2017/08/01 公開

「近代家族」と父娘関係の切なさについて

オフィスラブ小説論 第7回 「最高殊勲夫人」

Pocket

 

昭和の高度経済成長期に「サラリーマン小説」というジャンルを開拓した人気小説家がいた。源氏鶏太(げんじけいた、1912-1985)である。最近、獅子文六と並んでちくま文庫から復刊が続いている。今回はその一冊、1958~59年にかけて週刊誌に連載された源氏鶏太の「最高殊勲夫人」を取り上げる。「昭和のラブコメ」と帯で謳われた本作は、オフィスラブ小説の「原型」のような小説である。

この物語のヒロインは、21歳になる野々宮家の美しい三女・杏子(きょうこ)だ。父親の野々宮林太郎は、勤続約32年になるサラリーマンである。当時一般的だった定年年齢の55歳を翌年に控え、再就職先探しに苦慮していた。高円寺で暮らす野々宮家は、妻・杉子と、長女・桃子、次女・梨子、三女・杏子、そして高校生の長男・楢雄の6人家族だ。
この3年のうちに、桃子に続いて梨子もお嫁にいった。それも、三原家の三兄弟の長男・次男にそれぞれ嫁いだのだ。その経緯はこうだ。
桃子は、東京・丸の内にある三原商事に秘書として勤務していたとき、創業者社長の長男で営業部長だった一郎と恋仲になり、結婚した。その後、社長が急逝し、一郎が社長になった。つまり桃子は三原商事の「社長夫人」になった。次女・梨子も姉の後任として秘書室に勤務すると、一郎の弟で専務取締役の次郎と恋仲になり、結婚する運びになった。
梨子の結婚話を聞かされたとき、林太郎は、次郎の人柄も認め、良縁であるかもしれないと思いながら、内心では秘かな「恐れ」を抱いていた。それはこの結婚が外見上、いわゆる「玉の輿」に見えはしないか、ということだ。

 三原商事といえば、丸の内にあって、一流でないまでも、二流の上の部に属している会社である。が、林太郎は、太陽化学工業株式会社の経理課長に過ぎなかった。一介のサラリーマンなのである。そんなサラリーマンの娘が、二人までも、三原商事の一族と結婚するということは、如何にも、そのことを計画的に狙ったようで、痛くない腹までを探られそうで嫌だった。
 林太郎は、梨子を、勤めに出すとき、こういう結果になろうとは、夢想だにしなかったのである。
 にもかかわらず、桃子の結婚の時ですら、
「これで、君は、停年後も安心だね。」
 と、同僚からいわれた。
「何故?」
「三原商事の嘱託ということにして、遊んでいても、月給が貰えるじゃアないか。結構なご身分だよ。」
 林太郎は、珍らしく、憤然としていった。
「冗談もいい加減にしてくれたまえ。僕には、そんなさもしい気持は、毛頭もないんだ。娘は娘、親は親だからね。」
 林太郎は、そのときのことを思い出していた。これで、梨子と次郎を結婚させたら、更に、何をいわれるか、わかったもんではないのである。
 しかし、林太郎は、決心した。娘は娘なのだ。そのために、自分が世間から何んといわれようが、一向にかまわないのだ、と。
(『最高殊勲夫人』(ちくま文庫、2016年)、16~17頁)

こうして、野々宮家三姉妹と三原家三兄弟のうち、それぞれ上の二人どうしが結婚した。周囲は冗談まじりに、杏子と、三原家三男で八重洲にある大島商事で働く三郎との結婚をささやくようになる。
そしてそれを最も野心的に目論んでいるのが桃子である。桃子は、杏子を三郎に嫁がせ、「玉の輿三重奏」を完成させるという計略を持っていた。いまや「社長夫人」としての貫禄を備え、夫への絶大な影響力を持つ桃子は、あの手この手で杏子と三郎をくっつけようと画策する。
だが当の本人たち、杏子と三郎はそれに気づいている。二人が三郎の行きつけの「銀座のバア」に初めて入る場面で、この古典的ラブコメの「お約束」が示される。

