寅さんはクズか? 『男はつらいよ』の分からなさをめぐって

映画は観れないものだから心配するな 第11回

2019/03/26
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『男はつらいよ』(山田洋次原作・脚本、1969~1995年)は、今なお日本の「国民的映画」の筆頭に数えられる作品だ。
26年間・シリーズ全48作という途方もない規模で制作された本作は、1シリーズの作品数でギネスブックに認定され、国内の累計観客動員数は約8000万人にものぼるという。
主人公の車寅次郎を演じた俳優・渥美清(1928~1996年)の死によってシリーズは一度幕を閉じたが、戦後日本のポピュラーカルチャーの頂点にある映画といってよいだろう。

この「寅さん」シリーズに関して、少し前、ネットで興味深い記事を読んだ。はてな匿名ダイアリーに投稿された「『男はつらいよ』という作品が嫌い」という記事と、その投稿への反応や記者自身の感想も含めて紹介したキャリコネニュースの記事だ。
元投稿は「嫌い」と強めのタイトルが付されているが、その論旨をストレートに読めば、「『男はつらいよ』という作品が分からない」になるだろう。
投稿者の「分からなさ」はこう説明される。「寅さん」は一般に人情物語として受容されているが、その実、〈性格に難がありすぎて結婚もできない独身の自称テキ屋という男が、やりたい放題やっているだけの作品だったりする。なぜこれが人気があるのかが、大人になっても未だに理解が出来ない〉。
〈嫌悪を感じるくらい〉と書かれているが、文章全体に滲んでいるのはむしろ、寅さん=『男はつらいよ』を理解できない苛立ちや戸惑いである。

「寅さん」が〈クソみたいな男〉である、という率直な感想について、それを紹介するキャリコネニュースの記者も、〈これがまったく投稿者の言う通りなので笑った〉〈まあクズである〉と共感している。
元投稿で〈クソ〉の例として挙げられている「メロン」の場面は、第15作の『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年)に出てくるものだが、キャリコネニュースの記者は同作ではなく、映画第1作の『男はつらいよ』(1969年)を観た上で、〈わがままで支離滅裂〉〈矛盾だらけ〉の主人公像を、「大卒」というキーワードをめぐるアンビバレントな態度に見出している。
ここには、寅さん=『男はつらいよ』の受容における、ある断絶が示されているのかもしれない。

   *

シリーズ第1作の『男はつらいよ』は、寅さんのこんな口上から始まる。

桜が咲いております。懐かしい葛飾の桜が、今年も咲いております、思い起こせば20年前、つまらねえことで親父と大喧嘩。頭を血の出るほどぶん殴られて、そのままプイっと家をおん出てもう一生帰らねえ覚悟でおりましたものを、花の咲くころになると決まって思い出すのは故郷のこと。餓鬼の時分、鼻ったれ仲間を相手に暴れ回った水元公園や、江戸川の土手や、帝釈様の境内のことでございました。風の便りに二親も秀才の兄貴も死んじまって、今たった一人の妹だけが生きていることだけは知っておりましたが、どうしても帰る気になれず、今日の今日までこうしてご無沙汰に居ついてしまいましたが、今こうして江戸川の土手に立って生まれ故郷を眺めておりますと、何やらこの胸の奥がポッポと火照ってくるような気がいたします。そうです、わたくしの故郷と申しますのは、東京、葛飾の柴又でございます。

寅さんが成人する前に故郷/家を出て行った理由は、父親との不和であり、直接的なきっかけは「頭を血の出るほどぶん殴られ」たことである。
寅さんの経歴には諸説あるが、16歳で葛飾商業学校(現在の商業高校に相当)を中退して以来、全国各地を放浪しながら、縁日などの盛り場で露天商をして暮らしている。この仕事の仕方、暮らしぶりを指して「フーテン」(瘋癲)を自称する。
故郷に帰れなくなった原因の父親は寅さんと和解しないまま亡くなり、地元の柴又では異母兄妹の妹・さくら(倍賞千恵子)が叔父夫婦とともに暮らしている。
いわば寅さんは「失われた故郷への郷愁、それを、それが代表する調和と秩序を取り戻したいという欲望」(ルカーチ)を持った、「近代小説」的な主人公として登場する。

第1作はさくらの縁談をめぐる物語だ。
さくらは高校卒業後、丸の内にある大企業・オリエンタル電機でキーパンチャー(電子計算機係)として働いてきた。
寅さんが20年ぶりに帰郷した翌日は、さくらの縁談の日だった。親代わりの叔父が出席する予定だったが、寅次郎を迎えた宴会で二日酔いになってしまい、急遽、寅さんが縁談に同席することになる。
縁談の相手はオリエンタル電機の子会社の社長子息。さくらの社内での評判から、この縁談が持ちかけられたらしい。
上流階級のインテリ一族である先方を前にして、寅さんは最初、庶民の娘である妹のために見栄を張り、「立派な兄」を演じようとする。だが、酒が入るうち次第に元来の気質が出てくる。
高級ホテルの会食の席で下品な口上を連発しながら、商売道具である言葉によって、隠しようがない階級差を露呈させていく。もちろんここはシリアスではなく、コメディシーンとして演出されている。
後日、寅さんのせいで縁談が流れたことを知った叔父夫婦は、寅さんを責める。

