生き延びるための『GODZILLA ゴジラ』

2019/04/23
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私が思春期を過ごしたのは90年代後半。その頃ハリウッドは「ディザスター(災害)映画」を量産していた。
『ツイスター』(ヤン・デ・ボン監督、1996年)、『ボルケーノ』(ミック・ジャクソン監督、1997年)、『アルマゲドン』(マイケル・ベイ監督、1998年)、『ディープ・インパクト』(ミミ・レダー監督、1998年)。よりCG技術が進化して『デイ・アフター・トゥモロー』(ローランド・エメリッヒ監督、2004年)。
これらのヒットタイトルを観た個人的な記憶は、私の父と紐付いている。映画好きの父親に誘われてよく池袋のサンシャイン通りの映画館へ行った。
でも今になって考えれば、この父親との「紐付き」は個人的な記憶によるものだけでもない。そもそもジャンル映画としてのディザスター映画がそういうふうに作られているからだ。
ハリウッドのディザスター映画の基本形は「親子/夫婦の物語」。破滅的な天災によって父子が、夫婦が引き裂かれ、死に別れたり生き延びたりする。上に挙げた作品を一つでも観ていれば、クライマックスシーンを思い出してほしい。それはどこまでも核家族の危機のドラマである。

ハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』(ギャレス・エドワーズ監督、2014年)は、このディザスター映画の伝統を確実に受け継いだゴジラ映画だ。

『GODZILLA ゴジラ』は、富士山の麓にある架空の原発「雀路羅(じゃんじら)原子力発電所」を襲った大事故から始まる、あるアメリカ人家族の物語である。
雀路羅原発に派遣されていた核物理学者ジョー・ブロディ(ブライアン・クランストン)は、同僚でエンジニアの妻サンドラ(ジュリエット・ビノシュ)を直下型地震によるメルトダウン事故で喪う。死を覚悟した妻は夫に最愛の一人息子・フォードを託す。
15年後。成人したフォード(アーロン・テイラー=ジョンソン)はアメリカ海軍に爆弾処理班として勤務している。病院で働く妻のエル(エリザベス・オルセン)、幼い息子と、サンフランシスコで幸せに暮らしていた。そんなある日、父親のジョーが日本で逮捕され、フォードは身元引き受けのため東京へ飛ぶことになる。
ジョーは現在も、妻を奪った15年前の事故の真相を追っていた。孤独な調査を続け、マッド・サイエンティストのようになった父親を、しかしフォードも見捨てることができない。二人はかつて家族で幸せに暮らしていた家に向かう。
雀路羅原発周辺はいまだに立入禁止区域とされているが、空気はなぜか汚染されていなかった。父子は駆けつけた警備隊に再び逮捕され、原発跡地に作られた極秘の研究施設に連行される。そこで「ムートー」と呼ばれる謎の巨大生物の羽化に出くわす。このムートーこそ、自然地震と思われた事故の原因だった。研究施設はムートーにより壊滅させられ、ジョーは建物の倒壊に巻き込まれて死んでしまう。
フォードはそこで初めて、自分の両親の死の原因が原発だけでなく謎の巨大生物にもあると知る。
太平洋に放たれたムートーが各地で大パニックを引き起こすうち、ムートーの天敵としてどこからかゴジラが登場。米軍は巨大生物をまとめて掃討するために核ミサイルを用意するが、ムートーは白魚の踊り食いのように核弾頭を食べ、ますます精力をつける。ムートーの主食は核物質なのである(!)。いつのまにか雄雌2頭になったムートーは、子作りのためアメリカ西海岸で落ち合う。恐怖の巨大生物も親子/夫婦の物語の構成員であるのがちょっと可笑しい。
フォードは米軍のムートー殲滅作戦に参加することで、妻子を残してきたサンフランシスコに任務として戻り、両親を奪ったムートー、そして敵なのか味方なのか分からないゴジラと最後の決戦を迎える――。

『GODZILLA ゴジラ』には、ムートーとゴジラを長年追ってきた日本人科学者・芹沢猪四郎(渡辺謙)がキーパーソンとして登場する。芹沢の父親は、1945年8月に広島に投下された原爆によって亡くなっている。一瞬のシーンでしかないが、アメリカの原爆投下もまた日本人家族の物語として語られるのである。

ところで、ディザスター映画とは、そもそもどういったジャンルなのだろうか。
90年代という時代背景からは、地球温暖化などの環境問題への関心の高まりと、世紀末というある種の「気分」が、このジャンル映画のコアに反映されていることは容易に想像できる。
だが、もう少し踏み込んだ分析もある。
ポストモダニズムと英米文学の研究者であった三浦玲一は、90年代以降のハリウッドのディザスター映画量産の背景に、新自由主義のイデオロギーとしての「リスク社会」化を読み込んでいる。

