炭鉱映画としての『フラガール』

映画は観れないものだから心配するな 第16回

2019/08/27
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私は『ブラス!』(マーク・ハーマン監督、1996年)や『リトル・ダンサー』(スティーブン・ダルドリー監督、2000年)などの、炭鉱の町を舞台にしたイギリス映画が昔から好きだった。
90年代以降のイギリスの炭鉱映画は、80年代前半にサッチャー政権が炭鉱の合理化(赤字炭鉱の閉鎖計画)を進め、強力な炭鉱労働組合がそれに反対して長期間のストライキを行った時代を舞台にしている。
生業を奪われそうになった男たちが、連帯して新自由主義的な政権に対抗する。炭鉱労働は機械化の難しい、いわゆる3K労働であり、労働組合が強かったために労働条件も切り下げにくかった。
労働組合潰しの意図も隠さなかったサッチャーは、労働者階級にとって象徴的な「敵」だったため、作品内でも必ず何かしらの言及がある。近年では、性的マイノリティの若者たちが、彼らに差別的なサッチャーを「共通の敵」として、スト中の炭鉱労働者を支援したという実話にもとづく『パレードへようこそ』(マシュー・ウォーチャス監督、2014年)が作られた。

これらの作品には、終わりゆく「男の労働」への哀惜と批判がある。
『リトル・ダンサー』(原題『ビリー・エリオット』)では、主人公・ビリー(ジェイミー・ベル)がボクシングではなくバレエのレッスンに出ていたことを炭鉱労働者の父親(ゲイリー・ルイス)が知り、男らしくないと激怒する。だがのちにビリーの熱意と才能を知り、最後にはロンドンのロイヤル・バレエ学校の受験費用を稼ぐためにストライキを破って(労働組合の仲間を裏切って)職場に復帰しようとする。
スト破りをしようとする父親を追って、組合のリーダーでもあるビリーの兄・トニーが追いかけてくる場面は、何度観ても胸を打たれる。

トニー「父さん! 気は確かか? 今更なぜ?」
父「ビリーの夢をかなえてやりたい」
トニー「今まで頑張ったのに水の泡だ」
父「ビリーのためだ。才能を伸ばしてやるんだ」
トニー「だからってこんな……」
父「ビリーはたった11歳の子供だよ。小さな子供だ。おれを許してくれ……おれたちに未来が? おしまいだ。だがビリーには未来がある」

ビリーがダンスに夢中になったのは、フレッド・アステアが大好きだった亡き母親の影響だ。ビリーの父親は、炭鉱労働と分かちがたく結びついたマッチョな文化を息子に強制することをやめ、ビリーが母親から受け継いだ資質を伸ばそうと決めた。その決断の背景には、炭鉱労働という生業の「未来のなさ」があった。

イギリスの炭鉱映画が好きだったために、私は日本の炭鉱が閉鎖されていったのも1980年代だとなぜか思い込んでいたが、日本の炭鉱閉鎖ラッシュは1960年代である。
1959年、炭鉱労働者の大規模リストラに対して有名な三井三池争議が起こったように、1960年頃には、日本の石炭産業の未来が危ういことは多くの人が知っていた。
炭鉱産業が朝鮮戦争特需に沸いたのもつかの間、1962年には原油が輸入自由化され、安価な輸入石炭も入るようになった。その結果、1960~70年の10年間で国内の炭鉱数は622から74へ、炭鉱労働者は23万1,300人から4万7,900人へ、年間生産量は5,260万トンから2,830万トンへ、一次エネルギーに占める石炭の割合は34.4%から8.1%へ激減した。一つの産業がたった10年で吹き飛ばされたことになる。

当時の動揺する炭鉱町を描いた日本映画で、最もヒットした作品は『フラガール』(李相日監督、2006年)だと思う。
『フラガール』の舞台は1965年の福島県いわき市。常磐炭鉱ではすでに規模縮小と大規模リストラが既定路線で、労働組合には抵抗する余力もなかった。そんななか、常磐炭鉱は、生き残りをかけて奇策ともいえる新規事業を立ち上げる。それが温泉を利用した常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)だった。
フラダンサー養成のため、東京からプロダンサー・平山まどか(松雪泰子)が講師として呼ばれ、炭鉱長屋からは炭鉱夫の妻や娘たちが集められる。その一人・谷川紀美子(蒼井優)が主人公だ。
『フラガール』を「炭鉱映画」と言われてもピンとこないかもしれない。『フラガール』は、『ウォーターボーイズ』(矢口史靖監督、2001年)や『スウィングガールズ』(同監督、2004年)が大ヒットした文脈で、つまり田舎の若者が奮起する青春チーム映画として作られ、消費された面もあるからだ。
だが、例えば先に挙げた『リトル・ダンサー』と『フラガール』には、炭鉱映画としての共通点が多い。紀美子は父親を亡くしており、炭鉱で働く母・千代(富司純子)と兄・洋二朗(豊川悦司)と暮らしている。フラダンスという新しい夢を見つけた紀美子の前に立ちはだかるのは、炭鉱組合の婦人会を束ねる母・千代だ。