おばちゃん(三崎千恵子)「ちょっと私に言わしとくれ。いいかい、寅さん。断られたのは、あんたのせいなんだよ。こんないい縁談めったにありゃしないんだよ。そう言っちゃなんだけどね、両親もなきゃ財産もないさくらちゃんだよ、いくら本人次第と言ったって、縁談となりゃ、今まで人に言えない、いろいろ辛いこともあったんだよ」
寅次郎「なんだよ、はっきりスッと言ってくれよ。つまり俺みたいなヤクザな兄貴がいるからさ、これが嫁に行けねえってこういうわけか」
さくら 「もうやめて。もういいのよ、あたし諦めてるんだから」
寅次郎「おお、そうだよ。人間諦めが肝心だよ。大体見合いについてってくれって言ったのてめえたちじゃねえかよ。それをなんだよグダグダグダグダ……愚痴っぽいババアだねえ」
おいちゃん(森川信)「ババアとはなんだババアとは!?」
寅次郎「おや? ジジイ怒ったね?」

さくら本人はそこまで乗り気ではなかったが、「両親もなきゃ財産もない」さくらにとって、この縁談は「玉の輿」に乗って一気に階級上昇を果たす機会だった。兄である寅さんもそれくらいは分かっている。だが、一応試みたものの、相手に合わせてインテリのフリをすることができなかったのだ。
自分が「フーテン」「ヤクザ」だから、つまり労働者階級ですらない、階級の「外」にいる存在だから、未来のある妹が嫁に行けない。かといって今さら堅気の会社員になったり所帯をもったりすることは(また、そういうフリをすることも)できない――意気揚々と20年ぶりに帰ってきた故郷で、寅さんは新しい葛藤を抱える。
ちなみに、映画史的に見れば、「娘の結婚」という伝統的なテーマが『男はつらいよ』では「妹の結婚」として受け継がれていると指摘できるだろう。その点、寅次郎を見守る柴又帝釈天の住職「御前さま」役を、小津安二郎監督の多くの作品で「娘の結婚」に揺れる父親像を担ってきた笠智衆が演じていることは、決して偶然ではないはずだ。

私たちにとって、寅さんの葛藤/主題はおなじみのものである。この映画の主題歌で繰り返し刷り込まれてきたからだ。
「俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ わかっちゃいるんだ 妹よ 
いつかおまえの よろこぶような 偉い兄貴に なりたくて」
(「男はつらいよ」星野哲朗作詞、山本直純作曲)
故郷を取り戻そうと帰ってきた寅さんは、最愛の妹の結婚に向き合うことで、「階級」の問題に引き裂かれる。
前述の記事で、寅さんの〈クズ〉さ、人格破綻ぶりを示す例として引かれた「大卒」に対する分裂した態度は、こうした寅さん自身の葛藤を示している。
隣の印刷工場で働く住み込みの青年職工たちに「あいつ(さくら)は大学出のサラリーマンと結婚させるんでえ。てめえらみたいな職工には高値の華だよ」とひどいことを言うのも、さくらに思いを寄せる職工の博(前田吟)が「僕は親兄弟もいないも同然だし、大学も出ていないから……」と弱音を吐くのを見れば「お前は大学を出なきゃ嫁は貰えねえってのか? ああ、そうかい。てめえはそういう主義か」と啖呵を切るのも、一見真逆のことを言っているようで、どちらも寅さんにとって真実なのである。
振れ幅が大きいのは、喜怒哀楽の激しい性格によるものだけでなく、寅さんがずっと日本的な階級社会の外部にいるからでもあるだろう。

ただし、娯楽映画『男はつらいよ』は、こうした一切の説明が野暮に聞こえるようにも作られている。
観客は寅さんの引き裂かれ方を目撃しながら、「バカだねえ、寅さんは」と、あまりシリアスな問題として意識せずに楽しむことができる。寅さんのむちゃくちゃさを笑っているうちに、そのドタバタからにじみ出る切実さをも感じとり、最後にはなんだかホロリとさせられるのだ。
そのコメディ映画としての洗練こそ、寅さん=『男はつらいよ』の魅力である。だが逆にウェルメイドであるがゆえ、今ではある種の「分かりにくさ」になっているのかもしれない。暗黙の了解だった含意がいつからか伝わらなくなり、現代の観客には寅さんがただの〈クズ〉に見える。

