中川翔子 私に未来をくれたのは、好きを綴った“明るい遺書”【前編】

失敗ヒーロー!

2019/12/10
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回は“しょこたん”の愛称で親しまれる、中川翔子さんが登場。2004年に開始したブログが話題となり、“オタクなアイドル”のパイオニア的存在となった彼女ですが、過去にはいじめを経験。今年8月には、その実体験をもとに綴った著書『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』を上梓されました。中川さんはいかにしていじめを乗り越え、今を手にしたのか。その逆転劇をヒモ解きながら、現代の閉塞した社会を生き抜く術に迫ります!

「どうせ私なんて」が心の口癖

――今年8月に『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』を上梓された中川さん。自身のいじめを受けた体験も綴られ、なかでも自殺を試みるシーンには、非常に衝撃を受けました。

中川翔子(なかがわ・しょうこ)
1985年5月5日生まれ、東京都出身。2002年、「ミス週刊少年マガジン」に選ばれ芸能界デビュー、2004年に開始した公式ブログ「しょこたん☆ぶろぐ」をきっかけに大ブレイクを果たす。歌手、タレント、女優、声優、漫画など多方面で活動し、近年は自身の経験を踏まえた「いじめ・引きこもり」をテーマに多数の番組に出演。2019年8月には、いじめを受けた経験をもとにエッセイと漫画で綴った著書『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』を上梓。

中川翔子(以下、中川):17歳の時でした。いじめを経験した中学校を卒業して、すでにいじめからは解放されていた時期です。卒業後に進んだ通信制の高校では、自由な校風に心地よさを感じていたし、そのころには芸能活動も始めていました。でも、いじめの記憶って、そう簡単には消えないんです。私の場合、教室で絵を描いているだけで「キモいんだよ、オタク!」と罵られて。誰にも迷惑をかけていないのに、本当に意味不明ですよね。

当時の私は、思春期の真っ只中。今なら「意味がわからない!」と切り捨てられることもストレートに突き刺さり、どんどん、どんどん、ネガティブになってしまって。中学を卒業した後も「どうせ私なんて」が、心の口癖になっていましたね。こうしたネガティブな思いが積もり積もって、限界を超えてしまったんだと思います。まるで糸が切れたように、「死にたい」としか思えない。その衝動のまま、「もう、死んでしまえ!」となってしまって。

――そうした経験を持つ中川さんだからこそ、より強く、著書のタイトルが響きますね。

中川:「死ぬんじゃねーぞ!!」は、今だから言える言葉です。私は過去に二度、「死んでしまえ!」という状況を経験していますが、今、こうして生きていられるのは、本当に偶然。奇跡なんてきれいな言葉じゃなく、あくまでも偶然なんです。死なずに済んだ理由は、一度目はネコが通りかかったから、二度目は母が2階から降りてきたからでした。何か気配を感じて、ふと、我に返ったんです。

でも、その時は「死なないで良かった」とは思えなかった。泣きながら自殺を止めてくれた母に対しても、「何だ、来ちゃったのか」と思ったくらいです。後はただ、偶然にも死ななかった私がいるだけ。そのくらい淡々としていたからこそ、当時を振り返ると、本当に恐ろしくなります。

ブログは自分の生きた証しを残す“明るい遺書”

――壮絶ですね。今の中川さんからは、想像もできません。17歳の当時、「死なないで良かった」とすら思えなかった中川さんが、「死ぬんじゃねーぞ!!」と言えるようになったのは、いつごろからだったのでしょう?

中川:それはやっぱり、ブログを始めてからですね。ブログを始めるまでは、どうしてもネガティブな自分を断ち切れずにいました。せっかく「ミス週刊少年マガジン」に選ばれたのに、当時、所属していた事務所が閉鎖。今の事務所に移籍後、ずっと憧れていた戦隊番組への出演が決まりましたが、次の仕事につながらないんです。こうなると、もうダメ。いつ「死んでしまえ!」のスイッチが入っても、おかしくないような状態でした。

そんな精神状態だったから、ある種の開き直りです。「少しでも自分の生きた証しを残したい」と、ブログを始めました。当時はブログという言葉も浸透していなくて、いわゆる日記サービスの時代。しかもイメージ命のタレントが日記を公開するなんて、前代未聞です。私自身、神秘のベールに包まれた80年代アイドルに憧れていたから、自分のプライベートを明かすことがいかに御法度か、十分、理解していました。アイドルって、ミステリアスでいることが、とても大切なんです。

――その御法度を覆した「しょこたん☆ぶろぐ」は、芸能人ブログの先駆けになりましたね。

中川:もう、やけくそだったんですよ。反対されるのは覚悟のうえで、「携帯で撮った写真で、インターネットの日記をやりたいんです」と、お願いしました。私の無茶な提案にオーケーをくれた当時のマネージャーさんには、感謝しかありません。それがいざ書き始めてみると、頭に浮かぶのはツラい記憶や愚痴ばかり。過去から蓄積されてきたネガティブな感情が、あふれてしまったんだと思います。

けれどインターネットに書いた日記は、半永久的に残り続けます。ネガティブな内容ばかりでは自分が読み返した時にツラいし、誰かが読んだ時に「暗いヤツ」と思われるのも悔しい。だから「自分の好きなこと、楽しかったことだけ書く」という、マイルールを作りました。「この日記は私が生きた証しであり、明るい遺書なんだ!」と、心に決めて。

――その「明るい遺書」を書き始めたことで、どのような変化が生じたのですか?

中川:救われましたね。自分の好きなことを書いていると、本当に止まらないんです。自分の書いた言葉に、さらに興奮のスイッチを押される感じ。漫画にもアニメにも、ゲームにも映画にも素晴らしい作品がいっぱいあって、その素晴らしさはいかなる言葉を使っても、表現し尽くせない。どうにか表現したいしたいと書き綴るうちに、一日30回も更新していたりして。そもそものオタク気質が、大爆発していましたね(笑)。

さらにはブログを続けているうちに、共感の声が届き始めました。いじめを受けていたころには「キモい、オタク」と罵られていたことが、受け入れてもらえたんです。受け入れてもらえたどころか、一緒に語り合うような感覚ですね。ブログを始めて、読者のみんなとつながれたことで、「やっと生きる場所を見つけたぞ!」と思えたんです。

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