『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が巻き戻す30年

映画は観れないものだから心配するな 第20回

2019/12/25
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ここ数年、映画やファッション、音楽などのカルチャーシーンで「80年代リバイバル」が起きている。
『E.T.』(1982年)や『スタンド・バイ・ミー』(1986年)などのジュブナイルもの、ジョン・ヒューズの青春映画、ビッグシルエットの上着とケミカルウォッシュのジーンズ、濃い眉に真っ赤な口紅、ファミリー・コンピューター、テクノやニューウェーブ。少し前まで懐かしくもちょっと気恥ずかしかったこれらの文化遺産は、時代が一回りして逆に新鮮でかわいい/かっこいいモチーフとして引用されるようになった。文化のサイクルは30年か35年くらいで一回りするものなのかもしれない。
80年代リバイバルを盛り上げたのは、米Netflix制作のドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス』(ザ・ダファー・ブラザーズ監督・脚本、2016年~)だと言われている。このシリーズが示す「80年代文化」の再解釈は見事だが、ここでは、主人公の少年たちが新築のショッピングモールで観て大興奮する映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ロバート・ゼメキス監督、1985年)をとりあげたい。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』第1作の舞台は1985年、カリフォルニアの小さな町ヒルヴァレー。高校生の主人公・マーティ(マイケル・J・フォックス)は、近所の発明家・ドク(クリストファー・ロイド)の作ったタイムマシン完成に立ち会うが、予期せぬ事件に巻き込まれ、そこから30年前の1955年に一人でタイムスリップしてしまう。
1955年のヒルヴァレーではマーティの両親は高校生で、まだ運命の出会いをはたす前だった。マーティが繰り返し聞かされてきた両親のなれそめはこういうものだ。
母・ロレインの家の前で父・ジョージが車にひかれ、その車を運転していたロレインの父(マーティの祖父)によって家に運び込まれる。意識不明のジョージの姿にロレインが一目惚れして関係が始まり、11月12日のダンスパーティで愛のキスを交わす。その後、二人は結婚を決めた。
だが、タイムスリップして両親が最初に出会う現場に居合わせたマーティは、ジョージ(父)が車にひかれる前に木に登ってロレイン(母)の部屋をのぞき見しているのを見て、なんか話が違うぞとショックを受ける。さらにマーティは、車にひかれそうになったジョージをつい助けてしまい、自分が車にひかれる。そうしてジョージの代わりにロレインの家に運びこまれ、あろうことか若かりし頃の母に惚れられてしまうのだ。
マーティは自分が元いた1985年の世界に帰りたい。しかし、1955年時点の母親に惚れられたまま帰ると両親が結ばれなくなり、元の世界の自分がそもそも存在しなくなってしまう。存在が消えてしまう恐怖は、マーティが兄姉と写った写真を確認するたび、兄、姉の順で姿が消えていくという描写で表現される。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、古典的なロマンティック・ラブストーリーのお約束を使ったコメディだ。タイムスリップをした子どもが若い頃の両親のプロポーズを取り持つというアイデアは、漫画『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)が10年早く描いている(第1巻所収「プロポーズ作戦」、1975年)。当時すでに日本の子どもたちには馴染みのあるプロットだっただろう。
この映画が変わっているのは、主人公が母親から惚れられて性的に迫られる不安をコメディ要素として描いているところだ。監督のロバート・ゼメキスがハリウッドで企画を売り込んでいたとき、ほとんどの映画会社からSF×ラブコメ設定が「スウィートでソフトすぎる」という理由で断れ続けたが、唯一、ウォルト・ディズニーからはこのプロットが「近親相姦的」であることを理由にして断られたという。
その意味で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、ロマンティック・ラブという古臭くなった物語の型を使い、ギリギリのジョークとしてリバイバルさせた作品といえる。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、私の幼い頃のお気に入り映画だった。1984年生まれの私がこの作品を観たのは、映画館でもテレビの映画劇場でもなく、ベータテープとVHSテープが混在する父のダビングテープによってだ。
そして、考えてみれば私の父親も、この映画をコピーしたようなファミリー・ヒストリーを語っていた。
子ども時代から大人になるまでの話を私が聞きたがると、父は一通り話したあと、「あの時に別の道を選んでいたら、お父さんとお母さんは出会っていなかったし、君たちも生まれていなかったんだね」と締めくくった。
それを聞いたはじめの頃、私はショックを受けていた。おそらくマーティの直面した危機感と同じ、自分という存在の偶然性や揺らぎに気づく経験だった。
この世界は、ほんのわずかな差で自分が存在しない世界だったかもしれず、両親には私の親にならなかった別バージョンの人生がありえたのだ、と。私はそのパラレル世界に恐れおののきつつ、同時に魅力も感じていた。
だが、その語りは次第に父親の常套句になり、子ども(私)を理由に自分の過去を全肯定する万能の語りに聞こえるようになった。つまり、「いろいろあったけど、すべての分岐が君という存在につながっているんだよ」という、私を黙らせる物語的な圧力を感じたのだ。そのため、思春期の頃には「ふふん、また言ってら……」と聞き流すようになった。

私が「運命」というアイデアにこだわるようになった出発点には、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と、父親の語りへのこうした疑問があるように思う。
ある決定的な出来事と出会い(=真実の愛のキス)があり、一生を捧げるもの(=運命の人)と結ばれる。
この単線的な物語は現在でも強い力を持っていて、ロマンティック・ラブストーリーのみならず、私たちと仕事との関係においてもよく使われる型である。『その時歴史が動いた』的歴史観とでも言おうか。ブルドーザーの力ででこぼこを均し、太く明快な一本の筋にすることで、多くの人物や出来事を捨象する語りだ。
なお、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に関しては、戦後アメリカ社会にとって非常に重要な意味をもつ60~70年代を巻き戻して50年代に「帰る」ことの反動性、そうしたストーリーと当時のレーガン政権との親和性について、町山智浩『最も危険なアメリカ映画』(集英社文庫)が詳しく分析している。

現実には、私たちの生には潜在的で曖昧な動機がたくさんある。それらをランダムに行動に移して外部の世界との摩擦が起き、さらに偶然が重なり、たまたまある人とパートナーになったりある仕事に就いたりする。それを思ってもいなかったほど長く続けてしまった、という人生像こそが私たちのリアリティに近いのではないか。
そうした連鎖する偶然もまたひとつの「運命」と言えるだろうが、とびきり優れたストーリーテラーでもない限り、その複雑さを保ったまま筋の通った物語を語りきることは不可能だ。恋愛の物語も、仕事の物語も、私たちが生きるこの人生とはいつも少しズレている。そのズレを私たちは不可避なものとして受け入れてきた。
この連載で語ろうとしてきた映画とは、ある時代の物語をゾンビのように何度でも再生して観客の時間と離れ続けるメディアのことだ。だが映画を観るという経験はそれ自体がタイムスリップ的であり、そのとき物語と私たちの時間とのズレは多層的になり構造化される。たとえば、30年前にタイムスリップする『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を35年後の私たちが観ることによって。
この構造化の力について、私は考えてきたのかもしれない。


photo by fernando butcher

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