【後編】会社を起こして1週間。社長という仕事が天職だと感じた・太田光代

失敗ヒーロー!

2018/03/08
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回ご登場いただくのは、芸能プロダクション・タイタンの社長であり、爆笑問題・太田光さんの妻でもある、太田光代さん。後編では、社長を天職だと感じたエピソード、そして太田光代さんの経営哲学について語っていただきました。

やってみると天職だった「社長」という仕事

――社長という座に就かれて、ご自身にはやっていける手応えはあったんですか?

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太田光代(おおた・みつよ)
1964年生まれ。高校卒業後に、スカウトにより芸能界に入る。1989年、コントの打ち合わせをきっかけに、爆笑問題・太田光と出会う。その後、同居生活を経て、1990年に結婚。1991年に芸能プロダクション「タイタン」を立ち上げ、1993年に有限会社化。その後、多くのお笑い芸人を輩出。近年では、芸人に限らず、ミュージシャンの辻仁成や元大阪府知事の橋下徹を所属させるなど、その人材は多様化している。また、「タイタン」とは別に、2003年にはハーブ専門店「ウィッチムーン」を、2007年にはフラワーショップ「a Flower of Grassアリエル」を、2009年にはトータルリラクゼーションスペース「キューピット・ハート」をオープン。2016年には犬・猫・鳥のグッズ専門店「プリンセス・ミニモ」を開業するなど、芸能事務所経営にとどまらない経営者としての才能を見せつけている。

太田光代(以下、太田):これがですね、やってみるものなんですよ。私には細かいことをずっと考えちゃう癖があったんです。どうでもいいことなのに、ああでもない、こうでもないって。答えなんか出ないんですよ。ただ悩んでるだけ。でも、そんな自分の短所が、経営においては長所に変わりました。経営者っていうのは、リスクを考えたり、さまざまな角度から先の先まで考えなければならない。その力がないと将来設計はできないんです。だから、考えることは無駄ではないんですよね。そう思った時に「この仕事は私に事向いてる」って気づきました。短所が、急に長所に変わったんです。「この仕事、もしかしたら天職かもしれない!」って、会社を立ち上げて1週間で思わず夫に言っちゃいましたね。

――とはいえ、未知の領域ですから、立ち上げ当初は苦労の連続だったのでは?

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太田:うーん、苦労だと思ってないんですよね。やらなきゃいけないことが次から次にあって、それをこなしているうちに、あっという間に10年くらい経ってました。だから、私、30代の時の記憶がほとんどないんです。苦労があったのかどうかもわからないくらい忙しかったから。でも、楽しかったのだけは覚えています。

――そうなんですね。経営者の太田光代さんと、タレントの太田光代さん、2つの人格に違いはあるのでしょうか?

太田:会社を経営するには、「真剣さ」が必要なんです。だから、芸能活動をすることには多少ためらいがありました。でも、珍しいケースじゃないですか。タレントが所属事務所の社長で、しかも所属タレントの奥さんだなんて。それに会社って「宣伝してなんぼ」っていう部分があるから、「私が広告塔になれるならなってやろう」という気持ちでタレント業もできるだけ続けるようにしました。だから人格を使い分けてるっていうよりも、今は根本には「社長としての私」があり、「タレントの私」が宣伝担当としてメディアに出てるって感じなのかな。

――光代さんは、エッセイなどで「社長業は男性的な仕事だ」とおっしゃられていますよね。

太田:芸能界って、圧倒的に男性社会なんですよ。サバサバしていないとやっていられない。いちいち、ナイーブにいろんなことに反応していたら、身がもたないんです。性格的にも雑になっちゃう。でも、それは女性にとって良くないことでもありますよね。だから、花とか見て綺麗だなって思ったり、動物を飼ってかわいいなって思ったりする感覚を大事にしているんですよ。そうじゃないと本当に男性化しちゃうから(笑)。

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