この半世紀の間に失われた文脈とは、戦後日本の「階級」の感覚であるだろう。
本作が作られた1969年から現在までの時間で、「大卒」という社会的ステータスの意味合いは大きく変わった。4年制大学への進学率は3倍以上増加して5割を超え、大きかった男女差も縮小した。
現在では「大卒」という言葉を「エリート」の意味で使う人は少数だと思われる。
だが、学歴と階級との強い関連は、半世紀経った今でもあまり弱まっていない。むしろ、「良い大学」を出ても望むような社会的地位や経済的な安定が得られるとは限らず、一方で学費の高騰により貧困家庭の子が大学進学を諦めざるを得ない現状を考えれば、今のほうがよりシビアな階級社会になっているとも言える。
寅さんの「大卒」に対する分裂した態度を「昭和」の話として片づけ、それを理由に〈クズ〉呼ばわりする現在のほうが、つらみが増しているように思えてならない。
寅さんが〈クズ〉に見えてしまうのは、寅さんがさくらの階級上昇を邪魔することに無意識にムカついているからではないか。それは一見、私たちに不可視なものになっている「階級」が、半世紀前よりも過激な形で存在している証左のようにも思える。

   *

最後にもう一つ、今『男はつらいよ』を観る面白さとして、その「男性性」表象を挙げておきたい。
寅さんは、いつも威張り散らしているマッチョで権威主義的な男性ではない。よく拗ねたり意固地になったりはするが、むしろ頻繁に泣き、喜び、笑う。敵対も早いが和解も早い。
そして観客はしばしば、泣き、笑っている寅次郎に感動する。
この「国民的映画」の男性主人公が、天気のように移り変わる喜怒哀楽を表現すること。ディズニープリンセス映画が世界中でジェンダー批評の対象となるように、この「男性性」の表象が日本社会に与えている影響についても考えてみる必要がある。

私が第1作で好きな場面の一つは、職工の博(前田吟)のプロポーズシーンだ。
寅さんを介したせいで、博の思いはさくらに伝わらず、博は自分の境遇・階級ゆえに、今の言葉で言えば「負け組」であるがゆえに振られたと思いこみ、心が破れる。
博は住み込みで働いていた印刷所を辞めることを決意し、別れを告げるため最後にさくらたちの家に立ち寄る。

博「僕の部屋から、さくらさんの部屋の窓が見えるんだ。朝、目を覚まして見てるとね、あなたがカーテンを開けてあくびをしたり、布団を片付けたり、日曜日なんか、楽しそうに歌を歌ったり、冬の夜、本を読みながら泣いてたり……。あの、工場に来てから3年間、毎朝あなたに会えるのが楽しみで、考えてみれば、それだけが楽しみでこの3年間を……。僕は出ていきますけど、さくらさん幸せになって下さい。さよなら」

この告白を聞いて、さくらは兄の不可解な言動のわけを知り、すべてを捨てて出て行った博を追いかける。それまで「結婚」に対して受け身だったさくらが、初めて主体的に行動する重要な場面だ。
さくらの勇気は同時に、寅さん=『男はつらいよ』の主題を解消してしまう。この後のさくらと博の結婚披露宴のシーンもすばらしいのだが、さくらが自らの意思で配偶者を選んだ以上、「俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ」という葛藤はあっさり解消される。

山田洋次も繰り返し語っているように、最初の映画版『男はつらいよ』は物語として完結している。それが熱狂的に支持されて、のちに膨大なシリーズ作品を生み出していくと制作陣が想定していなかったのは、こうしたプロットからも明らかだ。
シリーズとなった『男はつらいよ』は、「妹の結婚」ではなく寅さん自身の旅と恋物語、帰郷と出奔の繰り返しを定型としていく。
第1作で寅次郎の恋の相手が帝釈天の住職・御前さまの娘(光本幸子)であることは、寅次郎の故郷への恋慕が色濃く反映された設定だ。それ以降の作品は、近代小説的な故郷へ向かう欲望がかなり緩い形に変形され(気まぐれに出たり帰ったりする)、恋愛の描き方も多様になっていく。

と、ここまで野暮すぎる解説を重ねてきて、ふと立ち止まってしまう。寅さんという人物にはやはり「分からない」部分が残る。
この「分からなさ」は、私たちが親戚のおじさんやおばさんの人生の時間を思うときにふと感じる謎に似て、親しみとある種の近づきがたさが溶けあっている。
寅さんをめぐる断絶があるとして、それは世代や時代論だけでは語り得ない、もっと複雑な謎なのかもしれない。
それゆえ、彼がもう柴又に帰ってこなくなってからも、私たちは映画の登場人物たちのように、ずっと寅さんについて語り続けているのだ。


photo by jetsandzeppelins

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