「しかし、桃子嫂さんは、どうやら、それを狙っているらしい。要するに、あのひとは、世界制覇をたくらんでいるんだ。」
「世界制覇?」
「僕は、前から兄貴に、三原商事へ戻ってこい、といわれている。その上、君と結婚してみろ。桃子嫂さんは、兄貴より偉いんだから、即ち、世界制覇だ。」
「で、何か、思いあたることがあるの?」
「今日だって、君のことを、気のやさしい娘だから、ぜひ、交際してみろと、いやに積極的だったし、梨子嫂さんの話がきまったとき、冗談まじりに、君と結婚しないか、といわれたような気がする。」
「あたしだって、桃子姉さんに、三郎さんと強引に結婚させて、一生、威張り散らしてやるわよ、といわれたわ。」
「危い、危い。」
「そうよ。」
 そのあと、二人は、ふっと、黙り込んだ。しかし、やがて、その沈黙に堪えられなくなったように、三郎がいった。
「とにかく、桃子嫂さんは、女傑だからな。権謀術数にたけている。だから、こちらも、対策が必要だ。」
「何んとか、方法がある?」
「要するに、二人は、どんなことがあっても、結婚しなければいいんだ。」
「あたしに、そんな気は、すこしもないのよ、悪いけど。」
(同、35~36頁)

利発な杏子は恋人がいると嘘をつき、大島商事社長の娘との縁談がある三郎と協力して、自分たちの結婚=「桃子の世界制覇」が実現しないよう共闘する。林太郎だって、「娘は娘だ」と何度も自分に言い聞かせながら、もう「玉の輿」だと揶揄されたくない。

さまざまな思惑が交差するなか、杏子にもまた、三原商事に秘書として勤めないかという話がやってくる。もちろんこれは、三郎を三原商事に戻して杏子とくっつけたい桃子の差し金だ。それを承知の上で、お花やお茶を習いにいくだけで毎日家にいることに飽き飽きしていた杏子は、「実社会に、直接、触れてみたかった」という理由から勤務を決める。また、杏子の胸の奥にはもう一つ、「恋人がほしい」という動機があった。「結婚前の娘」としての実家暮らしでは、恋人などできようがない。
丸の内の三原商事で社長秘書として働き始めると、杏子の世界はガラっと変わる。社内の男性社員たちや三郎の親友・風間圭吉、三郎のガールフレンドである社長令嬢・大島富士子や兄の武久など、魅力的な男女と交友を深めていく。そして、杏子と三郎それぞれに別の結婚話が動き出す頃、二人はお互いに惹かれ合っていることに気づいてしまう……。

本作を読んでいると、1950年代後半の東京のオフィスライフを追体験しているようで楽しい。
「丸の内OL」になった杏子が、秘書業務を教えてくれた先輩の男性社員・宇野に、銀座のとんかつ屋へ連れていかれる場面が好きだ。

 銀座のとんかつ屋の一階の腰掛席は、満員であった。二人は、二階のお座敷へ上った。
「二階だって、値段にかわりはないんです。」
 宇野は、ちゃんと知っていた。
 尤も、二階のお座敷といったところで、追い込みなのである。衝立で仕切って、いくつものテエブルが並べてあった。誰も彼も、気楽に笑ったり話したりしながら食べている。杏子は、就職祝に、桃子から、同じ銀座の高級レストランでご馳走になったときのことを思い出していた。あの雰囲気は、あまりにも貴族的であった。杏子は、自分には、絶対、この方がいい、と思っていた。
(同、112頁)

小説には、杏子の初任給が8千円で、この店のとんかつ定食は200円だと書かれている。厚労省「賃金構造基本統計調査」によれば、1958年の大卒平均初任給は11,700円。今の感覚では、この店だってとても庶民的とは言いがたい。だが、杏子が感じている、自分の給料で同僚と好きなものを食べることの新鮮さや喜びは、女性の「家」からの経済的自立が普通になった60年後の私たちにとっても変わらずリアルである。杏子はこの店を気に入り、父親や三郎を連れて何度も食べにくる。
「銀座のバア」で三郎が飲むハイボウル、マニキュアを塗った富士子が注文する「ジンフィーズ」なども、東京の風俗として読者の憧れを誘っただろう。
同じことは、見事「玉の輿」を実現した桃子と梨子の暮らしぶりにも言える。

……桃子は、芝のNアパートの九階にある梨子の部屋を訪れた。絨毯を敷いた洋間に和室、その他、手洗所、炊事場、風呂場がついている。テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機から電気掃除機まで揃っている。
 桃子は、ここへくるたびに、梨子が、かりに、身分相応の安サラリーマンと結婚していたら、とうてい、こんな豪勢な生活が出来なかったのだ、ということを思うのであった。今更、恩に被せるわけではないが、すべて、自分のお陰なのである。もし、自分のあとへ梨子を秘書としてすいせんしてやらなかったら、今頃、梨子は、せいぜい、四畳半一間の安アパートで暮していたに違いない。
(同、129~130頁)

