『メリー・ポピンズ』のマジカル労働歌

映画は観れないものだから心配するな 第9回

2019/01/29
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前回取り上げた『スーパーの女』と同じく、子どもの頃大好きだった映画に『メリー・ポピンズ』(ロバート・スティーヴンソン&ハミルトン・S・ラスク監督、1964年)がある。
実写とアニメーションを融合させた、言わずと知れたディズニー・ミュージカル映画だ。「チム・チム・チェリー」や「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」など、一度耳にしたら忘れられない名曲が詰まった映画史上に輝く傑作である。1965年の米アカデミー賞では13部門にノミネートされ5部門で受賞している。
『メリー・ポピンズ』が面白いのは、実写とアニメの合成という手法にとどまらず、その物語においてもリアリズムと寓話性が見事に融合しているところだ。
主人公のメリー・ポピンズは魔法使いのナニー(乳母)。雇い主の家を住み込みで転々とする労働者階級でありながら、魔法で空を飛び、階級社会のイギリスで、階級別に分断された世界の間を自由に行き来している。
『メリー・ポピンズ』は映画史のなかで『スーパーの女』とはまったく異なる文脈にあるが、主人公が働く大人の女性であり、「働くこと」が物語に重層的に織り込まれている点は共通している。だから大人になった私たちが観ると子どもの頃とは違った視点から楽しめる。この映画の労働観は、特にミュージカルシーンの歌に込められている。

『メリー・ポピンズ』の舞台は、1910年のロンドン。「昔むかしある国で……」といった導入ではない、具体的な時代設定だ。
ロンドンの裕福な中流家庭・バンクス一家では、新しいナニー(乳母)を探していた。やんちゃな二人の子ども、姉のジェーンと弟のマイケルの面倒を見きれないと、最近もベテランのナニーに辞められてしまったばかり。
バンクス家の父親・ジョージは、Banksという名前の通り若き銀行家で、秩序や規律を重んじるビジネスマンだ。子どもたちを厳格に躾けられるナニーを募集する求人広告を出すと、翌朝、面接を受けに来た女性たちがバンクス邸の前に長い列をなす。
だが、その求職者の列に突然豪風が吹きつける。次々とどこかへ吹き飛ばされるナニー候補たち。そして誰もいなくなったバンクス邸の前に、傘をさした女性が悠々と空から舞い降りる。彼女こそ、子どもたちが希望した、優しく美しくて面白いナニー、メリー・ポピンズ(ジュリー・アンドリュース)。とても有名なシーンだが、いきなりの暴力的な登場である。ここは何度観ても唖然とさせられる。

ふだん雲の上で暮らしているらしいメリー・ポピンズは、天候を自在にあやつり、空を飛びまわり、動物たちとも会話できる魔法使いのナニーだ。彼女の鞄からは入るはずがない大きさの家具が次々と出てきて、バンクス家の子どもたちを一発で魅了する。
バンクス家の隣には毎日屋上から大砲を発射する元軍人が住んでいたり、笑いすぎると体が宙に浮いてしまうおじさんが登場したりと、主人公以外にも風変わりなキャラクターがたくさん出てくる。
「1910年のロンドン」という具体的な設定は、こうした奇妙な登場人物の背景に反映されている。大英帝国海軍の一員として植民地拡大に一生を捧げてきた老人が、引退後も世界征服の夢から覚めずに自宅の屋上から大砲をぶっ放していることもその一例だ。
また、バンクス家の母親・ウィニフレッドは、最初の登場シーンで「古い鎖を断ち切って」という曲を歌う。この曲のオリジナルタイトルは「Sister Suffragette(シスター・サフラジェット)」。ウィニフレッドは、当時ロンドンを中心に沸き起こっていた「サフラジェット」と呼ばれる女性参政権運動の活動家であるという設定なのだ。
ウィニフレッドは使用人を巻き込んで自宅の階段でデモ行進の練習をしたり、家政婦に「抗議行動で首相に投げつけるための腐った卵」を用意させる。こうしたシーンを観ていると、まさに「サフラジェット/Suffragette」という原題の映画『未来を花束にして』(サラ・ガヴロン監督、2015年)を思い出す。当時の女性参政権運動の活動家には、ウィニフレッドのような本来は保守層に属するはずのアッパー・ミドルクラスの婦人も少なくなかった。