紀美子「ダンスの何がいけねえんだ? プロになったら、炭鉱で働くよりよっぽど稼げるようになっぺよ」
千代「明日っから選炭場で働け。ストリップさせるために無理して高校行かせたわけじゃねえ」
紀美子「高校さ行かせてもらってなんでも母ちゃんのいいなりか? おれ母ちゃんみたいな生き方したくねえ。これからは女も堂々と働ける時代だっぺよ」
千代「父ちゃんが生きてたらぶっ飛ばされてっぞ」
紀美子「おれの人生はおれのもんだ! ダンサーになろうがストリッパーになろうがおれの勝手だべ!」
千代「出てけ! 二度と帰ってくんな」

その後、家出して必死で特訓した紀美子のダンスを見て、フラダンスを「ストリップ」と蔑んでいた千代は心を動かされる。この展開も『リトル・ダンサー』と同じだ。
ハワイアンセンターのオープン直前、暖房設備の不具合でヤシの木が枯れそうになり、開館が危ぶまれる。この危機を知った千代は、真っ先にリヤカーを引いて町中を回ってストーブをかき集める。それを見た組合の男たちは「裏切り」と千代を批判するが、彼女はこう返す。

千代「うちの父ちゃん、お国の為だって寝る間も惜しんで石炭掘ってヤマん中で死んだ」
組合長「んだ。立派なヤマの男だった。」
千代「いままで、仕事っつうのは暗い穴ん中で歯食いしばって死ぬか生きるかでやるもんだと思っでだ。んだけど、あっだふうに踊って人様に喜んで貰える仕事があっでもええんでねえが」
洋二朗「母ちゃん」
千代「おらにはもう無理だけんど、あの子らなら、みんな笑顔で働けるそんな新しい時代作れるかもしんねえって。こんな木枯らしぐれえであの子らの夢潰したくねえ。すんません、ストーブ貸してやってくんちぇー。ストーブ貸してやってくんちぇー」

千代のこの言葉は、「ビリーには未来がある」という『リトル・ダンサー』の父親の台詞と響き合っている。

ビリーや紀美子には、「新しい時代」「新しい働き方」が託されている。
ビリーは一人で大都会ロンドンへ脱出し、紀美子は仲間たちと常磐に残るという両作の展開の違いはとても興味深いが、主人公がともにダンスという表現を選んだのは偶然ではない。
「暗い穴ん中で歯食いしばって死ぬか生きるかでやる」労働のイメージが旧来の労働運動とともに葬り去られたあと、ダンスこそが新しい「仕事」の象徴として称揚されているのだ。感情を表現し、人様に喜んでもらえる、自由な仕事。対比されているのは、古い/田舎の/男性的な/肉体を使った労働と、新しい/都会の/女性的な/感情を使った労働である。

ただ、この分かりやすい図式だけで炭鉱映画の魅力を説明することはできない。
紀美子が言い放った「おれ母ちゃんみたいな生き方したくねえ。これからは女も堂々と働ける時代だっぺよ」という言葉は、千代を深く傷つけただろう。
千代は鉱内事故で夫を亡くしたあとも、死と隣り合わせの炭鉱の仕事を続け、家族を養い、婦人会長という地位を得ている。誰より誇りをもって堂々と働いていたはずだ。
私は紀美子の外に向かうエネルギーにも、娘に生き方を否定された千代の傷つきにも、同時に感動する。これは何なんだろう。
今年公開されたドキュメンタリー映画『作兵衛さんと日本を掘る』(熊谷博子監督)では、筑豊炭鉱で生きた女性たちがどのように働き暮らしてきたかが描かれている。筑豊炭鉱では男女がペアになり、力の要る掘削は男性が、バランスを取りながら細い坑道を進む運搬作業は女性が行ったため、互いに信頼できる同僚と夫婦になることが多かったという。
私たちは「炭鉱労働」を過去の働き方として、すでに終わった、負けたものとして物語で消費している。だが、本当はほとんど何も知らないのではないだろうか。
そして、新しい、未来の働き方としていま称揚されているものについても、その足元をよく照らせば炭鉱労働と地続きなのかもしれない。『作兵衛さんと日本を掘る』を観て、ぼんやりとそう思った。


photo by James Mann

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