社会科の教科書で習った、高度成長期の「三種の神器」が出てくる。当時の「サラリーマン小説」は、日本中の人々が都市のモダンな暮らしに触れられるメディアでもあったはずだ。
日本の高度成長期の「サラリーマン」像は、少なからず、源氏の書いた膨大な小説とその映画化の影響を受けていると言われている。
源氏は、作家として本格的に活動を始めた1950年以降の25年間で、83編の長編小説と300編近い短編小説を書き、映画化された作品は80本を超えている。恐ろしい仕事量だ。本作の映画化も、単行本刊行と同時、1959年2月公開という異様なスピード感で制作された。監督はスタイリッシュな画面構成と軽快な会話劇で人気絶頂だった増村保造で、主演の杏子役は同じ大映の看板女優・若尾文子。当時のスター勢揃いの趣である。

一方で、疑問も残る。
いくら高度成長期に「都市サラリーマン」的生き方が社会の主流になったとはいえ、そこには厳然とした労働者間の格差があったはずだ。東京の上流サラリーマン社会、しかもその上澄みである「玉の輿」を描いた本作が、どうして日本中でベストセラーになったのだろう。そこには、単なるトレンドを超えた、別の普遍性があったのではないか。

ここからは、ただの私の推測、仮説でしかない。「最高殊勲夫人」におけるそれは、おそらく林太郎と杏子の「父と娘の物語」である。
私がそう考える理由の一つに、戦中戦後から高度成長期にかけて活躍した小津安二郎の作品群がある。小津は『晩春』『麦秋』などの後期代表作で、「娘の結婚」を通じて揺れ動く父娘関係を描き続けた。
多くの小津映画で父親像を担った笠智衆は、「日本の頑固親父」とはほど遠いキャラクターだ。娘の婚姻を自ら差配するような封建的な家長ではない。父親は学者であったりサラリーマンであったり、生活に苦労しない経済力をもつインテリ階層ではあるが、それでもただの雇われ人である。一家の大黒柱として働きつつも、娘や婿に継がせるべき家業があるわけではない。戦争の影を背負う世代として、大事に育てた娘に経済的な苦労をさせたくないと願うが、親が勝手に結婚相手を決める時代ではなくなりつつあることも理解している。だから娘の配偶者の選択について語るべき言葉を持っていない。ただ娘の幸せを切に願っている。それが切ない。
『晩春』の父娘関係を母娘関係に置き換えたといわれる小津の『秋日和』(1960年)では、未亡人である母親の再婚話に拒絶反応をみせる娘・アヤ子(司葉子)を、親友の百合子(岡田茉莉子)がこう諭す。「平気よ。お母さんはお母さんでいいじゃないの」。この台詞は、林太郎の「娘は娘なのだ」というつぶやきと響きあっている。この時代には、親も子も、互いが独立した「個人」であるという新しい理念を苦労して咀嚼していたのかもしれない。

「最高殊勲夫人」の時代よりさらに遡ってみよう。
日本では現行憲法が施行されるまで、1898年公布のいわゆる「明治民法」で家父長制、つまり「家制度」に近代法としての根拠が与えられていた。そのなかには子どもの結婚の家長(父親)による同意要件があった。士農工商の各階層で、「家」が生産拠点であり経済活動の基本単位だった時代だ。子どもの結婚は、「家」の生存戦略・経営判断のなかで最も重要なイベントだった。
家族社会学者の筒井淳也は、この明治民法のもとでの家制度と、産業革命以後、工業化を遂げた現代の日本の「会社」との連続性について、以下のように指摘している。

こうしてみると、明治民法のもとでの家制度は、日本の会社とちょっと似ているところがあります。家長(=社長)が権限を持ち、家族員(=社員)がどこに住むのか(=どこで勤務するのか)を決めるのです。そして、家族員(=社員)に誰を入れるのかについても、権限を持っているのです。
(『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書、2016年)、44頁)

たしかに、本作に描かれる三原商事の三兄弟の公私混同ぶりや「社長夫人」桃子の暗躍は、家制度の延長としての「日本の会社」そのものである。
他方、本作の陰の主役である林太郎は、勤め先から定年より前に閑職である「参事」に追いやられる点で、彼ら経営層(しかもそこへ娘二人も参入している)とは一線を画する存在だ。しかも林太郎は、娘の婚姻に乗じて上の階層へ上ることを拒むという、中流としての矜持を持っている。だからこそ、誰よりも可愛がっている三女・杏子の結婚について、語るべき言葉を持たないのだ。「娘は娘」というつぶやきに込められたこの切ない父親像こそが、人々が共感できるリアルな「近代」だったのではないか。

