傷つく男とリチャード・カーティス問題(『ラブ・アクチュアリー』ほか)

映画は観れないものだから心配するな 第6回

2018/10/30
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先日、映画館に『寝ても覚めても』(濱口竜介監督、2018年)を観に行った。原作小説が好きで、公開前から楽しみにしていた作品だ。
『寝ても覚めても』は、主人公の朝子(唐田えりか)が顔は瓜二つだが性格は正反対の二人の男に恋をする、古典的といえば古典的なプロットの恋愛映画。後半は息をのむようなシーンの連続だったが、なかでも印象に残っているのが、自分と同じ顔をした男に婚約者・朝子を取られた亮平(東出昌大)の、深く深く傷ついた表情である。
はじめは魂が抜けたように茫然とし、それから少しずつ自分の生活を取り戻すが、再び目の前に朝子が現れると、亮平の表情は永遠に血を流し続ける傷口のように悲しみで歪んでしまう。
誤解を恐れずに言えば、イケメンが一世一代の恋に破れズタズタに傷ついた表情はなんてセクシーなんだろう。
私は映画のなかでも恋愛映画が好きだが、『寝ても覚めても』の東出昌大を観て、特に恋愛映画で男性の登場人物が傷ついているシーンが好きなのかもしれないと気づいた。

『ノッティングヒルの恋人』(ロジャー・ミッシェル監督、1999年)という恋愛映画のヒット作がある。この映画で一番好きなシーンを考えるとやはり、主人公のウィリアム(ヒュー・グラント)がヒロインのアナ(ジュリア・ロバーツ)の言動に傷つく場面だ。
ウィリアムは西ロンドンの街・ノッティングヒルで小さな旅行書専門書店を営んでいる。彼は「ハリソン・フォード似の男」に妻を寝取られたバツイチの中年男性。ウィリアムの店にある日、映画の撮影でロンドンに滞在していたハリウッドの有名女優・アナが訪れる。いくつかの偶然に助けられて二人は惹かれあうが、互いの住む世界が違うために気持ちが何度もすれ違う。
一度はアナを忘れようとしたウィリアムが、最後の勇気を振り絞って、再びロンドンに撮影に来ていたアナのロケ地を訪れる。春の庭園での美しい再会シーンだ。ウィリアムは気を利かせたスタッフから俳優のマイク音声が聞けるヘッドホンを渡される。そのせいで、ウィリアムが聞いていることに気づいていないアナと共演者の男優とのこんな会話を聞いてしまう。

男優「さっき話してた男は誰?」
アナ「誰でもない。過去の人よ……気まずいわ。何しに来たんだか」

忘れられない人とやっと新しい関係が始められるかもしれない、そう思っていた矢先にこう言われたときの、ウィリアムの表情が心底切ない。このときのアナの言葉は本心ではなかったとのちに分かるが、それを知っていても、ヒュー・グラントが穏やかな表情を繕ったまま静かに絶望する名演(名傷つき)を堪能するために何度も観返したくなる作品だ。

『ノッティングヒルの恋人』の脚本を書いたのは、のちに『ラブ・アクチュアリー』(2003年)や『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』(2013年)の脚本・監督で知られるリチャード・カーティス。『ブリジット・ジョーンズ』シリーズの脚本も手掛ける、日本でも人気のあるイギリスのラブコメ映画の巨匠だ。
特に『ラブ・アクチュアリー』は恋愛映画好きの間でもファンの多い作品である。昔付き合っていた恋人は毎年クリスマスが近づくとかならずこの映画を観直していた。
だけど私はリチャード・カーティスの恋愛映画を見るたび、「こいつ……」と秘かな憤懣を抱えてきた。個人的には「リチャード・カーティス問題」と呼んでいる。
『ラブ・アクチュアリー』は、主にロンドンを舞台にして複数のラブ・ストーリーが並行して進むオムニバス的恋愛映画だ。クリスマスにむけてそれぞれの物語が次第につながり、最後に大団円を迎える。
作品タイトルの意味は、ロンドン・ヒースロー空港の到着ゲートで抱き合う人々を映したオープニングシーンでこう説明される。