 日本でもそうであったように、「グローバル化のなかで、これまでの福祉国家的な生存権の保障という理念――端的には、失業者ゼロの完全雇用という目標――は残念ながら守れません。これからは、国や組合を頼りにする(それらに依存する)のではなくて、フレキシブルに自助努力でやってください」というメッセージが、公式にも非公式にも様々なかたちで発せられるときに、セーフティネットなきセカイにおける夢のような成功譚として、これらディザスター映画が受け入れられたことは分かりやすいだろう。
三浦玲一『村上春樹とポストモダン・ジャパン――グローバル化の文化と文学』(彩流社、2014年)

ディザスター映画は、福祉国家が崩壊した世界の表象であり、「セーフティネットなき競争社会の比喩」である、と三浦は述べる。それゆえ、競争から零落したリスク社会の敗者=「負け組」の姿が、災害の犠牲者として作品に刻まれながら、「負け組」であるがためにその死は決して悼まれず、すぐに忘れ去られるのだ、と。
犠牲が成果を生んだり、作品の全体性に回収されることがないから、ディザスター映画は娯楽作品となる。また、そこは自助努力でサバイブすることが求められる「社会なきセカイ」だからこそ、必ず親子/夫婦の物語として完結するのである。

10代の頃、ディザスター映画を観るといつも、「現実」の皮が一枚はがれ落ちたような不思議な気持ちになった。
映画館を一歩出ると、何もかも崩壊したはずの世界が元通りに戻っている。ただこの都市の書き割りの向こう側には、すべてが一瞬で消滅する未来が見えてもいる。その可能性に少しだけ足元がふらつく。
生き残る、生き延びるという疑似体験が「娯楽」として大流行したのが90年代だったのかもしれない。

学校を出て働き始めると、「生き延びる」という言葉に再び脚光があたった。2010年代は、「生き延びるための○○」というタイトルの本が常に本屋に積まれていた時代だ。
きっかけはおそらく、NHK教育テレビでマイケル・サンデルの講義番組が人気を集め、その書籍化である『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』(早川書房、2010年/2011年に文庫化)が大ベストセラーとなったことである。
以後、思想から恋愛、文学まで、さまざまな人文書が「生き延びる」を売り文句に使うようになる。
95年の阪神大震災や2011年の東日本大震災の経験も、この言葉に重みを与えただろう。現在ではすっかり「リスクの多いこの社会で役立つ、使える」といった意味で定着したキーワードだ。

2010年代、というより平成という時代そのものが、「生き延びる」ことが半ば強制された時代だった――そう言っても言い過ぎではないくらい、この言葉は私たちの世界観の奥深くに刺さっている。
でも私は、「生き延びるための」という宣伝文句にずっと違和感を抱いていた。この言葉には「他人は死んでも自分だけは」という省略が隠されている。
もちろん災害時には自分の身は自分で守らなければならない。でもそれは、世界を理解するために読まれるはずの人文書が日常的に発すべきメッセージだろうか。
三浦の指摘を思い出したい。「生き延びるための」というキーワードは、「負け組にならないための」という命令やそれを内面化した自己啓発と表裏の関係にあるのではないか。

ハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』は、こうした90年代ディザスター映画の基本形式を受け継いでいる。一方で、ゴジラというキャラクターの原点を踏まえて原発や核兵器という題材を正面から取り上げたことで、「お気楽なハリウッド映画」としてのディザスター映画から逸脱している部分もある。
それは、この映画が「3.11以後のディザスター映画」として作られているためだ。
甚大な自然災害が日常となった現在、ディザスター映画は、スクリーン上だけの「娯楽」としては機能しにくくなった。津波に呑み込まれる人びとや爆発する原発を見ても、私たちはもはや驚きはしない。ただただ、深く傷つくだけだ。
ディザスター映画として作られた『GODZILLA ゴジラ』において、文明を壊滅させるものが天災ではなく、巨大生物と原子力の組み合わせであることには、「自然」という概念への批判的な問いが避けがたく含まれている。
この「自然」への問いは、同時に、「リスク社会」にも向けられている。私たちに「生き延びろ」「サバイブしろ」と号令をかけてきたこの新自由主義的な社会も、実は偽の「自然」なのではないか。だとすれば、その犠牲者、つまり「負け組」は、本当に自業自得なのだろうか?
現在、ゴジラという「巨大不明生物」は新たなリアリティを獲得しつつあるが、それは、20年以上絶大な力を持っていた「生き延びろ」というメッセージの、重要な変節を体現しているのかもしれない。


photo by Matthias Ripp

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