また、「社長夫人」となった長女・桃子のヴィラン(悪役)としての魅力も見逃せない。物語は桃子の独裁・独断によって大きく動いていく。ディズニープリンセス映画におけるヴィランは、プリンセスと王子様がくっつかないように奔走するが、桃子は反対に、主人公たちを無理やりくっつけようと奮闘し、そのために彼らから謀反を起こされるヴィランである。その点も面白い。
サラリーマンの娘である桃子は、必死に上流階級としての振る舞いを身につけようとする。しかし、そこにはやはりどこか無理がある。大島家の御曹司・武久が杏子に交際を申し込んだと聞き、青ざめた桃子が大島家の千代子夫人に直談判しにいく場面。桃子は相手に格の違いを見せつけられ、燃えるような屈辱を感じる。
桃子には、秘書として三島商事に入ったときから、労働者として出世するという選択肢は微塵も存在しなかった。たまたま恋愛によって「玉の輿」を実現したあと、杏子や三郎、父の林太郎、そして夫である一郎からも強欲で厚かましい女として扱われる。だが、もし桃子が現代に生きていたらどうだっただろうか。「夫人」という肩書きの根本的な弱さに甘んじることなく、きっと労働者としてのし上がっていっただろうと私は想像する。

「最高殊勲夫人」は、娘の結婚シーンで始まり、娘の結婚シーンで終わる。
この連載の初回で書いたが、現代の結婚披露宴では、新郎と新婦双方の会社の上司による「部下プレゼン」バトルが繰り広げられることがある。
「新郎/新婦は、将来にわたって家族を養う賃金を受け取ることが約束された有望な労働者です」という趣旨を、それぞれの上司が婉曲的に説明する、あの時間だ。
自由恋愛を経て共働きすると宣言した、学歴・社会階層の近い夫婦において、なぜあれが今でも行われているのか、私は不思議に思っていた。
あの「部下プレゼン」は、会社員の夫&専業主婦の妻という、社会学でいう「近代家族」の型を踏襲するものではないか。それを慣例的に引きずり、夫婦双方の上司がやることは、この「共働き社会」では単に滑稽なだけなのでは? ……私の違和感を言葉にするとそんな感じだ。

しかしあらためて足元を見れば、あれがまったく無意味で形骸化したものであるとも言いがたい。
私は、働く友人たちが「彼の収入が不安定で……」と親への紹介に踏み切れないと嘆くのをときどき聞く。
結婚相手に収入の安定を期待するのは、私たちの世代でも普通だ。互いにフルタイムの仕事を持ち、結婚後も仕事を続ける意思があっても、経済的リスクを避けたいという事情はそう変わらない。
日本の労働環境ではいまだに、結婚・出産といったライフイベントごとに、会社がとつぜん労働者に牙をむき、容赦ない不利益を与えてくる。職場に一度根づいてしまったセクシズムは、法制度や啓発により表面上はとりのぞかれても、ふとした瞬間に顔を出す。
そのことを知る現代の娘の親たちは、もしかすると、「家制度」と「近代家族」の間で煩悶していた林太郎の「怖れ」と似た不安を抱えているのかもしれない。
それは、「近代家族」から「共働き社会」への移行期における不安だ。
娘が結婚後も仕事を持ち、経済的に自立した夫婦関係を築くことを応援しながらも、もしそれが困難になった場合でも生きていけるよう、娘の結婚相手には「家族を養える収入」を期待する。だが皮肉なことに、そうした高収入を得られる正社員の仕事とは、たいていの場合、仕事と家庭の両立が難しい長時間労働・高拘束・全国転勤の仕事であり、近代家族的な「専業主婦モデル」が前提になっている。
つまり、現代にいたっても何が正解なのかは分からない。親が娘の配偶者選択に対してかけるべき言葉はほとんどないのだ。ただ「幸せになってほしい」という切なる願いがあるだけである。
私たちは、「共働き社会」のほうへ向かっておそるおそる歩いていきながら、背中には今でも「近代家族」の切なさをずっしりと背負っているのだ。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
西口想(にしぐち・そう)
1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。仕事は主にリサーチ、労使交渉、企画・編集、原稿書きなど。文学と映画が好き。
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.