「女だから仕方ない」と母親たちが問題を見送る術を磨き過ぎてきた結果がいまのPTAじゃないかっていう側面について

PTAから考える、多様な生き方と働き方。

2018/02/02
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著者:大塚玲子
 

この連載も残すところあと1回となった今、書いておかないとね、と思うことがあります。それは「女たち自身も、ラクを選んできた面はあるよね」ということ。

 いえね、実際には、ラクじゃないんですよ。
 ただ、無意識の部分でラクを選ぶというか、責任を負うまいとして選択する行動が、結果的に自分たちの首を絞めてきたところもありますよね?
 というところを言いたい。

 どういうことか、具体的に考えてみましょう。

***

 繰り返し書いてきたとおり、PTA会長は男性ばかりです。そして逆に、会長以外のPTA役員・委員は圧倒的に女性ばかり。

 ずっとそうだったから、という理由が大きいと思われますが、それだけではないでしょう。
 実際に委員・役員選びが行われる現場では、よくこんな声が聞こえてきます。

 「そういう面倒な仕事は、男の人にやらせておけばいいのよ…!」

 そう。母親たち自身、「そのほうがラクだから」といって、その前例踏襲を甘受してきたことも事実なのです。

 「長」とつくからには、PTA会長にはやはり、責任が伴います。
 といってもあくまで任意の非営利団体、そうやたら重い責任ではありません。企業を経営する「社長」のように、「失敗したら会社が倒産して社員が路頭に迷ってしまう」といった迫力ある責任を負っているわけではない。

 考えられるのは、せいぜい「PTAのお母さんやお父さんたち(ほかの会員)から、苦情や陰口を言われる」だとか、「地域の重鎮や、会長OBでもある町内会長から呼び出されて小言を言われる」だとか。
 要は、「クレームの矢面に立つ責任」がメインでしょうか。

 とはいえ、それだってもちろん、楽しいものではありません。和を貴ぶニホンジン、誰しも、他人から文句や陰口を言われたくはないもの。とくに女同士の関係は「並列」が基本ですから、そのなかで「長」として抜きんでるリスクは避けたいものです。

 となれば、「ここは男の人を立てておきましょう」という昔からの女の便利な合い言葉で、男性会長を選んでおくのがブナンでラクちん。
 そんな面もたしかにあったはずです。

 PTAだけではありません。家庭のなかでも、同じようなところがあったかと。

 正直に言いますが、結婚して子どもができたとき、わたしは「これで(しばらくは)堂々と仕事を離れられる」と思い、うれしかった。
 全員じゃないにせよ、これを思ったことがある女の人は、たぶん多いと思うのです。

 あのときわたしはたしかに、ラクを選んだ。そのことは、自覚しておかなければいけないと思っています。

 代償は遅れてやってきます。たとえば、子どもが幼稚園や小学校に入り、そろそろ仕事を再開しようかな、というとき。

 「家のことはこれまで通りに、あなたがちゃんとやってよね」と夫に言われ、仕事も家事育児も全部やらざるを得なくなるとか。

 年齢や仕事のブランクのために、自分の能力や希望に合う仕事がなかなか見つからず、時給単価の低い仕事に就かざるを得ないとか。

 そこでまた夫から「稼ぎが低い分、家事育児はやってよね」と追い打ちをかけられるとか。

 離婚をすれば、さらに大変です。満足に稼げる仕事は見つからず、低賃金で長時間働いたうえ、家事育児もすべてひとりでやることに。
 そうなってからもがいても、簡単に挽回することはできません。

***

 「そうはいっても、ほかに選択肢なんかなかったじゃない? PTA会長は男がやるものと決まっていたし、男が稼いで女が家事育児をするって、みんなそう思ってたでしょう。
 どうすればよかったと?」

 そう、それも事実なんですけれどね。

 たしかに、世の中全体が、「そういうこと」になっていました。
 女は結婚して子どもを生んだら、家事や育児、その他賃金が発生しない各種無償労働(PTAを含む)を引き受けるもの。

 PTAではじゃんけんやくじ引きで委員決めをして、もしも当たれば、一切の事情は関係なしに、委員をやらざるを得ないもの。

 その無言の圧力に、どう抗えばよかったのか。
 もし抗っていたら、抗うような感性を身に着けていたら、そもそも結婚もできていなかっただろうし、子どもももてていないだろうし。

 だから、もちろん、女のせいだけではないんですよ。ないんだけれど。
 それでも、「女がそれを選んできた部分も、ゼロではない」ということを認めないと、変われないんじゃないのかな、と思うのです。

 女たちは、「従い慣れ」し過ぎてきたんじゃないでしょうかね。
 あれもこれも「女だから仕方ない」、と黙ってあきらめる術を磨き過ぎてきたのではないか。

 そのために、本当は変えられることも、黙って見過ごしてきたのではないか。

 「いやだいやだ」と文句を言うだけで、PTAのさまざまな問題点に目をつぶり、「子どもが卒業するまで」を駆け抜けてきたのではないか。

 そういう面も、たしかに、あったと思うのです。

 それは女たちが、母親たち自身が、「やめよう」って思わない限り、やめられないんじゃないかと思うのです。

 「母親たちは被害者だ」と言い続けているだけじゃ、ずっと変わりますまい。

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大塚玲子

編集者、ライター。主なテーマは「PTA」と「いろんな形の家族」。各地で講演、テレビ・ラジオ出演多数。PTAでは学年総務部長。
シングル母。著書『PTAがやっぱりコワイ人のための本』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』。
http://ohjimsho.com/