『マイ・インターン』から考える理想の上司と部下

映画は観れないものだから心配するな 第5回

2018/09/26
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毎年「理想の上司ランキング」が発表され、芸能人やスポーツ選手がランクづけされるのを目にするたび、よく意味が分からないなと思っていた。
ウッチャンや水卜アナのような「上司像」が人気なら、彼らのように振る舞えば部下から好かれる? 彼女たちに近いキャラの社員を管理職につけるべき? そうして実際に参考にしようとした途端、この情報は何の役にも立たないことが分かる。そもそも私たち一般人が知っているテレビ画面の中の彼らは常に本番中、会社員でたとえるならプレゼン中か接客中の姿である。バックヤードでどんな人格に豹変しているか想像もできない。

上司・部下の人柄や関係性が、気持ちよく働く上でとても重要であることは確かだ。日々現実の上司や部下に悩まされているのだから、「理想の上司」くらい好きな芸能人で空想させてくれよ、ということなのだろうか。
理想の上司・部下について考えるなら、『マイ・インターン』(ナンシー・マイヤーズ監督・脚本、2015年)を観るのはどうだろう。今という時代の上司・部下関係について示唆を与えてくれる映画だ。

アン・ハサウェイが演じる主人公・ジュールズは、ファッション通販サイトの会社を創業し、1年半で従業員200名以上の企業へと成長させたやり手の実業家だ。
ニューヨーク・ブルックリンのその活気あるEC企業に、シニア・インターン制度で70歳のベン(ロバート・デ・ニーロ)が入社する。彼がもう一人の主役だ。ベンは電話帳の出版社に40年勤めた元ビジネスマン。長年連れ添った妻を亡くし、悠々自適な引退生活にも虚しさを感じはじめた彼は、自分を必要としてくれる仕事を探していた。
ジュールズは、株主の求めに応じて外部からCEOを招くかどうか悩んでいた。そんなストレスフルな状況で、新しいアシスタントとして「インターン」のベンがつくことになる。父親世代の老人がアシスタントなんて、仕事が振りにくいことこの上ない。ベンはほとんど仕事を与えられず、カジュアルな社風のなか、ひとり仕立ての良いビジネススーツを着こんで浮いている。
だが、このベンという老人、実はスーパー社会人である。PCの操作がおぼつかなくとも、ファッション業界やEコマースの知識に疎くとも、仕事を与えられず放置されても、まったくうろたえない。じっと社内の様子を眺め、周囲の人に穏やかに声をかけ、誰もやりたがらない小さな雑事を一つひとつ片づけていく。紳士で、気遣いが細やかで、頼りがいがある。70歳なのに「インターン」であるという鬱屈も見せない。まして自身のキャリアを語ったりもしない。ちょっと嘘みたいな人物なのである。それゆえ、どんどん人望を集めていく。
ベンはある日、ジュールズの専属ドライバーが業務時間中に飲酒する姿を見つける。だがその場でジュールズに知らせるのでなく(そうすればドライバーは即座に仕事を失うだろう)、ドライバー本人にだけ忠告して帰らせる。こういう瞬時の判断にも惚れ惚れする。

この出来事をきっかけに、ベンがジュールズの運転手を兼ねるようになる。彼はブルックリン住まいが長く、誰よりも最短ルートを知り尽くしている。ジュールズを自宅へ送り迎えしながら一日をともに過ごすうち、ジュールズもベンに少しずつ心を許すようになる。二人の間には次第に信頼関係が生まれる。
ジュールズには優しい夫と幼い一人娘がいる。自宅のキッチンから始めたEC事業が多忙をきわめるようになり、夫婦で相談して、夫が仕事をやめて専業主夫になった。互いに納得した上での選択で、可愛い娘との生活は幸福そのもの……のはずだった。

『マイ・インターン』は、同じくアン・ハサウェイ主演のヒット映画『プラダを着た悪魔』(デヴィッド・フランケル監督、2006年)を踏まえて作られている。『プラダを着た悪魔』へのアンサー・ムービーとして観ても面白い。
『プラダを着た悪魔』は、ジャーナリスト志望の主人公が手違いで有名ファッション誌の女性編集長のアシスタントとして就職してしまうお話だ。同作でインターンとしてブラック上司からひどい目に遭っていたアン・ハサウェイは、『マイ・インターン』では社長としてインターンを雇う立場に替わっている。
そして、ここが重要なのだが、『プラダを着た悪魔』で編集長のミランダ(メリル・ストリープ)が得られなかったものを、『マイ・インターン』のジュールズは手にしている。それは社会的な成功と幸せな家庭生活との両立だ。働きまくり成功しまくると、なぜか女性だけが「家」のことで叩かれる。上の世代のバリキャリ女性たちはそれで辛酸をなめ続けてきた。
だが、その壁を軽やかに跳び越えたかのようなジュールズもまた、夫が「ママ友」と浮気している事実を知って悩んでいた。やはり同じテーマ、同じ呪いがアップデートされ反復されている。
外から新しいCEOに来てもらえば、もっと家族と過ごす時間を確保できて、夫婦関係を回復させることができるかもしれない。でも、自分がここまで育てた会社の経営権を赤の他人に渡したくない……。ベンは送迎の際にジュールズの夫の浮気現場を見てしまい、そんな彼女の葛藤の深さを知ることになる。

映画のラスト近く。CEOの有力候補が現れ、ジュールズは決断を迫られる。彼女が最後に助言を求めたのは、ほかならぬベンだった。自宅までやってきた社長に対し、70歳のインターンはこうアドバイスする。

最初に君を乗せて倉庫へ行った日
皆に包装を教えるのを見て感心したよ
この姿勢が成功の秘訣だと
君ほど会社に打ち込める人はいない
簡単な話だ
会社には君が 君には会社が必要だ
経験豊富な人がきても君には及ばない
長く生きたってたいていの人は君ほどすばらしいものを生み出せない
自分の夢を夫の浮気のせいであきらめるのか
ナンセンスだ
君が作り上げた宝物を他の誰かに渡してほしくない
これが聞きたくて来たんだろ?

私はこのシーンが好きだ。こうしたアドバイスがアドバイスとして成立する関係とは、「部下」や「上司」といった単純な関係ではもはやない。ベンの言葉はジュールズの胸にまっすぐ届き、彼女を励まし勇気づける。

この映画から、私なりに「理想の上司」を考えてみる。その人は、ある日から自分の部下になったとしても、一緒に働きたいと思えるような上司ではないだろうか。同じく、「理想の部下」がいるとしたら、いつか自分の上司になっても楽しく働けるような部下のことではないか。
仕事に追われているとつい忘れてしまうが、「上司」や「部下」という属性や関係は、身分ではなく、あくまで役割だ。その役割の交換を互いに楽しめるほどの信頼関係を、仕事を通じて誰かと築けるなら、毎日の仕事もずっと楽しく充実するだろうなと思う。


Photo by mario

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西口想(にしぐち・そう)

1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。仕事は主にリサーチ、労使交渉、企画・編集、原稿書きなど。文学と映画が好き。