【前編】謝ることが、最初の一歩。爆笑問題の失敗から学ぶ・太田光代

失敗ヒーロー!

2018/03/06
Pocket

華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回ご登場いただくのは、芸能プロダクション・タイタンの社長で、爆笑問題・太田光さんの妻でもある、太田光代さん。若くしてタイタンを立ち上げ、夫の太田光さんをマネジメントする。それだけでもたくさんの苦労があっただろうことは想像できます。太田光代さんを成功に導いた人生哲学とは一体何だったのでしょうか?

本当は主婦になりたかった

――太田光代さんが芸能界に入られた経緯からお聞かせください。

ohtamitsuyo2

太田光代(おおた・みつよ)
1964年生まれ。高校卒業後に、スカウトにより芸能界に入る。1989年、コントの打ち合わせをきっかけに、爆笑問題・太田光と出会う。その後、同居生活を経て、1990年に結婚。1991年に芸能プロダクション「タイタン」を立ち上げ、1993年に有限会社化。その後、多くのお笑い芸人を輩出。近年では、芸人に限らず、ミュージシャンの辻仁成や元大阪府知事の橋下徹を所属させるなど、その人材は多様化している。また、「タイタン」とは別に、2003年にはハーブ専門店「ウィッチムーン」を、2007年にはフラワーショップ「a Flower of Grassアリエル」を、2009年にはトータルリラクゼーションスペース「キューピット・ハート」をオープン。2016年には犬・猫・鳥のグッズ専門店「プリンセス・ミニモ」を開業するなど、芸能事務所経営にとどまらない経営者としての才能を見せつけている。

太田光代(以下、太田):もともとは主婦になりたかったんですよ(笑)。高校生の時にお付き合いしていた年の離れた方と、卒業したら結婚しようと思っていました。でも、卒業と同時にあちらのご両親にご挨拶に行ったら「まだ早いんじゃないか」と言われたんです。せめて20歳までは待った方がいい、と。でも、私は結婚する気で就職も決めていない、大学も受験していない。どうしようかなって。そこで、何度かスカウトされたことがあったから、興味半分でモデル事務所に足を運んだんです。おそらくそれが私の人生の最初の失敗だったんでしょうね(笑)。

――では、芸能界を目指していたっていうほど強いお気持ちがあったわけじゃないんですね。

太田:ありません。軽い気持ちで芸能界の扉を叩きました。事務所に入る時も「すぐ辞めるので……」みたいなことを言ったと思います。でも、頂いたお仕事はちゃんとこなしていましたよ。あの頃はクイズ番組やバラエティ番組のアシスタントが流行っていて、私はTBSの『アッコにおまかせ!』の初代アシスタントを務めました。所属事務所もいくつかのミスコンテストに応募して、タイトルをもらったりして。そんなことをしているうちに、どんどん先の仕事まで決まっていきました。お付き合いしていた方に「もう少し待ってください」と言ったのだけど、「もう待てない」って言われちゃって。その時、「仕方ないな、これからは仕事に生きるしかないな」って、この世界で生きていくことを決意したんです。23歳か24歳頃のことですね。

――タレント志望ではなかったということは意外でした。でもそこから、渋々タレント「太田光代」が誕生したんですね。

ohtamitsuyo3

太田:そうですね。モデルって、今とは違って当時は24歳くらいまでが活動期限でした。それを過ぎたら別のジャンルに転向しなくちゃいけない。そこで私はあるタレントプロダクションに入るんです。そこには、山田邦子さんや片岡鶴太郎さんを筆頭に、芸人がいっぱい所属していました。私の同期も、松村邦洋くんや彦摩呂さん、そして爆笑問題がいたんです。彼らと出会ったのがすべての始まり(笑)。「仕事に生きる」って決めた矢先に、爆笑問題・太田光が家に居着いたんです、私のところに。

爆笑問題・太田光との出会いがすべてを変えた

――初めて会った太田光さんの印象ってどんな感じでしたか?

ohtamitsuyo4

太田:ライブで見せるネタはすごいなって思ってました。ただ、太田と田中の区別がつかなくて。どっちが太田なのか田中なのかわからないまま居着かれたんですよ(笑)。私、思わず聞いちゃいましたもん。「大変失礼ですけど、どちらが太田さんですか?」って(笑)。

――光代さんとしては、その後、こんなに芸能界に関わっているとは思っていませんでしたか?

太田:全然思っていないですよ。でも働くことはすごく好きなんです。だから友達には「主婦になっていたとしても、必ず趣味を仕事にしていただろうね。家に居続けるようなタイプじゃないよ」って言われます。きっと、そうだったでしょうね。それでも、結婚には強い憧れがあったから、仕事にこれほど熱心になるとは思ってませんでした。結婚への理想が高すぎたんでしょうね。完璧な家庭像を描いていたんです。けれど、逆の方へ、逆の方へ行ってしまいました。

――若くして芸能界入りしたわけですが、経営者でもある光代さんには芸能界はどんなふうに見えますか?

太田:タレントとして活動していた時と、会社をつくってからではガラリと変わりましたよね。タレントの時は、依頼された仕事に対して期待されるパフォーマンスを遂行すればいい。一方で、経営者としては芸能事務所を経営している以上、タレントに仕事を与えなければならない。仕事を成立させなければいけません。自分のことだけではなく会社全体のことを考えて、芸能界を見る。そういう視点が身につきました。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.