われていたほど、決していい人間ではないし、騒動後に言われているほど悪い人間でもないと思うんです。人が褒めてくださった部分も、最低だと言われた部分も、僕の一面です。どちらもあって僕が形成されているんですが、多くの人は、白一色か黒一色で人間を評価するものなんだなと痛感しました。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.