父親のジョージの職業が銀行家であることにも意味がある。第一次世界大戦前の当時、金融街シティを抱えるイギリス・ロンドンは「世界の銀行」と呼ばれ、植民地への開発投資の覇権を握っていた。
ジョージは、メリー・ポピンズに勧められ、自ら勤める銀行に我が子を連れていく。そこで、子どもたちの持っている小銭を銀行に預金するように諭す。そうすれば新しい世界を作るために投資され、資本として大きくなって戻ってくるのだ、と。それが帝国主義の背骨ともいえる彼の仕事なのだ。
だが、子どもたちは自分のお金を取り上げられたことに断固抗議する。そればかりか、マイケルの「お金を返してくれない!」という叫び声をきっかけに、銀行全体で取り付け騒ぎが起きてしまう。この展開はその後の大恐慌時代を暗示しているかのようだ。

バンクス家の両親はともに、かたや女性参政権運動、かたや銀行業と、方向性は違えども「未来への投資」に心血を注いでいる。
一方で、家政婦やナニーが担っている家事・子育てといった家庭での労働にはわりと無頓着だ。ウィニフレッドが退職するナニーに「あなたも女性参政権運動に参加しなさいよ」と言うと「そんなことより給料ください」と返されるシーンがそれを象徴している。
家庭内の仕事は、未来への投資というよりも、目の前で起こっている問題に日々対処することの繰り返しである。ナニーであるメリー・ポピンズはそのプロフェッショナル。子どもたちと一緒にその日の出来事に驚き、味わい、歌を通じて世界を楽しむ術を教えていく。

『メリー・ポピンズ』で最も有名な曲は「チム・チム・チェリー」だろう。これは、物語の狂言回しであり、ストリートミュージシャンや画家など様々な仕事をしているメリー・ポピンズの友人・バートが「煙突掃除夫」として歌う曲である。
煙と灰にまみれて全身まっ黒けになっても、煙突のてっぺんからロンドンの素敵な夜景と星を見ることができるから、「まちいちばんのかほう者」だと歌う。つまり、ディズニー史上に輝くこの名曲は「労働歌」なのである。
現実の煙突掃除夫は転落死が多く、運良く事故を免れても肺を病むため長生きできない、最底辺の肉体労働者だった。だが映画のなかで歌い踊る煙突掃除夫たちはとても幸せそうだ。
メリー・ポピンズ自身は、子どもたちに部屋の掃除を教えながら「お砂糖ひとさじで」という曲を歌う。

辛い仕事さえ楽しくなる
甘いお菓子食べるように
そうね ちょっぴり砂糖があるだけで
苦い薬も飲めるのよ
「お砂糖ひとさじで/A Spoonful of Sugar」

住み込みの乳母も、日雇い労働者の芸術家も、住所・仕事ともに不安定な労働者階級だ。どうあがいても「辛い仕事」から逃れられないからこそ、彼らは目の前の労働を耐えるための「お砂糖ひとさじ」、労働歌を歌っている。それは単純な労働賛美ではない。
メリー・ポピンズの魔法は、格差と労働という今日にも続く世界の現実を、歌によって変容させて伝えているともいえる。

今年2月には、本作の半世紀ぶりの続編『メリー・ポピンズ リターンズ』(ロブ・マーシャル監督、2018年)が公開される。
舞台は前作の25年後、第二次世界大戦へ向かう大恐慌時代のロンドン。子どもだったマイケルは、父と同じ銀行で臨時雇用として働くシングル・ファーザーになっている。
融資の返済期限が迫り、家を失う窮地に立たされた一家のもとに、再びメリー・ポピンズが空から舞い降りる……。
リーマンショック後の現代を意識させるようなリアルな時代設定は、続編にも引き継がれている。アップデートされたメリー・ポピンズは、どんな魔法と労働歌でこの世界のリアルを超えていくのだろうか。


Photo by Donald Judge

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西口想(にしぐち・そう)

1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。仕事は主にリサーチ、労使交渉、企画・編集、原稿書きなど。文学と映画が好き。