世の中に嫌気がさしたらヒースロー空港の到着ゲートへ
人は言う“現代は憎しみと欲だけ”と そうだろうか?
ここには“愛”の風景がある
崇高な“愛”ではなくニュース性もない
父と子 母と子 夫と妻 恋人同士 懐かしい友人
“9月11日”の犠牲者があの時かけた電話も
“憎しみ”や“復讐”ではなく“愛”のメッセージだった
見回すと 実際のところこの世には 愛が満ち溢れている(love actually is all around)

本作でヒュー・グラント演じる若き英国首相デヴィッドは、首相公邸の新入りスタッフ・ナタリー(マルティン・マカッチョン)に恋をする。小説家ジェイミー(コリン・ファース)は、滞在先の南仏のコテージで世話をしてくれる出稼ぎのポルトガル人家政婦オーレリア(ルシア・モニス)に惹かれる。会社社長のハリー(アラン・リックマン)は秘書のミア(ハイケ・マカチュ)に誘惑され、妻に隠れてそれに応えようとしている。
このほか、親子・友人関係なども絡みつつ総勢19人の男女の思いが交錯していくが、こうしてメインの恋愛関係を挙げてみると、社会的地位も経済力もある中年男性が、その仕事場で、相対的に立場の弱い女性に手を出すという構造が共通している。
……ファンの多い作品に対して無粋な見方なのは分かっている。たしかにオフィスラブもまた身近な「愛」だ。ただ、このいかにも邪気のなさそうなクリスマスムービーが、オフィスラブの「権力と恋愛」の問題にあまりに無頓着に見えるのが、私にはどうしても引っかかる。リチャード・カーティスの映画には不器用ながら思いやりがある優男が多く登場するが、本質的には「隠れマッチョ」だと感じる。

リチャード・カーティス最後の監督作と言われた『アバウト・タイム』を観たときも同じようなことを思った。
海辺の家で大好きな家族とともに育った主人公ティム(ドーナル・グリーソン)は、21歳の誕生日に父親(ビル・ナイ)から「一家に生まれた男には代々タイム・トラベルの能力がある」と告げられる。女性への接し方にまったく自信がなかったティムは、その特別な能力を恋人をつくるために使う。具体的には、意中の女性へのアプローチに失敗したと思うたび、時間を巻き戻して、うまくいくまで何度もやり直すのだ。失敗したときの相手の反応を見て、結果をフィードバックしながら、最適解に至るまで恋愛実験を繰り返す。
理想の恋人を得たあと、ティムは妹の不運や父の死などを通じて、時間を巻き戻しても本当に大切な時間は取り戻せないと気づく。映画は最後「なにげない日常の一日こそが、かけがえのない時間である」という、「愛はいつもあなたの側にある」と伝える『ラブ・アクチュアリー』と似たテイストのメッセージに着地する。
だけど、そのほっこりしたメッセージに至るための道具立てが、タイム・トラベルを使った恋愛実験であるところ。そういう構造が私の考える「リチャード・カーティス問題」である。
ティムは幾度ものタイム・トラベルによって最愛の女性メアリー(レイチェル・マクアダムス)と結婚することができるが、彼が「自分の失敗」を否定しやり直しているとき、メアリーの人生の時間や生きた感情、一度きりの反応もまた否定されている。自分が傷つかないために、相手の傷つきもなかったことにする。
それはラブ・ストーリーと言えるのだろうか、と一人の恋愛映画フリークとして思うのだった。


Photo by Budiman Salleh

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西口想(にしぐち・そう)

1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。仕事は主にリサーチ、労使交渉、企画・編集、原稿書きなど。文学と映画が好き。